山路天酬法話ブログ

続・祈願と回向の両輪

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祈願と回向

令和5年7月9日

 

私は祈願と回向の両輪を主張し、毎日のお護摩と先祖供養(回向)の光明真言法こうみょうしんごんぼうに励んでいます。毎日お護摩や回向の行法を修するお寺は少ないと思いますが、私はこれを日課としてお大師さまにお仕えしております(写真)。

最近、特に体験することは、私と面会したり、電話でお話をしただけで、もう不思議な霊験をいただくことがあるという現象です。それは皆様の方から語り出し、あるいはご連絡があるからお話をするのでありまして、私が勝手に公表しているわけではありません。

たとえば病気の方がご相談に見えて、あさか大師の本堂に一歩入っただけで、気分が落ち着き、体が軽くなるという方が多いのです。たしかに、血色がよくなり、表情も明るくなっています。もちろん、私が念力を送ったわけでも、お九字を切ったわけでもありません。このことは、地方の方と連絡を取った場合でも同様です。

つまり、私の眼や耳に皆様の姿や声が入ると、それがそのままお大師さまに直結するということなのでしょう。もちろん、こうした霊験は私が毎日お大師さまにお仕えし、お大師さまと直結しているから顕現するわけで、私に特別の才能や超能力があるわけではありません。ただ、お大師さまと直結するためには、それに値する修行を毎日続ける必要があるという、ただそれだけなのです。

修行というと、断食をして滝行や荒行に挑いどむイメージがあります。それも修行には違いないのですが、最も大切なことは、お大師さまから伝わった行法を毎日続けることなのです。毎日続けることで、常に「お大師さまと共にいる」という不動の信念が生まれるからです。ものごとは、なるべくしてなるのです。祈願も回向もまったく同じです。

このブログをお読みになった方からの「お問い合せ」が増えてまいりました。ぜひ、ご連絡ください。

祈願と回向の両輪

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祈願と回向

令和5年7月5日

 

あさか大師では毎日のお護摩はもちろんですが、先祖供養の回向にも力を注いでいます。

私の日課はまず、お供えを済ませてお大師さまへの念誦法ねんじゅほうを修し、次に先祖供養の光明真言法こうみょうしんごんぼうを修します。そして、11時半より祈願のお護摩を修します。(写真上)。私が葬儀・講演・お祓はらい等で留守をする場合は早朝に繰くり上げますが、これを休むことなく、毎日続けています。そして、毎月第1土曜・日曜と第3日曜の午後1時からは、僧侶とご信徒が合同で先祖供養の法要をします(写真下)。

つまり、願いごとを成就するためには、そして人生を変えるためには、お護摩の祈願と先祖供養の回向と共に必要だということです。車の両輪、鳥の両翼りょうよくです。どちらが欠けてもいけません。私はこのことを、一本の樹木に譬たとえています。つまり、太陽の光を浴び、枝の選定をして風を通し、消毒をして虫よけをしても、肝心かんじんの根に力がなければ、樹木は育ちません。花を咲かせ、実を結ぶことができません。この根の養いこそ、実は先祖供養なのです(ホームページの「先祖供養」参照)。

樹木の地表がこの世、根があの世です。地表がこの世の私たちで、根があの世の先祖です。どちらも大切ですが、あの世があってのこの世であることを忘れてはなりません。あの世がどこにあるのかといえば、実はここ(!)にあるからです。この世を現世(うつつ世)というではありませんか。あの世のうつし(現れ)がこの世です。あの世に苦しみがあれば、この世の苦しみとなって現れます。あの世に即して、この世があるからです。

だから、この世の願いを叶えたかったら、先祖供養に励みましょう。祈願と回向は車の両輪、鳥の両翼です。さらに詳しくお聞きになりたい方は、お気軽にお問い合せください。

情けは人のためならず

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先祖供養

令和5年7月2日

 

あさか大師では昨日と今日、早くも盂蘭盆うらぼん会え(先祖供養)を挙行しました。たくさんのお盆塔婆とうばが並び、たくさんのお供えが並び、僧侶とご信徒がいっしょに読経を唱和しました。そして法要の後、今度はお施餓鬼せがきの作法を全員で実修し、餓鬼界がきかいの霊を救済しました(写真)。

私はよく、現代人の多くは餓鬼界に堕ちるのではないかとさえ思っています。それは死後においてばかりではありません。生前において、すでに餓鬼界の亡者であるからです。餓鬼界の亡者とは、いくら手に入れても足りることを知らない貪欲どんよくな人たちです。現代の生活は何かとお金がかかります。お金がなくても幸せになれるとは言いがたい仕組みの中で生きています。だから、お金の亡者が増え、まさに餓鬼界の様相を呈するのです。

ところが、お金は人が喜ぶこと、人が便利に想うこと、人が得することを与えねば手に入りません。つまり、施ほどこしをしなければ手には入りません。だから、お金を手に入れるには餓鬼界の亡者とは反対の生き方をする必要があるのです。必要があるのに、多くの人はこの道理がわかっていません。

私は20代で仏門に入りましたが、師僧からきびしく戒いましめられたことは、「毎日お施餓鬼をしなさい」ということでした。施しを続ければ、何とかしてお寺をやっていける、食べていけるということでした。私はこの戒めが忘れられず、毎日の夕飯時や深夜にお施餓鬼をすることを日課にしています。

このことは僧侶としての戒めにとどまらず、施すことの功徳を考える大きなヒントでもありましょう。「情けは人のためならず」といいます。人のために情けをかけて施しをすれば、他人のためではなく、めぐり巡って自分のためになるという意味です。餓鬼界の様相を呈する現代生活において、これほど大事な教訓はありません。

しかし、自己啓発をして「施しをしよう」と思っても、現代の仕組みの中ではなかなか実行できません。だからお寺での法要やお施餓鬼が役立つのです。いっしょに参加していれば、おのずから施しができるようになります。言葉を超えた力が、ここにあるからです。

あさか大師に檀家だんか制度はありません。つまり、お檀家さんはいません。宗派も問いません。皆様それぞれに、「古き相伝と新しき正統」を求めて集まっています。先祖供養をしたくても相談するお寺がない方、費用が心配な方、ホームページの「お問い合わせ」からご連絡ください。ちなみに、あさか大師の先祖供養は一ケ月2千円で続けられます。

続・遠い先祖は神棚に、近い先祖は仏壇に

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先祖供養

令和5年6月28日

 

皆様は世界で最も古い国家がどこなのか、ご存じでしょうか。エジプトでしょうか、ギリシャでしょうか、それとも中国でしょうか?

答えは何と、わが日本なのです。なぜなら神武天皇じんむてんのうの建国以来、今年で2680年、皇室が一度として滅んだことがないからです。これはギネスにも載のっていることで、こんな国家はほかにありません。エジプトもギリシャも中国も、それぞれに古い歴史はありますが、次々に王朝の興亡こうぼうをくり返し、日本の天皇家のように続いたわけではありません。次に古いのはデンマークですが、それでも建国1087年、次がイギリスで建国957年です。日本とは比較になりません。日本は特別な国家なのだと言わざるを得ないのです。

では、日本の天皇家だけがどうしてこれほどに続いているのでしょうか。私はその理由を、「遠い先祖は神棚に、近い先祖は仏壇に」の教えを守っているからだと思っています。大だいは国家において、小しょうは家庭において、神棚と仏壇を共に大切にしてきたからだと思っています。

また真言密教の僧侶はその修法において、インド伝来の神々(三界所有さんがいしょうの天王天衆てんのうてんじゅ)はもちろんですが、日本の神社の神々(天照大神など)をはじめ、当所鎮守とうしょちんじゅ(稲荷明神など)、星祭りの神々(北斗妙見ほくとみょうけんなど)、あの世の神々(閻魔法王えんまほうおうなど)、疫病えきびょうの神々に至るまで、ことごとく大切にします。また、お大師さまをはじめとする歴代の祖師、過去精霊のすべてを大切にして、これを読み上げています。(写真)。

あさか大師で得度式とくどしき(仏門に入る儀式)を挙あげる時、私はこのことを入門の方に簡単にお話をしています。私たちは陛下の恩賜おんしを受け、父母の恩愛を受け、鎮守の恩恵を受けてこの日本に生れました。この恩を忘れてはならないとお大師さまはおっしゃっています。私もその通りだと思っています。そして、この教えこそがこの国を支え、2700年近くもこの国を育ててきたのです。これは日本の英知であり、日本の宝です。皆様もこの英知を、この宝を大切に守り、次の世代に伝えていただきたいと思います。

まもなく7月を迎えます。お盆が近づいてまいりました。「遠い先祖は神棚に、近い先祖は仏壇に」の教えを実修する時です。毎年の当たり前が明日の日本となり、明日の自分となるのです。

遠い先祖は神棚に、近い先祖は仏壇に

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先祖供養

令和5年6月26日

 

日本人の英知は、遠い先祖は神棚に、近い先祖は仏壇に祀り、共に大切にしてきたことです。

遠い先祖とは神話に登場する神(天照皇大神など)、学問の神(天神さまこと菅原道真など)、乱世の英雄(東照大権現こと徳川家康など)をいいます。そして、近い先祖とは皆様の父母・祖父母・祖々父母といった直接の先祖をいいます。日本人はこうして、遠い時代の神さまを神社や神棚に祀り、直接の身近な先祖を仏壇に祀り、共に大切にしてきました。

また、神棚や仏壇を大切にして、これに礼拝する姿を子供や孫に見せて来ました。これによって言葉では教えずとも、親や先祖を敬うことの大切さを伝えて来たのです。一年の初めには新しいしめ飾りに変えて新年を迎え、ご飯をいただくにも、まずはこれを仏壇に供えました。その当たり前のように繰り返された日常の〝儀式〟が、この国の柱となって、どれほどこの国を支えてきたことでしょうか。特にこの儀式が、この国の道徳力を育て、底力そこぢからとなってきたのです。

つまり、人は儀式を通じて物ごとを自覚するということです。言葉で語るよりも、入学式があり、成人式があり、入社式があり、結婚式があるからその自覚が生まれるということです。私たちは家庭内のささやかなこの儀式を大切にせねばなりません。このささやかな儀式が、私たちの生活を変え、人生を変え、運命をも変えることを知らねばなりません。

あさか大師では来る7月1日(土)・2日(日)の午後1時より、盂蘭盆会うらぼんえ法要を挙行いたします。8月は菩提寺やお墓にお参りしていただくため、いち早く準備に入っています(写真)。

ここで老いも若きも、子供さんたちもいっしょに読経をします。そして、お施餓鬼せがきの真言もいっしょにお唱えします。その読経や真言の響きが、何をもたらすかは、ご自分で体験してみてください。どなたでも参加できます。「墓じまい」や「檀家だんかばなれ」をした方も歓迎します。そして、お大師さまの偉大さにも触れていただきたいと思います。すばらしい、この国の儀式です。

占いは人生を変えるのか?

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九星気学

令和5年6月22日

 

私は僧侶になるまでに、多くの占いを学びました。四柱推命・宿曜経・九星気学・易学・姓名判断・人相・家相など、いろいろな学校や先生を訪ねて入門しました。お免状もたくさん残っています。ところが、僧侶として皆様のご相談に応じるようなってからは、九星気学を最も重んじるようになりました。

その理由は、応用範囲が広いからです。四柱推命は先天運を、易学は吉凶判断を、宿曜経は対人関係を見るに適しています。しかし、九星気学はそのすべてに活用が可能です。しかも短時間で、立ち話ででも活用できます。それに、他の占いに比べてわかりやすいという利点もあります。

ただ、現代の九星気学はそのほとんどが方位学 で、移転・旅行・お水取りなどに吉方を用いることしか教えてくれません。ほかには、せいぜい運勢を教えてくれる程度です。これでは、九星気学のほんの一部しか活用していないことになり、大変に残念なことです。

そこで私は昨年、『九星気学立命法きゅうせいきがくりつめいほう』(青山社)と題して書籍とDVDを刊行し、新しい視点での九星気学を提唱ていしょうしました(下写真)。今回の刊行は、その中で先天運せんてんうん(生まれた時点での運命)を見る〈傾斜法けいしゃほう〉という技法に〈吉神・凶神〉を加え、二九一六とおりの運命パターンを見る推命の分野です。今後はさらに、吉凶判断としての分野も刊行する予定です。

また、書籍を購入した方から、ぜひ教室を開いてほしいという要望があり、すでに五回ほどの講義もいたしました(下写真)。ご希望の方には今後も、時間が許すかぎり応じるつもりです。

ただ、私はいわゆる占い師ではありません。占いは当たることが大切ですが、当たった結果に対して「では、どうしたらいいのか」の方がもっと大切です。また、占いは人生の吉凶を見ることはできますが、人生そのものを変えることはできません。吉方を用いても、名前や印鑑を変えても、根本的に人生を変えることはできません。仏教が「宿業しゅくごう(カルマ)」を説く理由はここにあります。刊行のタイトルを『立命法りつめいほう』とした理由も同じです。模範的な例として、大谷翔平選手のことも書きました。彼こそは徳を積み、誰からも愛され、世界中の人々に喜びを与える〝立命の人〟です。

それはさておき、占いが人生に役立つことは事実です。特に九星気学は学びやすく、よく当たり、人生の楽しみとなることも事実です。興味のある方はホームページの「お問い合せ」からご連絡ください。

先祖供養の心得

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先祖供養

令和5年6月20日

 

6月5日~8日までに書いた「運命改善への先祖供養」は大変に反響がありました。「墓じまい」や「檀家だんか離れ」が話題となる中、いかに多くの方々が先祖供養に関心をお持ちなのかがわかります。また、それにお答えするのが、檀家を持たないあさか大師のお役目であるとも思っています。

一昨日の午前11時半より〈金運宝珠護摩きんうんほうじゅごま〉を奉修しましたが、午後1時より先祖供養の法要がありました(写真)。このように導師(私)と僧侶の方々、そしてご信徒の方々が一体となって読経をします。私は真言密教の行法に従って、仏さまをお迎えします。そして、僧侶の方々が懸命に読経します。しかし、ご信徒の方々も黙って聞いているわけではありません。いっしょに大きな声で読経をします。老いも若きも、子供たちも読経します。独特のリズムが堂内に遍満します。その一体感が大切であることは、何度もお話をしました。

では、あさか大師の先祖供養について、もう一度その心得をまとめてお伝えしましょう。

①導師や僧侶の方々とご信徒の祈りを融合させ、強大なパワーを生み出すこと。

よく「供養料を払いますから拝んでおいてください」とおっしゃる方がいますが、それでは片手落ちです。祈りを融合させなければ、強大なパワーは生まれません。

②お盆やお彼岸、命日の日だけに回向をするのではなく、毎日これを継続させること。

あさか大師の先祖供養は、人生を変える運命改善を目ざします。継続させなければ、それだけのパワーにはなりません。

③先祖供養は必ず、父母の両家(既婚者は夫婦それぞれの両家を合わせて四家)を供養すること。

人は父母の両家の血系と霊系のルーツを引き継ぎます。特に母方をおろそかにしてはなりません。夫婦なら合わせて四家が子供さんに引き継がれます。当然のことです。

この三つの心得をもって、私は毎日、先祖供養を奉修しています。それは、あさか大師の堂内に入ればわかります。僧侶の方が火葬場で悪気を帯びた時、ご信徒の方が体調をくずした時でも、一歩堂内に入れば、ほとんどが好転します。それはもちろん、毎日のお護摩のパワーが融合していることはお話をするまでもありません。

先祖供養は一ケ月2千円をお納めいただいています。関心をお持ちの方は、ぜひホームページの「お問い合せ」からご連絡ください。

金運宝珠護摩の功徳

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真言密教

令和5年6月18日

 

あさか大師では本日、午前11時半より真言密教の秘法である〈金運宝珠護摩〉が奉修されました。ブログを読んでくださる方にも、この日を持ち望んでいる方が多く、初めての方も含めて大勢が集いました(写真)。

この金運宝珠護摩は〈如意宝珠にょいほうしゅ〉を本尊とする独特のものです。如意宝珠は多くの仏さまや神さまが持つ、縁起のよいお宝として知られています。しかし、このお護摩にお参りしたからといって、一万円札がパラパラと降ってくるわけではありません。なぜなら、お金が入るということは、それに値する何かを世の中に与えた結果であるからです。与えなければ、お金は入りません。まさに、「与えよ、さらば与えられん」です。

しかし、その何かを与えるためには、能力や努力はもちろんのこと、さらには〈運うん〉が必要です。その運の力を強めるには、能力や努力に加えた〈徳〉がなくてはなりません。その徳の集まりが如意宝珠なのです。万徳円満の如意宝珠に祈ると、自分も徳を積めるようになります。仏教ではこれを〈功徳くどく〉といいます。先祖には感謝し、社会には奉仕し、人には喜ばれて功徳を積むことができます。

お金はこの功徳を追いかけて、後ろからついて来るのです。世の中を見てください。人が損そんをすれば自分が儲もうかると、利益ばかり追いかけている方は、絶対にお金持ちにはなれません。逆にどうしたら人が喜んでくれるかと、人の利益ばかり考えている方は、いつの間にかお金持ちになります。お金は追いかけるものではなく、後ろから追いかけて来るものだからです。

皆様も功徳をいっぱいに浴びる金運宝珠護摩にお参りください。どなたでも参加することができます。きっと、不思議なことがおこりますよ。

続・祈願を込める護摩木

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未分類

令和5年6月16日

 

〈護摩木ごまぎ〉について、さらにお話をいたしましょう。それは、護摩木はできるだけ具体的に書いてほしいということです。つまり、護摩札には〈厄除〉や〈家内安全〉などと願目を入れますが、護摩木の場合はさらに詳しく、細かくかいたほうがよいという意味なのです。

たとえば病気平癒の祈願なら、「〇〇病平癒」「〇〇手術成功」「〇〇病薬力相応」などとなりますし、受験合格なら「〇〇大学受験合格」「〇〇受験学力向上」と、商売繁昌なら「(株)〇〇資金順調」「〇〇契約成就」などとする方がよいのです。私は50年近く祈願に関わって来ましたが、これは経験上からはっきりと断言できることです。

また護摩木のお申し込みも、できれば本人自身かご家族の方がよいことはいうまでもありません。あさか大師では護摩木の依頼が郵便やFAXで全国から送られて来ますが、このこともよくお話をしています。なぜなら、お申し込みをする時の〝想い〟が大切だからです。護摩木に伝わる想いが本人の分身、すなわち媒体ばいたいとなるからです。これはきわめて大切なことです。

私は祈願を依頼されても本人が来られない場合は、「写真をご持参ください」とお願いしています。これは写真を通じて本人との接触を深め、媒体とするためです。写真を霊符れいふ(お札)に封じると、本人との距離が縮ちぢまり、祈願が通りやすくなることは申すまでもありません。護摩木もまた、同じことなのです。

護摩木について関心がありましたら、ホームページの「お問い合せ」からご連絡ください。さらに詳しくお聞きになりたい方には、こちらからお電話いたします。

祈願を込める護摩木

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祈願

令和5年6月14日

 

先日のブログで、私は「運命改善への先祖供養」を書きました。そして、運命を変えるには先祖供養を毎日続けることと、お導師とご信徒が一体となって実修することの大切さを書きました。このことは祈願においても同じです。あさか大師では毎日、厄除弘法大師(お大師さま)の前で私がお護摩ごまを実修しています(下写真)。この積み重ねが大切なところです。どんな荒行をしても、大勢の僧侶が結集しても、毎日の積み重ねには及びません。なぜなら、法力が持続するからです。

また、あさか大師では毎日のお護摩にご信徒の〈護摩木ごまぎ〉が寄せられます(下写真)。護摩木にはご信徒の願目(お願いごと)とお名前(会社名)が書かれ、お護摩の炎に投じられます。これによって一体感、つまりお導師とご信徒の融合が生まれます。これを〈三力さんりき〉といい、お大師さまの力、お導師の力、ご信徒の力が一体となり、祈願が成就するのです。

護摩木は〈添そえ護摩ごま〉とも呼ばれますが、長さ25センチほどのお札です。あさか大師にお参りする方は、皆様がまずはこの護摩木を書きます。それが私の脇机わきづくえ(護摩壇の横にある机)に集められ、一本ずつ炎に投じられるのです。また、10日間とか、1ケ月間とか、連日で申し込みをなさる方もいらっしゃいます。これを〈願いおき護摩木〉といい、その日ごとにお護摩の炎に投じられます。

私はこれを休むことなく、毎日続けています。まれに葬儀や出張(おはらい)が入った場合は、前夜か早朝に実修しています。これによって少しでも皆様のお役に立てるならば、これほどうれしいことはありません。人は何かを手に入れるために生きていますが、私に必要なものはお大師さまがお与えくださるので、私があれが欲しい、これが欲しいと望む必要がないのです。私ももちろん自分のために生きてはいますが、皆様のためにお役に立てるならば、これが人生の幸福なのだと思うようになりました。そして、僧侶になって、またあさか大師を開創してほんとうによかったとも思っています。

ちなみに、護摩木は一本200円で、何本でもお申込みできます。遠方の方は、これもホームページの「お問い合せ」からお申込みください。ご相談でもけっこうです。ご縁がありますよう。

山路天酬密教私塾

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