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花に語り、花が語る

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挿花

令和2年9月26日

 

お彼岸中のためか、いつもにも増して忙しい日が続きました。

身近な花でもしてみようと思っても、この夏の猛暑でかなり枯れました。それでも道端をよく見ると、たくさんの野の花があります。私が花に語りかけ、花がまた私に語りかけます。まるで「自分を選んでほしい」と、望んでいるかのようでした。とりあえず二種、そっとみました。どこででも見る花ですが、誰も注目しません。それでも、私には花屋さんの商品より美しいと感じました。

まず、キクイモ。いくらでも群生しますが、こうして挿すとなかなかのものです。もうすぐ開花期を終えますが、縁あってお寺に来ました。「立派だね」とめてあげたくらいです。

もう一つが野生のニラ。においも少ないので、トイレに飾りました。ただ挿しただけで、流儀も技術もありません。それでも古民家づくりのトイレにはぴったりです。そう思いませんか、皆様。

女性なら仕事や買い物のついでに、花屋さんをのぞくでしょう。気に入った花があれば買うでしょう。それは、女性が美しいものによって得られる気持のよさを買うからです。男性には、そういう感性がありません。男性はいつも社会的な価値観を追いかけながら生きているからです。それは男性が花を買って部屋に飾ることなど、まずあり得ないことからもわかるはずです。男性が花に興味を持つとすれば、多くは人生の辛苦しんくを味わった後のことなのです。

ましてや名も知らない〝雑草〟に興味を持つ男性など、いるはずがありません。私がこのような花に興味を持つのは、実はお大師さまの教えを学んでいるからなのです。

お大師さまは人がただの雑草と思っていても、仏さまが見ればそれが薬草になるとおっしゃっています。あるいは刈り取られ、あるいは除草剤で消え失せる雑草も、薬になるほどなら挿花そうかにもなりましょう。私はそれを学んでいるに過ぎません。

皆様もいかがでしょう。道端のエノコログサ(猫じゃらし)でもよいのです。何かの空きびんにそっと挿してみてください。やがて霜が降りて枯草になっても、その美しさに見ほれるはずです。人生の宝も幸せも、智慧も悟りも、それはいつも足もとにあるからです。

花梅

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挿花

令和2年2月17日

 

春らしくなって、梅が一気に開きました。

奈良時代の花見といえば桜ではなく、実は白梅だったのです。また平安時代には紅梅こうばいが渡来し、菅原道真みちざね公は特にこれを好みました。しかも、自分の住居を「紅梅殿」と称したほどです。天神社の境内に梅を植えるのは、この理由からです。また『枕草子まくらのそうし』にも、「木の花はきもうすきも紅梅」と記載があります。

今日は花梅(ハナウメ)の小枝をいただき、さっそく床の間にしました。一種だけですが、ほかの花はこのさい不要でしょう。本堂に三千世界さんぜんせかいの香りがただよいました(写真)。

貝原益軒かいばらえきけんは『養生訓ようじょうくん』の中で、人生の楽しみを次のように語っています。

「ひとり家にいて静かに日を送り、古書を読み、古人の詩歌しいかぎんじ、こうき、名筆をうつし、月や花をながめ、草木を愛し、四季の景色とたわむれ、微酔びすいほどに酒をみ、庭で育てた野菜をて、集まった仲間と楽しく食べれは、多いに気を養うことができる。これは貧しい人であっても出来ることであり、裕福でありながらこのような楽しみを知らない人より、はるかにすばらしいことである」(筆者訳)。

もはや、何もお話することはありません。うらやましいかぎりでありますが、私にも届かぬ楽しみではなさそうです。そして、人生の楽しみはこれに尽きるのでありましょう。皆様、いかが。

(明日から出張のため、2~3日ブログを休みます)

雑草いけばな

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令和元年11月19日

 

尼崎市の飯尾一渓いいおいっけいさんが、「雑草いけばな」という新分野を提唱ていしょうしました。

〝いけばな〟とはいっても流派の生け花ではありません。道端の野の花を石やガラスびん、切り株や竹の皮といった身辺にあるものに、さりげなくすだけなのです。これがまた独特の魅力に富み、お店の花にはない格別な世界を作り出します。

飯尾さんははじめ、障害児教育のためにこれを創案しました。しかし、その美しさに引かれた人たちがしだいに集まり、花も買わず、花瓶も使わぬ「雑草いけばな・一渓会いっけいかい」が立ち上がりました。大阪・梅田のカルチャースクールや東京・お茶の水女子大などに教室を開き、会員は千人を超えたといいます。

もちろん、「雑草」という名の花はありません。どんな花にも学名があります。しかし、無用とされ、さげすまされた花がアレンジしだいで見違えるようによみがえる姿はお見事としかいいようがありません。「雑草は見向きもされません。誰の力も借りずに育って、人知れず散っていきます。その無心の姿を、無心のままに受け止めるんです」と、飯尾さんは語ります。

私は数年前、当時八十一歳の飯尾さんと電話でお話をしました。そして、「最後の一冊なんですが、あなたに差し上げましょう」と言って、カラー写真の本も送っていただきました。私の宝ものです。お元気でいらっしゃるでしょうか。

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)

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令和元年9月27日

 

昨日で秋のお彼岸が明けました。

今年は暑さのせいなのか、曼珠沙華まんじゅしゃげ(彼岸花)の開花が遅れたように思います。本県日高市には有名な巾着田きんちゃくだがあり、年間30万人が訪れる観光地ですが、入場料を徴収ちょうしゅうしたのは彼岸直前だったと聞きました。あさか大師の周辺でもほとんど目につかず、車を走らせて、やっと群生地を見つけました(写真)。地主さんから少し頂きましたので、いま、何の花器にせばよいかを思案しています。

私の郷里では、10年ほど前まで土葬どそう(遺体をひつぎのままめる葬法)が続いていました。したがって、その土盛りがくずれぬよう、またモグラやネズミに荒らされぬよう、埋葬すれば曼珠沙華の球根を植えました。だから、曼珠沙華といえば、「死人花」「幽霊花」「親殺し」などという不吉な呼称があったのです。ましてや、花材になることもなく、茶室などではもっとも嫌われた禁花きんかでした。

ところが近年では、各地の群生地に人気が集まり、禁花などと思っている人は誰もいません。花店でも販売されているはずです。私は5年ほど前に巾着田を訪れましたが、駐車場に入るだけでも2時間を要し、入場者は外国人でいっぱいでした。花の色も、本来の赤はもちろん、ピンクや白も目につきました。

現代人はほとんど知りませんが、昔はこの花の球根が飢饉ききんの折の救荒食きゅうこうしょくだったのです。球根にはアルカロイドの毒性がありますが、すりおろして粉末にすれば食用が可能でした。どれほどの人命を救ったかははかり知れません。漢方では〈石蒜せきさん〉といい、尿毒や水腫の妙薬として用いられました。

曼珠沙華は永く不運な歴史をたどりましたが、ここにいたってスターになったのです。栽培といっても何ら手間いらずで、強靭きょうじんに繁殖するこの花が、世界中の人々から愛されることを私は願っています。

房藤空木(ふさふじうつぎ)

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令和元年8月9日

 

炎天が続く中、とても涼しげな花をいただきました。

和名をフサフジウツギ(房藤空木)といい、西洋ではブッドレアの名が付けられています。イギリスの植物学者で、牧師でもあったバドルにちなんだそうです。正面からは見えにくいと思いますが(写真)、藤の花のように長く、はじめはトラノオ(虎の尾)かと思ったほどでした。白花以外では紅・紅紫・濃紅紫などがあります。

私は花については何の技術もないので、ただ一輪ばかりをそのまましました。それでも、花の本はかなり買い込みましたし、家元茶花の本もどれほど読んだかわかりません。しかし、生け花ばかりはどうしても馴染なじめず、やはり〝素人の花〟こそしょうに合っているようです。

素人といえば旅館や料理店、また古美術店には大変に上手な方がいます。お客様をおもてなしするその配慮に心引かれ、私もそれを見習っています。大事なことは〝さりげなく〟挿すことで、技術ばかりが目立つと、嫌味たらしく感じます。

私がどうして生け花に馴染めないかというと、いかにも「どうだ!」とばかりに、見栄を張るからです。無理にも枝をねじ曲げ、息が出来ぬほど挿し込み、まるで上座から見下すような構えです。目立つための技術としか思えません。

かつて、宗門の新聞に連載した花の写真とエッセイは、半分は『邑庵花暦』(創樹社美術出版)と題して刊行しましたが、残りの半分がまだ眠ったままなのです。いつかは皆様の目に止まるよう、努力しましょう。はたして、花は野にあるように、挿せましたでしょうか。

凛とした品格

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令和元年7月17日

 

梅雨の花と言えば紫陽花あじさいですが、〈桔梗ききょう〉もまたよく似合います。そこで、いただいた桔梗を〈刈茅〉かるがやと共に挿しました(写真)。うっとうしい長雨の中で、この姿にはとてもいやされます。

桔梗の何がすばらしいのかと申しますと、日本的なりんとした品格を保っていることです。たとえば、春の都忘みやこわすれ(ヨメナギク)や鉄線てっせん(クレマチス)などでさえ、最近は妙にバターくさく(!)なり、本来の素朴さが失われつつあるからです。その点、この桔梗は白花や桃色花などが出回りつつも、まだまだ古来のいろどりを残しています。

桔梗は『万葉集』では「朝顔」の名で歌われています。つまり、朝に咲く花を一様に「朝顔」と呼んだらしく、木槿むくげなども同様です。私たちが親しむ、いわゆる〝アサガオ〟がいつ頃に渡来したのか、原産がどこであるかは、実ははっきりしていません。

木槿もアサガオも夕方にはしぼみますが、桔梗は夕方になっても映えて美しいものです。『万葉集』の一首に、

朝顔は朝露負あさつゆおいて咲くといえど 夕影ゆうかげにこそ咲きまさりけれ(作者不詳)

と、あるのがこのことです。「夕方でも美しい朝顔」こそ桔梗だと知りましょう。そして、最後まで残るのは品格だと知りましょう。

コンプラ瓶

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令和元年7月9日

 

セリの花をいただきましたら意外に美しいので、さっそく挿してみました(写真)。初めてお目にかかりましたが、野菜にもすてきな花があるものです。この季節ではカボチャやキュウリの花なども、いいものですよ。

今日のお話はもう一つ、花器にした白いびんが何であるか、皆様おわかりになりますでしょうか?

これは江戸時代に長崎の金富羅こんぷら商社が、出島で東インド会社と取り引きをした「コンプラ瓶」というものです。正面に「JAPANSH  SAKI」とあり、「ヤパンセ サキ」と読みます。つまり「日本産の酒」、九州の焼酎を入れて、オランダやポルトガルに輸出したのです。かのシーボルトも、いくつかを本国に持ち帰りました。おそらく、日本人が書いた当初のアルファベットということになりましょう。粗雑な磁器で、焼酎のシミまで残っていますが、なかなかに味があります。

それともう一つ、晩年のトルストイがどうしたことかこの瓶を愛玩あいがんし、一輪挿しに使っていました。たしかに、書斎の片隅にこの瓶が映っている写真を見たような気がします。

文豪もこのやわらかな白い発色を好んでいたのでしょう。そして、歴史的な名作を生み出す、その瞑想を支えたのです。私の手元にあるのも、不思議なご縁です。

擬宝珠(ぎぼうし)

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令和元年6月23日

 

ギボウシをいただいたので、さっそく床の間にしました(写真)。漢字では擬宝珠ぎぼうしゅと書きますが、つまって「びぼうし」あるいは、「ぎぼし」と言います。文字どおり「宝珠に似たもの」といった意味の花です。写真ではわかりにくいかも知れませんが、つぼみの形がお寺や橋の欄干らんかん(先のとがった飾りをつけた手すり)に似ています。つまり、仏教の如意宝珠にょいほうしゅにも似た花ということです。

東アジアに多く分布し、特に日本には二十種ほどあるそうです。谷沿いの岩場や湿原などに生え、白や薄紫の花を咲かせます。この時期に山に入ると、谷川のかたわららでよく見かけることでしょう。ただ、一日花なので、朝に開いて、夕方には閉じてしまいます。

実は、ヨーロッパでも人気があります。それは江戸時代にシーボルトが持ち帰ったため、もともと自生していたかのように普及したからです。ツアーを組んで、わざわざ日本にやって来る人たちがいるほどで、うれしいかぎりです。ナポリ出身の友人女性・ブルーナさんに、「これは仏教の花ですよ」と説明したことがありました。

お大師さま(弘法大師)は如意宝珠を真言密教の象徴とされました。だから、この花をお供えとして挿しています。あさか大師のご宝前にも如意宝珠を安置していますが、それに花が添えられれば、申し分がありません。今日一日がとても豊かになりました。

皆様もこの花を見ましたら、ぜひ今日のブログを思い出してください。そして、仏教の花であることを人にも教えてください。

紫陽花

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令和元年6月9日

 

今日も梅雨らしい一日でした。そして梅雨の花といえば紫陽花あじさいでしょう。〈あじさい〉や〈アジサイ〉より、私はこの漢字表記が好きなのです。紫陽花の〈陽〉とは光のことです。そして、おりおりの光によって色が変ずる花という意味です。

梅雨の詩情として、これほど似合う花はありません。今朝も散歩中に薄紫の紫陽花が目につき、その家のご主人より一枝をいただいて本堂に挿しました(写真)。技術などどうでもよいのですから、皆様も庭の一枝をガラスびんにでも挿してみてください。家の中がパァーと明るくなりますよ。

万葉の時代は「集真藍あずさい」といったそうで、藍色あいいろの小花が集まった花とのお話を聞いたことがあります。今どきは藍色のほか、青・紫・紅・白などの色が多彩に競います。また、各地に〈あじさい寺〉が増えて、うれしいかぎりです。

また紫陽花について、忘れられないのは三好達治の詩「乳母車うばぐるま」です。

 

母よー

淡くかなしきもののふるなり

紫陽花色あじさいいろのもののふるなり

はてしなき並樹なみきのかげを

そうそうと風のふくなり

 

私がはじめて魅せられた「声に出して読みたい日本語(斎藤孝氏の造語)」でした。

解釈など、無用なことです。ただ紫陽花が淡く、悲しく〝ふる〟のです。時が過ぎるのです。何と美しい詩でしょう。久しぶりに、青春を堪能しました。

ホトケノザ

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平成31年4月29日

 

お隣りの畑に、ほんの少しホトケノザ(仏の座)が残っていました(写真)。実はお彼岸の頃には田畑の一面をおおいつくし、まるでピンク色のジュウタンのようでしたが、私がうっかりシャッターチャンスを逃してしまったのでした。

ホトケノザ
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