山路天酬法話ブログ

「三大不心得」の教訓

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人生

令和2年8月4日

 

「医者の不養生ふようじょう」と「易者の身のうえ知らず(不知)」と、そして「坊主の不信心」を、私は「三大不さんだいふ心得こころえ」と名づけています。そして、これを自らも教訓として戒めています。

まず「医者の不養生」と言いますが、お医者さんは特に忙しいので、自分の健康にはなかなか気配りができません。意外に〝病人〟が多く、痛々しい実態があるのです。トップに挙げたのも、笑い話では済まされないと思ったからです。

医師や医療従事者への情報サイト『日経メディカルОnline』(「2014年6月9日)によりますと、医師2286人を対象に「持病はあるか?」のアンケート調査に対し、約68パーセントが何らかの持病があると答えました。最も多かったのは高血圧で536人、次に脂質異常症が478人、花粉症などのアレルギーが410人で、そのほかに腰痛・関節痛が318人、高尿酸血症が216人、糖尿病が151人、胃炎・胃潰瘍が131人、不正脈が105人などで、持病なしは740人で約32パーセントという結果でした。もちろん、一人で複数の持病があるという方もおります。また、年齢につれて該当者が増すのは当然で、30代では50パーセント、60代では80パーセントの医師に何らかの持病があるようです。

これというのも、多くの医師は忙しさのうえに病院経営の管理職として、重荷とストレスを背負っているからなのでしょう。患者さんに高血圧の処方箋しょほうせんを出すと同時に、自分も降圧剤を飲んでいる医師は、何と80パーセントにも達しているといいます。世間には知られていませんが、いやはや驚くべき結果というほかはありません。押し寄せる患者さんに追われながら、影でこんなことが起こっている事実を、皆様は何と思いますでしょうか。

『易者の身のうえ知らず』はどうでしょう。ご存知のとおり、占いはよく〝当たり〟ます。しかし、易者さんもまた、意外に自分のことは占いません。また、人相や手相、方位や家相、名前の画数や印相(印鑑)を鑑定しても、積徳せきとく(功徳を積むこと)の大切さを説きません。これは占いという〈術〉におぼれるからです。つまり、占いが人生を決めると思っているからです。人生の結果、つまり生き方の結果が占いであることに気づかないからです。

紙面がなくなりました。『坊主の不信心』は檀家だんかさんのことには熱心でも、自分の家の先祖供養を怠る住職への笑い話です。また、毎日の〈おつとめ〉もしないような本堂に、檀家さんがお参りするはずはありません。住職は檀家さんのお手本となるよう、自らを戒めるべきです。人のことは見えても、自分の足もとはなかなか見えません。自分を省みることの教訓は、『三大不心得』ばかりではないこともお伝えしておきます。

月始めの光明真言法要

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あさか大師

令和2年8月2日

 

昨日と今日、月始めの光明真言法要(総回向)がありました。コロナウイルスの感染者数がまた増大し、心配して遠慮した方もおりますが、常連の皆様はまずまずお参りにお越しくださいました。この頃は子供さんたちも見えて、お母さんといっしょに可愛らしい声で読経しています。なるべく間隔かんかくを空けていますので、手狭てぜまに感じました(写真)。

僧侶の方が増えましたが、私は僧侶の皆様にこそ先祖供養に励んでほしいと、常に願っています。僧侶の方は檀家の葬儀や法事はしっかりとつとめますが、自分の家の先祖については、あまり熱心ではありません。ましてや、母方にいたっては、ほとんど関心すらありません。まさに「坊主の不信心」です(笑)。「医者の不養生ふようじょう」「えきしゃの身のうえ知らず」と並んで、足もとはなかなか見えないという代表的な例証です。

このブログを読まれた僧侶の方は、こうした熱心な在家ご信徒を見習っていただきたいものです。住職の行いはいつとなく、どことなく、檀家の皆様は見ているものです。住職がお手本を示しもしないで、檀家さんにばかり先祖供養を強いるのはおかしなことです。また、檀家さんがお寺に寄りつかなくなるのも当然のことです。

私も住職としてお導師を勤めながら、後ろに座っていらっしゃるご信徒さんに、常に教えられ、励まされています。どうか、肝に銘じていただきたいと思います。恐惶謹言きょうこうきんげん

続・「お母さん」という呼び名

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家庭

令和2年7月31日

 

かすりの着物に帯をしめた幼女が、信州の山道を犬といっしょにけ上がります。そして夕焼けに染まった丘の上で、右手の野菊ほおに寄せ、「おかあさ~ん!」と、大きな声で叫びます。そのお母さんから、暖かい味噌汁をよそってもらう幼女のうれしそうな姿が障子しょうじの影絵となって映し出され、日本中の人々がそれをうっとりと見ていました。

記憶にある方もいらっしゃるでしょう。昭和43年、ハナマルキ味噌はこのテレビCMで一世を風靡ふうびし、たちまちに全国ブランドとなりました。私は今では、ほとんどテレビを見ることもありませんが、実は放映されるCMには関心が高いのです。そして、戦後の限りない放映の中でも、ハナマルキ味噌『おかあさん』は傑作けっさくの一つだと思っています。

このCMの初代タレントを田中奈津子ちゃんといい、当時はわずか三歳でした。CMの監督はこの奈津子ちゃんを、たそがれ時の丘の上に連れて行きました。そして、実際のお母さんを木陰こかげに隠しておいて、「お母さんを探してごらん」と言いました。そして、奈津子ちゃんが大きな声で叫ぶシーンを大アップで撮影しました。あのりん場感じょうかんは、実際のお母さんがそこにいなければ出ません。茶の間の視線をくぎ付けにした秘密は、そこにあるのです。

このCMが大当たりした勢いなのか、今度は「おとうさ~ん!」バージョンも作ろうという企画があると聞き、私は「これはダメだな」と思いました。暖かい味噌汁は、お母さんが作るから心をゆさぶるのです。お父さんが作って、どうするのですか。テレビ放映を見た記憶がありませんから、NGになったことは疑いありません。また、このCMにあやかり、うどんメーカーなどが同様の演出で制作を試みましたが、ことごとくボツになりました。

そもそも、ハナマルキ味噌『おかあさん』は〝お母さん〟だから受けるのです。ハナマルキ味噌『おとうさん』でサマになりますか。そして、味噌汁だから〝お母さん〟なのです。「おふくろの味」の代表が味噌汁なのです。うどんは誰が作ってもいいのです。たしか、「オヤジのうどん」というお店がありましたが、せがれでも娘でもいいのです。

しかし、味噌汁だけはお母さんでなければいけません。味噌は単なる調味料ではなく、はかり知れない慈愛じあい底力そこぢからがあるのです。日本のお母さんも、味噌のような慈愛と底力があるのです。そして「お母さん」という呼び名には、それだけの重みがあるのです。日本人は男も女も、老いも若きも、お母さんの味噌汁で育ったことを生涯忘れてはなりません。

なお、上記のテレビCMは、現在でもネットの動画で見ることができます。今日の私のブログを読んでなつかしくなった方は、ぜひご覧ください。「ハナマルキ味噌おかあさん」で検索を。

「お母さん」という呼び名

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家庭

令和2年7月30日

 

女性が自分の配偶者を第三者に語る場合、ほとんど「おっと」か「主人」と呼びます。これには何の抵抗もなく、自然に聞くことができます。まれに「亭主」となどと呼ぶ方もいますが、数の上では少ない方でしょう。

ところが、男性が自分の配偶者を語る場合、これがどうもスッキリしません。私の意識が過剰なのでしょうか。まず「妻」と呼ぶと、何か改まった固ぐるしさを感じます。浄瑠璃じょうるり壺阪霊験記つぼさかれいけんき』の「妻は夫をいたわりつ」ではありませんが、影でずっと苦労しているような、そんな響きさえあります。結婚しても苦労するのは当然でしょうが、どこか悲しいニュアンスさえ漂います。唄の文句で「愛しても愛しても人の妻」などと聴くと、もう返す言葉もありません。

同様に「女房」は、ちょっと卑下ひげした感があります。男性が「女房のヤツ」と言った場合、照れもありましょうが、「オレが食べさせてやっている」という慢心が浮上します。もともとは宮中の女性使用人の部屋を「女房」と言い、やがてその女性たちをも「女房」と呼んだのですが、現代は好まれません。

では、グッとさばけて「かみさん」はどうでしょう。吹き替え版『刑事コロンボ』の「ウチのかみさんがねえ」のあのかみさんです。かみさんは「かみさん」で、「上様うえさま」の変化です。尊敬を込めていますが、逆に目上の人には使えません。女主人の「おかみさん」なら自然ですが、これも配偶者には使えません。

こうなると、「家内」が最も無難な気がしますが、今度は古い呼び方に聞こえます。ウカンムリ(家)の中に〈女〉がいれば〝安心〟ですし、また〝安らぎ〟ます。だから「家内」と言いますが、結婚したての若い男性には向きません。子供が授かれば「ママ」でいいでしょうが、第三者にはどうしましょうか。私がこだわるのは、こんな理由からなのです。

さて、「お母さん」を乱暴にして「かあちゃん」や「かかあ」などと呼ぶ男性もいます。子供なら「かかさま」です。しかし、ここに象徴的な日本文化があると言ったら驚くでしょうか。実は「かあちゃん」は「かあかあ」、「かかあ」は「かっか」なのです。何のことかわかりますよね。そうです、太陽が燃えている様相を表わした言葉です。つまり、日本人はお母さんこそは太陽であると考えて来たのです。いつも暖かく、にこやかで、生命をはぐくむ太陽こそ、お母さんなのです。だから子供が授かった後は、「お母さん」と呼んでほしいと私は願っています。

ちなみに「お父さん」は、「とうとい」という意味です。お父さんは懸命に働いていつも尊い、また尊くありたいからです。お母さんを太陽と、お父さんを尊いと、それぞれに美しいに日本語です。

続・笑いは万薬の長

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健康

令和2年7月29日

 

遺伝子の研究で知られる村上和夫博士が「心と遺伝子研究会」を立ち上げ、大変におもしろい実験をしました。それは、糖尿病の患者さんに協力していただき、笑いと血糖値の関係を調べようというユニークなものです。つまり、笑いによってどの遺伝子のスイッチがオンとなり、またオフとなるかがテーマです。

実験は二日間に分けて行われました。まず一日目は、糖尿病の患者さん25名の人たちに集まっていただき、糖尿業について大学教授の講義を聞くという試みでした。大学教授の講義ですから、おもしろさは期待できません。普段どおりの調子で40分の講義を聞いていただいた後、全員の血糖値を測りました。前もって一度測っておき、講義の後にまた測って、その差を比較したのです。すると、平均で123ミリも上がりました。退屈な講義だったのでしょうか、予想外の結果でした。

次に二日目です。前日と同じ時間に、同じように実験をしましたが、今度は吉本興業のB&Bという二人組による漫才を聞いていただきました。いざ漫才が始まる前、村上博士は二人に、「もしこの実験が成功したら、間違いなく糖尿病研究の歴史に残りますよ。笑いと血糖値の関係など、まだ誰もやっていませんからね」と耳打ちしました。つまり、二人に気合を入れたわけです。予想どおりB&Bは乗るに乗り、聞く方も笑うに笑いました。いやはや、爆笑の連続でした。

さあ、その結果です。前日、同じ時間に退屈な講義を聞いて123ミリも上がった血糖値が、今度は逆に平均で77ミリも下がっていました。「これはいったい、どういうことですか」と、患者さんたちの目の色が変ったのも無理はありません。この実験結果は、アメリカ糖尿病学会の論文として掲載されました。さらに、笑うだけで血糖値が下がるという衝撃的なニュースは、ロイター通信などから全世界に伝えられました。

科学者は一生のうちに何度かは、飛び上がるほどの喜びに打ち震えるようです。自分が世界で初めて発見した快挙なら、なおさらのことです。博士もこの時はうれしくて眠れず、体ががたがたと震え出したそうです。科学者の実験としては、アホみたい(!)に単純なものです。でも、そのアホみたいな発想こそ歴史を変えるのです。

博士はいろいろな芸人さんを呼び、毎年この実験をくり返していますが、いずれも血糖値が下がっています。そして、この研究が進めば、いずれは薬の代わりにお笑いビデオを出すような病院が出て来るかも知れないと語っています。「食事の前後にこのビデオを見てください」と、そんな病院が現われるかも知れません。

笑いは決して〝笑いごと〟ではないのです(笑)。笑いは健康を増進し、病気の治療にもなることを知りましょう。「笑い万薬の長」に間違いありません。

笑いは万薬の長

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健康

令和2年7月28日

 

以前にも書きましたが、私は悩みごとの相談があった時、その方がよく笑うかどうかに注目します。

もちろん悩みごとがあってお越しになっているのですから、ケラケラと楽しそうに笑う方はいません。しかし、お話を伺いながら、前向きに笑える方、少しでも笑おうと心がけている方に対しては安心するのです。「ああ、この方は大丈夫だな」とホッとするのです。もちろん、病気のことでも仕事のことでも、夫婦や家族のことでも、ご祈祷はします。しかし、本人に願いごとを成就させる前向きのパワーが漂っているかどうか、そこが問題なのです。

そして、その前向きのパワーはどこに現れるかといえば、それは笑えるかどうかなのです。「ほんとうかな」と思うかも知れませんが、これは〝本当に〟ほんとうのことです。なぜなら、逆のことを考えればわかるからです。まったく笑わない方、私が笑わせようとしても、なかなか乗ってこない方には、まるで生気せいきというものがありません。「困ったな」と思うのです。こういう方は、お護摩を修しても、どこか炎の勢いにパワーが遍満しません。

「〇〇さん、もっと笑いましょう。自分の顔を鏡で見ながら、無理にでも笑ってみましょう。そうすれば何とかなりますよ」などと励ますのですが、心の奥底にある性格はなかなか変わりません。本人もつらいのです。私が思うに、こういう方は前世からつらい思いをして来たのでしょう。その抑圧よくあつに深層意識が占領されているのです。また、似たような父母や祖父母のもとに生れて来ているのです。だから、こういう方の背中を押すのは大変なのです。

皆様も開運を願うなら、まず笑うことです。神社には「笑いの神事」を行うところがありますが、大変にけっこうなことで、参加すれば「福の神」を呼べるはずです。あのアマテラスの大御神おおみかみですら神々の笑い声に誘われ、ついにあまの岩戸を開いたではありませんか。ここから国が開かれ、国の運が開かれたのです。福の神は、笑わなければ訪れてはくれません。また、「日本笑い学会」という研究グループもあります。ネットで調べてみてください。

「酒は百薬の長」と言いますが、飲み過ぎれば健康を害しますし、まわりに迷惑もかけます。そして、お金もかかります。したが超えればなおさらで、さらに美酒を求めるようになります。でも、笑いはどれほど笑っても、健康を害することはありません。せいぜい、おなかの皮がよじれる程度です。お金もかかりません。一切無料です。しかも、福の神を呼び、幸運を招き、健康をもたらすのです。これほどのいいことづくしは、この世にありません。「笑いは万薬の長」なのです。

日本人の誇り

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令和2年7月27日

 

平成25年7月22日午前9時15分、さいたま市のJR南浦和駅の京浜東北線ホームで、電車から降りようとした三十代の女性が誤って車両とホームの間に足をみはずし、腰まではさまれるという事故がおきました。ちょうどその時、読売新聞のぼう記者が居合いあわせ、その救出劇を写真入りで報道しました。

その報道によりますと、事故のその瞬間、ホームに「人がまれています」というアナウンスが大きな声で流れました。それを聞くや、車内の乗客40名が自主的に降車し、駅員と共に全員で車両の側面を押し、ホームとの幅を懸命に広げました。数分後、その女性が無事に救出されるや、一同から拍手がわき起こりました。そして、その電車は8分遅れで運転を再開しました。女性は念のため病院に運ばれましたが、目だったケガはありませんでした。

普通、車両とホームのすき間は20センチ程度なのですが、そこはいくらか広く空いていたようです。事故のあった車両は10両編成の4両目で、1両の重さは車輪を含めて32トンもあります。しかし、車台と車体の間にサスペンション(懸架けんか装置)があり、伸縮させて車体だけを傾けることが出来たのです。このサスペンションが女性を救ったのでした。いや、駅員と共に車両を押した乗客の力が、この女性のいのちを救ったのでした。

そして、この報道はたちまち世界中に伝わりました。米国CNNテレビは、「日本からのすばらしいニュースです」という前置きの後にこの救出劇を報じ、「生死に関わる状況で、駅員と乗客が冷静に対応しました。おそらく、日本だけでおこり得ることでしょう」と結びました。英国各紙はロイヤルベビー誕生の特集を組む中、ガーディアン紙は「集団で英雄的な行動を示した」と、駅員と乗客がいっしょになって車両を押している読売新聞の写真を公開しました。

イタリアの主要紙コリエーレ・デラ・セラは、「イタリア人だったらながめるだけだったろう」とウェブサイトにコメント。中国寄りの論調が強い香港のフェニックステレビのウェブサイトは、「中国で同様の事故がおきれば、大多数が野次馬やじうまとなって見物するだけだ」と。その中国も、国営新華社通信が日本での報道を論評ぬきで転載し、韓国でも同様でした。

ロシアの大衆紙コムソモリスカヤ・プラウダは、「どうしてこんなに迅速じんそくな団結できたのだろう。われわれロシア人も他人のいのちに対して無関心であってはならない」と。タイのメディアも、「日本がまた、世界を驚かせた。日本人はどのような教育を受けているのか」と。そのほか、各国のメディアが称賛しました。

冷静さと、思いやりと、団結力と、日本人はこの誇りを忘れるべきではありません。JR南浦和駅は電車路線の乗り換え所で、あさか大師にご参詣の皆様もよく利用します。日本人の誇りを、皆様にもお伝えしましょう。

「追善」と「追悪」

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仏教

令和2年7月26日

 

〈死〉だの〈葬儀〉だのと陰気くさい(私はそうは思いませんが)お話をしましたが、もう一つおつき合いください。

昔の葬儀(今でも一部は残っていますが)をいろいろ考えてみますと、「追善」という本義がいかに溶け込んでいたかがわかります。しかも深遠な仏教の哲理が、何の抵抗もなく民間の風習として広まっていたのです。往時の住職がいろいろと思案をめぐらせ、それを檀家だんかの方々に伝えたのでしょう。

たとえば、私が子供の頃の農村の葬儀では配役を決め、行列を整えて墓地に向いました。その日のうちに土葬どそうするためです。もちろん、今のように立派な霊柩車れいきゅうしゃなどありませんから、遺体は荷車にぐるまのようなもので出棺しゅっかんしました。そして、その家の屋敷を出る時、竹で編んだかごを振って小銭こぜに(硬貨)をまくのでした。そして、道端に落ちたその小銭を、大人も子供も夢中になって拾いました。なつかしく思いおこす皆様もいらっしゃるはずです。

これはいったい何を意味するのかといえば、死者に代って遺族が布施をする、つまり追善をするということなのです。死者に生前の功徳が足らないなら、あの世へ往っても心配です。だから、遺族が代って〝善を追う〟のです。子供の頃は、もちろんそんなことを理解していたわけではありませんが、このような風習の中で、死者のとむらいをしたのでした。

また、これは三十年近くも前のことですが、私は依頼を受けて成田市(千葉)で葬儀をしたことがありました。この時は出棺の前に、会葬者の皆様にお団子ほどの小さなにぎり飯が配られました。私は初めて体験しましたが、これもまた死者に代っての追善であることは容易に理解されましょう。現在も、葬儀や法事ともなれば立派なおときをふるまいますが、本来は死者に代っての布施、つまり追善であることを知らねばなりません。

この本義を熟慮するなら、僧侶の読経もまた「追善供養」と呼ばれることも得心するのです。僧侶が読経をするのは、遺体となって読経の機会すら失った死者に代わり、追善をすることにほかなりません。たとえその仏典の意味はわからずとも、仏さまの言葉を唱え、その功徳が死者に回向(供養)されるからにほかなりません。そして、さらに大切なことは、「追善」があるなら「追悪」もあるということです。死者は四十九日までは、中陰ちゅういん(この世とあの世の中間)にいるのです。遺族の声も聞き、遺族の姿も見えています。悪口を言ったり、遺産争いをしたりすれば、それは「追悪」となるのです。

葬儀や法事は単なる形式ではありません。「追善供養」なのです。本義を離れてこれを誤れば、「追善」は「追悪」に変ずることをきもめいじましょう。

人生の菩薩とは

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令和2年7月25日

 

私の母は長い闘病生活の後、三十三歳の若さでこの世を去りました。私が九歳の時です。

その日の朝、私は父から学校を休むように言われ、その意味もわからないまま、言いつけに従いました。母の枕もとでは、家族も母の親も何度も声をかけましたが、返答はありませんでした。そして、母がいよいよその臨終を迎えた時、大人たちはそれこそ天地がとどろくばかりに慟哭どうこくしました。私は大人が泣くという姿を、その時はじめて目にしたのです。あまりの驚きと怖さにおののき、押し入れの中にもぐり込んで打ち震えてしまいました。

葬儀のさ中、祖母がまた慟哭を発し、読経していた僧侶までが驚いていたことを、今でもよく覚えています。その頃の農村では、もちろん自宅で葬儀を行いました。部落の人たちも分担して手伝い、その日のうちに土葬どそうしました。葬儀社が入ることなどあり得ません。その部落の人たちまでが、祖母の慟哭につられていっしょに涙を流したものでした。

それから十五年後、今度は二十七歳の兄を亡くしました。兄の方は事故死で、これまた葬儀の折にはその友人たちが慟哭しました。つまり、若くして天命を終えた二人の肉親を、私もまた若くして見送ったのでした。その頃の日本人は、よく泣きました。今日のように通夜や葬儀の日でも、笑顔を見せるなどということがあるはずはありません。

母の死から六十年近くがたちました。その間、祖父母も父も亡くなりました。私は発心ほっしんして僧侶となりましたが、先に旅立った二人の肉親こそは、仏縁に導いていただいた菩薩ぼさつのように思えてなりません。なぜなら、死を知らなければ、また死がどのようなものであるかを知らなければ、私は人生の無常むじょうを知り、生きることへの意欲を持つことが出来なかったからです。先に死をもって知らしめてくださった肉親こそは、何よりも尊い人生の菩薩であったのです。そして流したその涙こそは、菩薩の瓔珞ようらくにも等しい至宝しほうでありました。

だから、子供さんやお孫さんには、肉親の死というものを見せることが大切です。葬儀によって肉親との別れを経験させることが大切です。それによって人はいずれ死を迎えるという事実を知り、死者にとっては子供さんやお孫さんの声を聞き、生涯のすべてを納得するからです。たとえ肉親の間に相尅そうこくの関係があったとしても、それによってすべては虚空こくうへとすからです。僧侶が唱える読経も、新しい旅の門出を祈ることにほかなりません。

人生で最も重要な儀式

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令和2年7月24日

 

私は子供の頃、一度だけ幽体離脱ゆうたいりだつを体験しました。ある冬の日、炬燵こたつに入ったまま横になってトロトロとした時でした。たぶん、わずか数秒だったと思います。横になっている自分の小さな体を、もう一人の自分が見おろしていたのです。天上あたりからだったと思います。意識はすぐにもどりましたが、驚きと共に、忘れ得ぬ体験となりました。これ以上になると臨死体験りんしたいけんとなって、いわゆる〝あの世〟まで旅することになるのでしょう。

シスターで国際コミュニオン学会名誉会長の鈴木秀子さんは、かつて講演先の修道院で足をみはずし、階段から転倒して床にたたきつけられるという事故にいました。その時、気を失ったのに、もう一人の自分が宙に浮き、転倒した自分を見つめていたそうです。そして、修道院の方々が救急車を呼ぼうとしていることなど、はっきりと見え、また聞こえてもいました。

鈴木さんは救急車が来るまで、修道院のベッドに寝かされていましたが、その間は不思議な光に包まれました、まばゆいばかりの光でした。その光を浴びつつ、至福の余韻に満たされました。まるで、神さまと一体でした。そのうち、ある外国人シスターの声が耳元で聞こえ、やがて意識がもどりました。

これも臨死体験の、一つのパターンなのでしょう。たいていは医師が腕時計を見て、家族や看護士に自分の死亡宣告をしている様子を天上から見たり、エレベーターのようなものに乗って異次元に向ったり、川岸にたどり着いたり、両親や祖父母に出会ったりするようです。肉親に出会った場合は、「こっちへ来てはダメだから帰りなさい」などと言われ、そこで意識がもどったという体験もよく聞きます。

こうした体験にかんがみてわかることは、臨終に近い病人はたとえ昏睡こんすい状態で意識がなくても、本人には周囲の様子がはっきりと見え、人の声も聞こえているという事実です。ただ、それに反応する肉体が衰え、半ば幽体化しているだけなのだという事実です。ここには重要な意味があります。今日のように医師が死亡宣告をするや、まるで死体をモノのように考え、すぐさま火葬場に向かうようなことは決してあってはなりません。再び蘇生する例もないとは言えませんし、人間としての尊厳を失わせる行為であることを戒めねばなりません。現代人の無知の一つは、死に対する思案の欠如によるからです。

臨終の折にも、葬儀の折にも、死者には何度も何度も語りかけることです。死者にとっても、家族にとっても、最後のお別れなのです。それぞれが「ありがとう」と言い合えるだけで、人生のすべてが清算され、すべてが解放されるのです。死はそれ自体が、人生で最も重要な儀式なのです。

山路天酬密教私塾

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