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七転び八起き

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令和2年9月29日

 

中学生の時、柔道の稽古中に「七転ななころ八起やおきき」とはおかしいじゃないかと演説をしたことがありました。理屈の多い子供であった私は、受け身(投げられ方)をやって説明しながら得意になっていたものでした。今となっては冷や汗ものですが、聞いていた仲間たちも「なるほど」と思ったようです。田舎者がのん気なことをして遊んでいたということです。

皆様もお気づきと思いますが、七回転んだら、七回しか起き上がれません。どうしてこれを「八起き」と言うのでしょうか。これについては、また妙な理屈を言う人がいるのです。たとえば最初に起きている状態から数えて「八起き」とする説。あるいは朝に起床した時を加えるとするとの説があります。では、前の晩に就寝した時をどうするのかとなりますが、これはもうやめておきましょう(笑)。

また、七回転んで七回起きて、次の八回目に転んでもまた起き上がる勇気を強調して「八起き」とする説があり、いくらか説得力があります。さらに「七転八しちてんばっとう」が変化して「八起き」になったという説もあります。正しいような気もします。

思うに、これは言葉の勢いと調子ではないかと私は考えています。「七転び七起き」では当りまえ過ぎます。また、これでは意味をなしません。前向きな生き方を言葉にするなら、やはり「七転び八起き」となり、語呂もいいからです。つまり、わざわざ理屈を重ねるほどのことではないということです。

「七転び八起き」はよく色紙やダルマに書かれて来ました。寿司屋さんの茶碗でも見かけましたが、今では何とも陳腐ちんぷさをぬぐえません。特に現代の若者たちが好む名言とは思えません。しかし、何度転んでも立ち上がる気骨は、いつの時代にも讃えられるべきもので、特に歴史上の偉人がそれを示しています。

偉人とは単に、生まれながらの才能や努力が花開いた結果ではないからです。偉人はみな患難辛苦かんなんしんくを何度も味わい、そしてそれを乗り越えたがゆえの結果であるからです。偉人は生死をさまようほどの大病たいびょうを経験します。二度と立ち上がれぬほどの貧困を経験します。あるいは大事故、戦争、投獄など、およそ人間としての〝どん底〟を経験して、そこからはい上がって行ったのです。だから偉人なのであって、これをなめ尽くさぬかぎり、偉人にはなれません。偉人ではない私たちは、せいぜいその伝記を読んで何かを汲み取れればよいのです。

偉人には患難辛苦を、あえてけぬところがあります。患難を背負い、辛苦に倒れ、何度でも立ち上がって行くからです。これを避ければ楽な人生であったかも知れません。しかし、それが許されぬところに偉人の運命があるのです。人生の栄冠は患難に耐え、辛苦を乗り越えねば手にすることは出来ません。私たちでさえ、それは同じです。ただ、その度量が違うということなのです。

食べるためか、生きるためか

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令和2年9月20日

 

私が高校二年生の時です。そろそろ進路を決めねばならなくなった頃、父から「おまえは何をして食べて行くのだ」と問われました。将来の目標など定まらず、まだ世間を何ひとつ知らず、理屈ばかり多い年代でしたから、「食べるために生きるより、生きるために食べるんのだと思っている」と答えました。その答えが、父にはよほど青臭く感じたのでしょう。「そんなこと言っていたら、今に食べられなくなるぞ」と言い返されました。

さほどに裕福ではありませんでしたが、まずまず食べることに不自由を経験しなかった私は、食べていくという人生の基本的な意味すら理解していなかったのです。また、いくらか本を読んで、人生を考える習慣を覚えた頃でもありました。父は自分の息子が、よもやこんなことを言うとは思いもよらなかったのでしょう。以後、私にこのような問いかけをすることは二度とありませんでした。いうなれば、私と父との唯一の人生問答であったのです。

あれから五十年が過ぎ去りました。今ここで、改めて考えてみようと思います。人は食べるために生きるのでしょうか。それとも生きるために食べるのでしょうか。食べるために生きるとは、もちろん食べるために働くという意味です。それによって自分や家族を養うという意味です。コロナ禍で職を失い、職を求めている方なら、当然この答えを選ぶはずです。

一方、「人はパンのみにてくるにあらず(聖書)」という言葉があります。これは精神的な修養の大切さを教える聖句と思われがちですが、人は神の言葉によって養われるというのが本来の意味です。たぶん、父と問答した頃、私も生半可なまはんかな知識を持っていたのでしょう。しかし、一般的な意味として考えてみても、共感する方は多いはずです。ただ、食べるために働くのでは、何とも味気がありません。今の私でも、そう思うのです。

人が生きて生活し、自分や家族を養うためには食べていかねばなりません。食べるためには働かねばなりません。働いても、いつ職を失うとも限りません。まさに〈職〉こそが〈食〉なのです。だから、「衣食いしょく足りて礼節れいせつを知る」のです。人は食べるために生きねばなりませんが、食べるに足りた時こそ礼節を知ることが必要なはずです。

宗教はややもすると、精神的な教えに片寄る傾向があります。お大師さまはそのことをよくご存知でした。たから物も心も、豊かになることも悟りに達することも一つに考えられたのです。人は食べるために生きねばなりません。しかし、価値あるもののために生きることも同時に必要なのです。それが人生という旅路なのです。

「三大不心得」の教訓

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令和2年8月4日

 

「医者の不養生ふようじょう」と「易者の身のうえ知らず(不知)」と、そして「坊主の不信心」を、私は「三大不さんだいふ心得こころえ」と名づけています。そして、これを自らも教訓として戒めています。

まず「医者の不養生」と言いますが、お医者さんは特に忙しいので、自分の健康にはなかなか気配りができません。意外に〝病人〟が多く、痛々しい実態があるのです。トップに挙げたのも、笑い話では済まされないと思ったからです。

医師や医療従事者への情報サイト『日経メディカルОnline』(「2014年6月9日)によりますと、医師2286人を対象に「持病はあるか?」のアンケート調査に対し、約68パーセントの方が何らかの持病があると答えました。最も多かったのは高血圧で536人、次に脂質異常症が478人、花粉症などのアレルギーが410人で、そのほかに腰痛・関節痛が318人、高尿酸血症が216人、糖尿病が151人、胃炎・胃潰瘍が131人、不正脈が105人などで、持病なしは740人で約32パーセントという結果でした。もちろん、一人で複数の持病があるという方もおります。また、年齢につれて該当者が増すのは当然で、30代で50パーセント、60代で80パーセントの医師に何らかの持病があるようです。

これというのも、多くの医師は忙しさのうえに病院経営の管理職として、重荷とストレスを背負っているからなのでしょう。患者さんに高血圧の処方箋しょほうせんを出すと同時に、自分も降圧剤を飲んでいる医師は、何と80パーセントにも達しているといいます。世間には知られていませんが、いやはや驚くべき結果というほかはありません。押し寄せる患者さんに追われながら、影でこんなことが起こっている事実を、皆様は何と思いますでしょうか。

『易者の身のうえ知らず』はどうでしょう。ご存知のとおり、占いはよく〝当たり〟ます。しかし、易者さんもまた、意外に自分のことはわかりません。また、人相や手相、方位や家相、名前の画数や印相(印鑑)を鑑定しても、積徳せきとく(功徳を積むこと)の大切さを説きません。これは占いという〈術〉におぼれるからです。つまり、占いが人生を決めると思っているからです。人生の結果、つまり生き方の結果が占いであることに気づかないからです。

紙面がなくなりました。『坊主の不信心』は檀家だんかさんのことには熱心でも、自分の家の先祖供養を怠る住職への笑い話です。また、毎日の〈おつとめ〉もしないような本堂に、檀家さんがお参りするはずはありません。住職は檀家さんのお手本となるよう、自らを戒めるべきです。人のことは見えても、自分の足もとはなかなか見えません。自分を省みることの教訓は、「三大不心得」ばかりではないこともお伝えしておきます。

天使の贈り物

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令和2年7月8日

 

アメリカにミルトン・エリクソンという著名な心理学者がいました。おもに二十世紀の後半、特に催眠さいみん療法や心理療法の分野で活躍した先生で、日本でも多くの著作が刊行されています。

ある日、大変に裕福な老婦人が先生を訪ねました。

「先生、私はお金に不自由することはなく、大邸宅に住んでいます。いつも立派な家具に囲まれ、やといのコックがすばらしい料理を作ってくれ、家事はすべてメイドがやってくれています。私はスミレを育てることだけは得意ですが、それでもさびしくてたまりません。私ほど不幸な人はいないと思います」

「では、家に帰ったら教会に来る人のリストをもらって、誕生日の順に並べてください。誕生日が来たら、あなたの育てたスミレにカードを添えてその方の家に置いて来きてください。ただし、誰から届けられたかわからないようにしなければなりません。あなたがこの世で一番幸せになることを保証しますよ」

その老婦人は、さっそくこれを試しました。先生から言われたとおり誕生日のリストを作り、スミレの鉢植えに誕生カードを添え、朝の三時に起きて、誰にも見つからないようにして、誕生日の人の家にこっそりと届けました。

そのうち、このことが町で評判になりました。ここはすばらしい町で、誕生日が来ると天使がスミレの鉢植えを届けてくれるといううわさが立ちました。誰が届けてくれたのかがわからないので、人々は「天使の贈り物」と親切な噂を流したのです。

こうして半年が過ぎ、老婦人はエリクソン先生に電話をしました。

「教えていただいたとおり、誰にもわからないようにしてスミレの鉢植えを届けています。天使が届けてくれたという噂がたっています。とてもうれしいことです」

「そうですか。ところであなたはまだ不幸ですか。半年前はたしか、私ほど不幸な人はいないとおっしゃっていましたよ」

「とんでもない。私ほど幸せな人はいません。私が不幸だなんて、もう、すっかり忘れていました」

この老婦人のような幸せは、私たちの足元にいくらでもあるのです。小さな親切が巡り巡って周囲をうるおし、それを喜んだ人が今度は自分に親切をしてくれるのです。この老婦人のように、皆様も親切を与えれば必ず幸せになれます。そして、人生の最後に残るのは、与えたものです。

九十五歳の脚本家

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令和2年6月25日

 

昨夜、脚本家・橋田壽賀子さんの本を寝床で読みました。現在、九十五歳とのことですが、いやはやそのパワーには驚きます。今後への励みとして、気になったところを書き出してみましょう。以下は、『ひとりがいちばん!』『私の人生に老後はない』などから、勝手にダイジェストしました。

「朝起きたら、まず梅干しを二個、おなかに入れます。これは三六五日欠かすことのない私の習慣で、海外旅行にも必ず梅干しを持って行くほどです。それからプールに行く前におなかいっぱい食べてしまうと動けなくなるので、〈カスピ海ヨーグルト〉を食べるようにしています。思いのほかおいしく、すっかり気に入ってしまいました」

「私の日課のひとつは、毎朝プールで600メートルを泳ぐことです。水の中に入ったときの解放感は本当に気持ちのいいもので、水に体をゆだねていると、手足が自然に動き出してしまいます。思いきり手足を伸ばしたときの解放感はたまらないもので、私の場合、泳ぐというよりも全身を伸ばしにいく、といった方が適切かも知れません」

「とにかくよく食べるのはキャベツとじゃがいも。毎日食べても飽きないほどです。それから気をつけているのは、赤、黄、緑の野菜をまんべんなく食べることです。お肉も毎日いただきます。ステーキなら120グラム。一日1600キロカロリーを超えないようにというのが主治医からのアドバイスです」

「仕事を続けるには、何よりも元気な体でいることが大切。健康器具もいろいろそろえています。お菓子をやめるとストレスになってしまうので、テレビを見るときはバランスボールに座ってカロリーを消費します。エアロバイクをこいだり、エアポールに足を上げたり下げたり、自分流エクササイズもよくします。また、電話で話をするときは青竹踏みをします」

「ひとりが寂しいなどと誰が決めたのでしょう。夫は亡くなり、確かに私はひとりになりました。ひとりを楽しむには体も使いますし頭も使います。ということは健康維持やボケ防止にもなるのです」

「夕方になるとさくら(愛犬)といっしょに散歩に出ます。家の近所を三、四十分歩くのですが、上り下りの激しい道ばかりで、家に帰ってくるころには汗びっしょり。けっこういい運動になります」

「多忙さを言い訳にして尻込みするのは私らしくありません。行くと言ったら、誰がなんと言おうと、出かけてしまうのが私流です。仕事は帰って来てから必死でがんばれば何とかなる」

最後に、実りある豊かな日々を送る秘訣として、①健康 ②金銭的基盤 ③人間関係 ④生きがいになる仕事(ボランティアや趣味)と、そして⑤好奇心をあげています。好奇心ですか。なるほど、そうですよね。そのとおりです。

人生の旅は「欲の道づれ」

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令和2年6月10日

 

井原西鶴いはらさいかく(江戸時代の俳人はいじん・作家)は人間を徹底して〝カネの亡者〟と見なし、『日本永代蔵にほんえいたいぐら』を著わしました。文中には「ただかねかねをためる世の中」「世にぜにほどおもしろき物はなし」「うてならぬ物はかねの世の中」「かねさえあれば何ごともなるぞかし」といった銭銀ぜにかね至上主義が列記され、読に終えれば茫然自失ぼうぜんじしつ、とてもとてもついてはいけません。「経済小説の先駆さきがけ」などとも言われますが、しかし一筋縄ではいかぬ手ごわいシロモノです。

この『日本永代蔵』の冒頭は、大阪市貝塚の水間寺みずまでら(水間観音)のお話から始まります。今でも多くの参詣者が訪れますが、古来より独特の形態を持つ寺院として護持されて来ました。日本のほとんどの寺院は江戸時代からの檀家だんか制度によって支えられていますが、それ以前は篤信者とくしんしゃや地元の共同体で運営されて来ました。水間寺は今でも六十歳になると地元の農家や公務員の方、事業家や職人の方が一定の修行を経て僧になるという、唯一無二の形態を保っています。

江戸時代のその頃、驚くことに、有力な寺院は金融業を兼ねて運営をしていました。水間寺もその例にもれません。西鶴はその様相を、「おりふしは春の山、二月初午はつうまの日、泉州(大阪)に立たせ給う水間寺の観音に、貴賤きせんの男女もうでける。これ信心にはあらず、欲の道づれ」と表現しています。水間寺では二月初午の日、一年後に倍額返済を条件に、参詣者に小銭を貸し付けていました。年利100パーセントですが、観音さまから借りるのですから返すのは当りまえで、保証人も担保も不要でした。そうなれば多くの人が、野山を越えて集まるのも当然です。

時に江戸から流れてきた素性不明の男に、銀1貫(2万5千円)を貸し与えたのは異例でした。翌年になっても翌翌年になっても返済には訪れません。水間寺でも、とんだ失敗とあきらめていました。ところが13年後のその日、借り金が倍々に積って何と8192貫(約2億円)を馬に背負わせてやって来たのでした。僧侶たちは驚き、「後世の語り草にしょう」ということで、都から宮大工を呼び、立派な宝塔を建立しました。その男、船問屋の網屋あみやといい、江戸では知らぬ者のないほどの大商人になっていたのでした。

それにしても「信心にはあらず、欲の道づれ」とは、水間寺にしてみれば迷惑な表現だったのでしょう。貸し付けは救済活動であるとして、当時からかなりの反論がありました。貸し付けを目当てにやって来ても、観音さまへの信心を失ったわけではありません。その貸し付けによって、多くの人々が救われたことも確かなはずです。

人は利益がなければ動きません。その利益によって衣食いしょくが足りる時、はじめて礼節を知るのです。利益が欲なら、むしろ欲によってこそ礼節を知るべきです。その欲に使われた人もいれば、欲を上手に使って立ち直った人もいたはずです。欲に使われれば煩悩ぼんのうですが、上手じょうずに使えば菩提ぼだいとなるのです。人生の旅そのものが「欲の道づれ」だと、私は思います。

人生を楽しむ才能

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令和2年5月10日

 

二十年ほど前、九十七歳で他界しましたが、河盛好蔵かわもりよしぞうさんというフランス文学者がおりました。モラリストの翻訳や自分の著作もたくさん残しましたが、何と九十五歳で文学博士の学位を得るという大器晩成たいきばんせいの学者でした。晩年は脳梗塞のうこうそくで倒れ、車イスの生活を送りましたが、それでも向上心を失わずに研究を続け、ついに学位を得たのでした。

私は河盛さんのエッセイをかなり読みましたが、特に「人生を楽しむ才能」という言葉には共鳴しました。人生を楽しむには、まさに才能が必要だと思っていたからです。皆様はどのように思うでしょうか。お金さえあれば人生を楽しめるではないかと、そのように思うでしょうか。でも、お金があっても苦しみの多い人はたくさんいます。いや、むしろそういう人のほうが多いかも知れません。お金があれば、かえってそのお金が苦しみになるからです。また、健康であっても人の悩みは尽きません。グルメであっても、ファッションのセンスがよくても、それだけで人生を楽しめるわけではありません。

河盛さんは人生の最後に、こんなことを言っています。

「救急車で運ばれ、それ以来ずっと療養しているのですが、左手と左足が麻痺まひして動かなくなってしまい、不自由しております。それでも幸いなことに、右手は動きますので、書くには不自由はありません。まだ恵まれております」

「私の今の最大の望みは、フランス語をもっと上手になりたいということです。私はフランス語を読み、翻訳することが仕事でしたが、フランス語にみがきをかけて、もっと自由に書けるようになりたいのです。日本の作家のものをフランス語に訳して、フランスの人たちにもっと知ってもらいたいというのが私の願いです」

「時々、車イスを押してもらって、近所を散歩するのも楽しみです。書きものをする時に、この書斎から見える風情をながめるのも好きです。マロニエがよく見えますが、気分がいいですね。何といってもマロニエはパリの街路樹がいろじゅですから、私の思い入れも深いのです」

右手が動くことに感謝し、勉学への希望を捨てず、ささやかな風情に感動する、この教養と品格が河盛さんの才能となって輝いたのです。そして、その才能が人生を最後まで支え、人生をまっとうさせたのです。何が幸福であるかを考える時、とても参考になります。ヒントにもなります。感謝と希望と感動と、これが人生を楽しむ才能なのです。

無常のこの世をおもしろく

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令和2年4月24日

 

前回と前々回、人生の晩年における二つの対照的な生き方を紹介しました。そこで今回は、私の考え方や生き方についてのお話をしましょう。

今から四年前、私は長らく勤務した寺を退職して〈隠遁いんとん生活〉を志しました。しかし、私が考えていた隠遁とは、いわゆる〝世捨人よすてびと〟になるという意味ではありません。仏を供養して独り暮らしをしつつも、訪ね来る方々との対話を楽しみ、困りごとの相談にも応じ、後進の指導にも尽くそうとしたのです。そして近隣を散策し、旬の食材で料理を作り、気の知れた仲間とはさかづきを交わしたいと考えたのです。そして無常のままに、自分がいつ消えてもよいほどの覚悟は持ちたいと考えていたのでした。

そして今、私はほぼ考えていた生活を実現しています。全国からお慕いくださる僧尼が訪れて来ます。老若をとわず、多くのご信徒にも恵まれています。毎日、祈祷や回向の行法を修し、古今の書籍に親しみ、こうしてブログも書いています。さびしさを感じたことなど、一度もありません。孤独な生活が、逆に人との交友に深みを増すことも覚えました。これは確かなことです。

以前、独りになって考えることの大切さをお話しました。なぜなら、人が生きるということは、それ自体が孤独であるからです。人は生まれる時も、死ぬ時も独りです。生きることとは、独りで死にくことへの準備でもあるのです。臨終のその時、皆様はその孤独に耐えられるでしょうか。どんな財産も、どんな名誉も、ここでは何の役にも立ちません。だから、私は孤独であることを自覚し、人生の無常を知ることの大切さを力説するのです。

だからといって、孤独は〝苦行くぎょう〟ではありません。それは限りないおもむきと、限りない楽しみに満ちたものです。私の生活も厭世観えんせいかんおちいることなど、決してありません。もう一度お話しますが、孤独を自覚してこそ人生の味わいは、逆に深まるのです。自然の景観に親しみ、家族や友人を大切にし、生きることの喜びを知るはずです。そして、無常のこの世をおもしろく過ごすことができましょう。

無常とは前向きに生きるための智恵なのです。前向きに生きるパワーなのです。静かに過ごそうが、プラチナのように輝こうが、それはいずれでもよいのです。肝心なことは人生の無常を知り、生きることの味わいを深めることです。この命すら、明日はわかりませんから。

プラチナ世代

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令和2年4月22日

 

このところ多忙が続き、ブログすら書けずに過ごしてしまいました。楽しみにしてくださっている皆様方には、お詫びを申し上げます。

さて前回、インドの〈四住期しじゅうき〉についてお話をしました。人生を四つに分け、特に晩年は静かに修行や瞑想、また巡礼をしながら悟りと死に場所を求めるというもので、無常観に立脚した考え方がよく現れています。一般には遠い世界と思いつつも、現代でもこのような理想をいだく人が少なくはないかも知れません。

しかし、これとは対照的に晩年こそは楽しく、おもしろく、人生を満喫まんきつしようという考え方もあります。いみじくもアメリカの詩人、サミュエル・ウルマンが「青春」の冒頭で述べているように、「青春とは人生のある時期をいうのではなく、心の様相をいうのだ」の手本となるような生き方といえましょう。人は希望あるかぎり若く、失望と共に老いるのです。共鳴する皆様も多いはずです。

実は先年亡くなった作家の渡辺淳一さんが、その著『熟年革命』(講談社文庫)にて「高齢者」や「シルバー世代」などという呼び方をやめて、「プラチナ世代」としてはどうかと提唱しています。歳をとったら老人らしく静かに暮らすのではなく、まさに〝青春〟を謳歌おうかすべきだと主張しています。ゴールドほど派手ではなく、シルバーほど地味ではなくても、人生を底光りさせる「プラチナ世代」こそふさわしいというのです。

たしかに欧米のプラチナ世代には派手な洋服を着用した、オシャレで明るい方々がたくさんいます。こういう方々はご夫婦であっても恋人どうしであっても、おしゃべりや食事に長い時間を過ごし、ダンスやスポーツで汗を流し、ドライブや旅行で思い出を残しています。そして、いつまでも〝恋〟をして、人生の〝ときめき〟を失いません。

日本でもスポーツクラブをのぞいてみると、立派なプラチナ世代がたくさんいます。八十代の男性でもウエイトトレーニングの成果で筋肉モリモリの方がいます。八十代の女性でもあでやかなレディーウェアに身を包んで、孫ほどの男性トレーナーとフィットネスに熱中する方がいます。「年がいもない」とか「みっともない」といった世間の風潮など気にしません。

家にこもって静かに暮らすべきか、プラチナ世代となってにぎやかに暮らすべきか、いずれがいいのでしょう。このお話は、さらに続けます。

四住期

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令和2年4月17日

 

インドには〈四住期しじゅうき〉という考え方があります。これは人生を学生期がくしょうき家住期かじゅうき林住期りんじゅうき遊行期ゆうぎょうきの四つに分け、それぞれの過ごし方を意味づけたものです。そして、その内容は次のように説明されています。

学生期がくしょうきとは人間としての生きていく知恵を学ぶ時期をいいます。師について身心をきたえ、学習する時期で、現代でいえば二十代の前半、大学を卒業する頃までとなりましょう。

家住期かじゅうきとは社会人として就職し、結婚し、子供を育て、財産を貯え、神仏への祭祀さいしを怠らぬ時期をいいます。現代でいえば五十代、もしくは定年の頃までとなりましょう。

林住期りんじゅうきとは社会的義務や世俗的利益から解放され、家族からも離れて林の中に住み、修行と瞑想めいそうに励む時期をいいます。現代でいえば七十代頃までとなりましょう。

遊行期ゆうぎょうきとはこの世の執着を捨て、巡礼をしながら悟りと死に場所を求める最後の時期をいいます。現代の人生百年時代でいえば、まさに八十代以上となりましょう。

今日の生活からすれば、安易で世俗的な人生にショックを与えるようなお話です。特に家住期から林住期への移行は、一般人はもちろん、僧侶でも不可能に近いのではないでしょうか。日本では、いわゆる〝団塊世代〟がほぼ七十代となりましたが、家族から離れ、林の中に住むなど夢のまた夢です。禁欲的な解脱げだつの生活は、現代人には遠い世界です。

しかし、考え方としてはよくわかります。人生それぞれの時期に、自分なりの境遇きょうぐうでこれを応用してはいかがでしょうか。若い頃は生意気なまいきで野心もあり、名誉も財産も求めたはずです。そして、その若さが永遠に続くような〝錯覚さっかく〟があったはずです。それでもある時、仏教の〈諸行無常〉や〈生老病死〉が脳裏をよぎり、経典の解説を読んだり巡礼を始めたりすることは十分にあり得ることです。自分を見つめるには、世間から一歩離れることが大切です。〈終活〉〈エンディングノート〉〈死の体験ツアー〉などが流行はやるのも、その証明でありましょう。

なお、作家・五木寛之さんの著書に『林住期』(幻冬舎文庫)があります。この本によって〈四住期〉という言葉が知られるようなりました。ご参考までに。

山路天酬密教私塾

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