続・あの世への手紙
令和8年7月10日
あさか大師の供養紙(塔婆形・前回ブログ参照)は、「先祖代々・先亡・水子」の霊に対し、総合的な供養となるよう配慮しています(写真)。先祖代々は血の流れを受け継いだ直系の霊です。先亡は直系をも含みますが、主に叔父叔母といった傍系の霊を意味します。また、どの家にも水子がおり、現代人の関心度も含めて加えています。叔父叔母は直接に血のつながりはありませんが、お世話になることが多く、あの世に往っても関連が続きます。「あの世への手紙」によって喜ばれ、その幸せが必ずこの世の幸せとなります。

さらに大切なことは、先祖供養といえばほとんどが現在の姓(多くは父方)ばかりを対象としますが、母方の流れを忘れてはなりません。私はこれを「母系供養」と呼んでいます。特に男性は、母方の霊系を受け継ぐ比率が多いので、この母系供養をおすすめしています。
先祖供養への想いを届けるには、この供養紙は最良の手紙となりましょう。これを月ごとに繰り返すことで、大きな功徳を生みます。私はいつも、あの世に持ち越せる唯一の財産は功徳なのだとお話をしています。専門的な行法は私が修するので、むずかしいことは何もありません。多くの皆様のご参加をお待ちしています。
*あさか大師でも先祖供養をご希望の方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。父母両家の「先祖代々・先亡・水子」を供養して、一ヶ月2000円です。遠方の方には郵送します。全国から大勢の皆様が参加しています。
あの世への手紙
令和8年7月8日
仏壇の位牌やお墓に、先祖の霊そのものがいるわけではありません。亡くなって四十九日までの中陰(幽界)は、あの世(霊界)への待合わせ所であり、肉体のない生活への訓練所です。だから、あの世の霊界にいる先祖は、位牌やお墓にはいません。ただ、死を自覚しない人やどこへ往ったらいいのかわからない人は、いつまでも幽界に留まるので、これを「幽霊」といいます。お墓などで幽霊を見るのはこのためです。
仏壇の位牌やお墓は、私たちが祈りを送るための媒体です。媒体を通せば、祈りが届きやすいからです。では、塔婆はどうでしょう。塔婆はいわば、「あの世への手紙」です。私たちのメッセージを送るための有力な手段です。そして、手紙を受け取った先祖はとても喜ぶので、塔婆の建つところが浄土となるのです。
あさか大師の先祖供養は、この塔婆形の供養紙を用いています(写真)。すなわち、皆様の想いをこの供養紙に込めることによって、立派な手紙になるからです。メール(!)ではなく、心を込めた手紙となりますので、これを受け取った先祖が喜ばぬはずがありません。

そして、一ヶ月ごとに回収して、皆様の功徳をお大師様に報告し、さらに回向を重ねています。供養紙はこの世のものですが、あの世のからの返信が、功徳となって皆様の人生を変えるのです。あの世が喜ばずして、この世の喜びはありません。あの世からの幸せが、この世の幸せとなります。それは、皆様が実修すればわかることです。
*あさか大師の先祖供養に参加をご希望の方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。真言密教のお導師が毎日、光明真言の秘法を修して一ヶ月2000円です。遠方の方には郵送します。勧誘はしません。入退も自由です。わずかな費用で、人生で最も大切な投資となります。
続・あの世からのこの世
令和8年7月5日
あさか大師では、昨日と本日の午後1時に盂蘭盆会法要を勤修し、多くの皆様が参列しました(写真)。また、遠方の皆様は同時祈願をなし、自宅からの回向を捧げました。

特に光明真言の唱和にいたっては清浄な霊気が漂い、灯明がゆらぎ、法悦につつまれました。まさに、あの世からのこの世です。あの世の幸せがなければ、この世の幸せはありません。この世を変えるには、あの世からなのです。
法要後には私が法話をなし、全員で施餓鬼法を実修しました。人は貪りが過ぎれば、死後は餓鬼界に堕ちます。特に現代は強欲な人が多く、餓鬼界に堕ちている人が多いと私は思っています。仏教では地獄・餓鬼・畜生を三悪道として戒めますが、これはエンマ様に裁かれるというより、自らが選ぶのです。つまり、自分で自分を裁くのです。
なぜなら、怒り狂って人を罵倒し、恨み、争いを重ねれば、それが地獄です。すべては心です。自分の心しだいです。盂蘭盆会も施餓鬼法も「布施」の喜びを教えています。布施の喜びを知ることで、貪りの罪が消えます。そして、あの世からのこの世の教えでもあります。
あの世からのこの世
令和8年7月2日
あさか大師では7月4日(土)・5日(日)午後1時より、盂蘭盆会法要を勤修いたします。盂蘭盆会は布施の功徳をもって、あの世の先祖に回向をする行事です。あの世の先祖とこの世の私たちに何の関係があるのかと言う人もいるでしょうが、実はあの世の写しがこの世なのです。この世を「現世」というのもこの意味です。
私たちはこの世からあの世のことは、普通の感覚ではわかりません。この世は肉体があり、物質があり、五感をもとに生きる世界です。その五感によって、内なる心を知る世界です。あの世は心の方が主体でこの世の五感を統合します。だから、あの世からこの世はわかりますが、この世からあの世はわかりません。
それでも、何かの折に霊の存在を感じたり、「守られている」と感じるのは、心の領域が肉体や物質を超えるからです。したがって、瞑想や祈りによって心の領域が広がると、あの世にも思いが通じます。法要では参詣者が『あさか大師勤行式』(写真)を読誦しますが、圧巻は光明真言の唱和でありましょう。

光明真言のリズムが融合し、その響きが頂点に達する時、灯明がゆらぎ、塔婆からは霊気が上昇します。五感を超えた〝法悦〟の瞬間です。この世とあの世が一体になります。初めての方も参列して、この法悦をぜひ体験していただきたいと思います。なお、法要後には施餓鬼作法についての説明があります。ご家庭でも、ぜひ実修してください。
*『あさか大師勤行式』(一冊2000円・送料210円)をご希望の方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。郵便振替用紙を同封して郵送します。
また、先祖供養をご希望の方も「お問合わせ」からご連絡ください。父母両家を合わせて一ヶ月2000円です。あの世の幸せが先になければ、この世の幸せはありません。あの世から、この世の人生を変えるのです。
続・盂蘭盆会法要の前行
令和8年6月29日
私は毎朝、光明真言による先祖供養を勤修しています(写真)。これは単なる読経ではなく、お大師さまより相承した真言密教の行法を修するということです。特に今は、盂蘭盆法要の前行として、特別供養の塔婆を浄書し、開眼してご回向を重ねています。

真言密教の導師は仏様をお迎えして結界し、供養をなし、その功徳を先祖に回向します。ただし、あさか大師ではご自分のルーツである父母両家にアプローチしますので、「人生を変える先祖供養」と呼ばれるようになりました。しかも、全国の弟子僧がネットワークを組んで、光明真言の念誦に勤めています。その数はすでに300万遍を超えています。
また、盂蘭盆会法要は施餓鬼法も合わせて修します。その真言を列席者と共にお唱えし、餓鬼界の人々を救います。現代人は貪欲な人が多く、生きているうちから施すことの大切さを学ばねばなりません。私は毎晩、施餓鬼法を修していますが、僧侶は布施を受ける身でありますから、特に自戒を込めています。施すことは修行でもありますが、施すこと自体に喜びを感じることはさらに大切です。得ることは喜びですが、施すことはさらに喜びであると仏教は教えています。
*あさか大師での先祖供養をご希望の方は、筆者のこれまでのブログをご覧いただき、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。
盂蘭盆会法要の前行
令和8年6月27日
あさか大師では7月4日(土)・5日(日)午後1時から盂蘭盆会法要を勤修するため、私はいまその前行に入っています。この盂蘭盆会法要では毎月の先祖供養に加えて、多くの皆様が特別供養の塔婆をお申込みになります(写真)。私は形式的な法要に留まることなく、光明真言の功徳が遍満するよう努力を重ねておりますので、その姿を見て納得なさるのだと思います。

私たちが先祖供養に関心を持ち、また先祖供養のことが気になるのは、仏様がご先祖を通じて導いてくださるからです。特に霊的な感応がなくとも、「何かをしなければ」と思うのはその証明です。親や祖父母が短命であるとか、変死者がいるとか、重病者が多いといった姿を通じて、「何かをしなければ」と思うからです。
ただ、気軽に相談ができるお寺は、そうたくさんはありません。なんとなく敷居が高いのも事実でしょう。かといって霊能者(?)のもとを訪ねれば、かえって恐怖をあおられ、高い祈祷料を要求されることもあります。よく「因縁が悪い!」といいますが、どんな人もタテには先祖から、ヨコには前世からの因縁があります。つまり、宿業(カルマ)であり、苦しみの原因です。
仏様はむしろ、この苦しみを生かしなさいと教えているのです。苦しみがあるから、「何とかしなければ」と思うよう導いてくださるのです。因縁があるなら、因縁によって救われなさいと教えてくださっているのです。どんな人も等しく救われなければ、この世に生れた意味がありません。因縁で恐怖をあおるのなど、言語道断です。決して正しい仏教ではありません。
先祖供養は因縁を超える重要な手立てです。盂蘭盆会を迎えるにあたっては、よりよいお寺にご縁をいただき、実りある法要をなさってください。
*あさか大師では7月に盂蘭盆会法要をなし、8月は帰省や墓参のためにと考えています。盂蘭盆会法要の後には、施餓鬼作法も合わせて実修しています。
*盂蘭盆会法要の特別供養をご希望の方は、ホームページも「お問合わせ」からご連絡ください。直系の「〇〇家先祖代々」のほか、叔父叔母といった傍系をも含む「〇〇家先亡」のいずれかでお申込みください。お塔婆一体5000円です。納入につきましては郵便振替用紙をご送付いたします。
*このほか、毎月の「人生を変える先祖供養」(一ヶ月2000円)もございます。お問合わせください。
仏様との感応
令和8年6月7日
あさか大師では先祖供養の行事として、月に3回の総回向法要を勤修しています。昨日と本日、大勢の皆様が集まり、法要に参加しました(写真)。また遠方の皆様には、同時祈念していただくことをおすすめしています。

前回お話をしましたが、先祖供養はプロのお導師と共に修することが大切です。特に真言密教のお導師は、仏様を勧請して直接に回向をする秘法を心得ています。人が祈るのではなく、仏様が人のために祈ってくださるという観念に立たなくては、本当の先祖供養はできません。
もう一つ大切なことは、母方の供養を忘れてはならないことです。ほとんどの方々が、父方には熱心なのですが、母方を重んじません。これはすぐれた文化を持つ日本にしては、とても残念な風習です。特に男性は母方の血を引く方が多いので、私は「母系供養」として大切にしています。自然の道理から見ても、男女陰陽の関係は、遺伝的にも納得するのではないでしょうか。
あさか大師ではお導師の修法と共に、ご信徒の皆様もいっしょに読経し、真言をお唱えします。その波動が一致した時、お灯明がゆらぎ、お塔婆からは後光が射します。お近くの方は、ぜひ見学にお越しください。仏様との感応を、ご自身で実感するはずです。「人生を変える先祖供養」を共に歩みましょう。
*この先祖供養に参加をご希望の方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。供養料は父母両家を合わせて、1ケ月2000円です。勧誘はいたしません。遠方の皆様には郵送します。全国からたくさんの皆様が参加しています。ご連絡をお待ちしています。
先祖供養の落とし穴
令和8年6月4日
生きるとは、一日一日が死に向かうことです。人生の目的をあえて申し上げるなら、それは「どのような死を迎えるか」に尽きるのです。ところが、ほとんどの人が終活はしても、死について考えることがありません。そして、何ひとつ教えられることがありません。親からも学校からも、寺の住職からも教えられることがありません。これであの世に旅立つのですから、〝迷う〟のは当たり前です。
亡くなって四十九日間を、仏教では「中陰」といいます。この世とあの世の中間で、「幽界」ともいいます。あの世の「霊界」に向かう待合所です。この間は、肉体から脱した幽体として生活します。「のどが渇いた」「お腹がすいた」と言っても、生前のように飲むことや食べることから別次元の生活に慣れねばなりません。いわゆる「香りを食とする」と仏典『俱舎論』(写真)には説かれています。〈香り〉とは食事の香りでもありますが、遺族の想いが香りとなります。だから、お線香をお供えするのです。

皆様はいかがでしょうか。香りで満足する生活を、四十九日間で達成できますでしょうか。さらに重要なのは、生前の業(カルマ)が深いと、その重さから霊界には往生できないということです。悪事を重ねたり、強欲に生きた人ほど、重い業を背負っています。しかし、ここで救いとなるのが、遺族が善事をなして「追善」をすることです。死者に変わって、遺族が善を追うのです。
これによって、死者の業は軽くなり、その功徳によって霊界に往生することができるのです。死者が往生しないと、幽体のままこの地上にとどまります。これが幽霊です。今の日本には、お葬式もされず、追善もされない幽霊がいかに増えているかがわかりますでしょうか。
この世はあの世の映しです。だから、「現世」といいます。あの世の生活は必ず子孫に映し出されます。この世でうまくいかないことは、あの世でうまくいかない映しです。だから、先祖供養が大切なのです。ただし、先祖供養は自己流ではいけません。とんだ、落とし穴があるからです。次回、さらにお話をいたします。
*筆者の先祖供養に関心のある方は、ホームページのブログから検索してください。毎日、真言密教の「光明真言法」を修して皆様の先祖供養に励んでいます。
続・タテの流れとヨコの流れ
令和8年5月3日
あさか大師では昨日と今日、総回向法要(先祖供養)を勤修しました。ゴールデンウイークのさ中、遠くは名古屋や甲府から、たくさんの皆様がお集まりになりました(写真)。また、このブログをお読みになって、初めてという方もお越しになりました。

私たち生命にはタテには先祖の流れ、ヨコには自分の前世の流れがあります。そして、それぞれが交差し、最もふさわしい父母と、最もふさわしい時間のもとで、この世に誕生しました。この事実は、自分でなければ果たしえない天命があるからだと、思わざるを得ません。
そして、その天命とは決して自分という個人にのみ与えられたものではなく、父母や祖父母から引き継いだ大きな流れがあるはずです。それが、この世とあの世との流れです。これを知らずして、人生の天命をまっとうすることはできません。
あの世には先祖代々の直系、叔父叔母の傍系、無事に誕生し得なかった水子との、三つの流れがあります。「人生を変える先祖供養」を目ざすなら、この三つの流れを無視してはなりません。形式的な回忌法事や、墓参ばかりで済ませるというわけにはいきません。
また、プロ(密教の導師)の修法と自分の祈りを融合させることも大切です。自己流や自己満足では成就しません。そして、継続することです。時おり、気まぐれにすることではありません。皆様の天命がまっとうされますことを祈ります。
*あさか大師の先祖供養に参加をご希望の方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。供養料は父母両家を合わせて一ヶ月2000円です。勧誘はいたしません。檀家制度もありません。入退も自由です。新しい人生に向かって、さらに一歩を踏み出していただきたいと思います。
タテの流れとヨコの流れ
令和8年5月1日
あさか大師では5月2日(土)・3日(日)午後1時より、総回向法要(先祖供養)を勤修いたします。私のブログを呼んで関心を持たれた方は、ご自由にご参列ください。初めての方も歓迎いたします。この頃は、初めての方もよくお越しになります。
「人はこの世とあの世を同時に生きている」というのが、私の考えです。だから、「あの世はどこにありますか」と問われれば、「ここにありますよ」とお答えしています。この世を「現世」というのは、あの世の映しだからです。あの世がフィルムでこの世が映像です。
私は毎朝、先祖供養のため、光明真言法という真言密教の行法を修しています。あの世との感応があると、お灯明がゆらいだり、お塔婆の先端から霊気が上昇することがあります。こんな時はこの世とあの世を同時に生きていると、本当に実感します。お灯明は決して飾りではありません。闇路を照らす智慧の光として、お供えするものです(写真)。あの世の方々は、その光を喜ぶからです。

また深夜に天空を見渡すと、何かあの世に引き込まれるような、そんな感覚に襲われることもあります。天空のどこかに、あの世の入口があるのでしょう。この世の一生は、永遠の旅のほんの一瞬に過ぎません。生と死は連結して限りなく続くからです。
また、自分の両親や祖父母は、最も縁の深い方々で、これがタテの流れです。それに前世からのヨコの流れが交差した瞬間、私たちはこの世に誕生します。だから、先祖供養は自分自身への供養でもあるのです。いのちの修養でもあり、栄養でもあります。この世の自分を大切にしたいなら、あの世の方々も大切にしましょう。それはまた、あの世への楽しみにもなるのです。
*先祖供養に関しては、いろいろな角度から何度も書いてまいりました。ご覧いただければ、幸甚に存じます。

