2023/07の記事

8月の強運ランキング

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九星気学

令和5年7月31日

 

「8月の強運ランキング」を発表します。

8月は正確には、8月8日から9月7日までの一ケ月です。庚申かのえさる・二黒中宮の月で、東北(五黄殺・月破)、西南(暗剣殺)が凶方です(写真)。〈庚〉は継承を、〈申〉は伸びる様相を、〈二黒〉は従順と地道さををそれぞれに意味します。したがって、社会は新しい変革には向かいません。現状を続行する方向に動きます。

強運ランキングは一位が一白いっぱく水星、二位が三碧さんぺき木星、三位が九紫きゅうし火星です。

これは個人の運勢となり、特に一白の人は東南にあって、これまでの努力が開花しやすい時です。水星の持つ柔軟で粘り強い特性を生かしましょう。三碧の人は北西にあって、上司運です。つまり、上司への気配りが開運のカギとなります。短気や失言は慎まねばなりません。九紫の人は東にあって、スタート台に立ちました。朝日をあびてセロトニンを増やし、知性を生かして前進しましょう。

この他の人については、ホームページの「今月の運勢」をご覧ください(8月1日公開)。いつもお話をすることですが、衰運こそは開運のチャンスです。つまり、衰運期の根回しや心がけが、開運期に入って生かされるということです。開運期に入って準備をしても、間に合いません。先祖供養やお墓参りをおすすめするのも、この意味です。

また、占いの吉凶と人生の幸不幸はまったく別のものです。幸せとは感じるもの、受け取るものです。病気をする時は、思いっきり病気をして、人生や健康について学ぶことです。それができなければ、人生はただの吉凶で終わってしまいます。

私は占いを学び、占いを教え、占いを用いますが、占いを超える生き方(立命りつめい)をすすめています。占いそのものではなく、あくまでも仏門の道を歩んでいます。

続・トイレそうじ開運法

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開運

令和5年7月28日

 

トイレを汚す人は開運しません。これはトイレの神さまを汚すにも等しいからです。

また、トイレを使ったらフタをして水を流しましょう。これは流す水やウイルスの飛散を防ぐ意味もありますが、トイレの神さまに対するマナーとしても大切です。よく女性の方がペーパーの先を三角形に折りますが、これは二次的なことで、大切なのはマナーを守って綺麗きれいに使うことです(写真)。

ついでながら、いささかはばかるお話でありますが、私の占術の先生であったS師は、慢性的に便秘や下痢げりわずらう人は決して開運しないという自説を主張していました。なぜなら〈運の子〉が「ウンコ」だからだというのです。私は笑って何もいいませんでしたが、今頃になって、「なるほど」と納得するようになりました。

その理由は、健康もまた開運の重要な要素であり、そのためには腸内環境が大きく左右するからです。つまり、善玉菌が元気で腸内フローラが整っている人は、バナナ状の立派(!)なウンコを出しながら、運の子を増やしているからです。コジツケではありません。〈便〉とは健康状態を知らせる〈お便り〉です。立派なお便りも届かずして、開運するはずがありません。

立派なウンコは力まずとも、スルっと出ます。悪臭もありません。ペーパーもほんの少しで済みます。だから、ウンコは開運への発酵なのです。そして、大腸はその発酵工場です。「調子がいい」とは、「腸の調子がいい」ことなのだと私は思っています。「第二の脳」と呼ばれる理由もここにあります。

さらについでながら、今どきはよく「ウンチ」といいますが、これはいけません。〈運が散る〉という意味に転ずるからです。冗談をお話しているのではありません。言葉は〈言霊ことだま〉です。力なのです。お母さん方は必ず、お子さんには「ウンコ」と教えましょう。

それにしても、最近の公衆トイレに立ち寄るたび、私は唖然あぜんとします。ウンコの順番を待つ人が、たくさん並んでいるからです。使用中の人もなかなか出てきません。いったい何をしているのでしょうか。便秘や下痢の人がいかに多いかということでしょう。

ちなみに、私のウンコはほとんど一分以内で終わります。本当ですよ。お疑いでしたら、あさか大師に来て見ていてください。健康で、運の子を増やしている証明です。皆さん、立派なウンコをして、大いに開運しましょう。トイレそうじから、だいぶお話がそれました。お許しを。

トイレそうじ開運法

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開運

令和5年7月25日

 

私は日ごろから、トイレそうじを心がけています。あさか大師は皆様のご奉仕(ボランティア)によって成り立っていますので、トイレそうじも例外ではありません。ただ、私は毎朝、ウスサマ様(いわゆるトイレの神さま)にご挨拶をするので、自分でも進んでこれを実行しています(写真)。

 

そして、心ある社長さんには、「30分早く出勤して、トイレそうじをすると業績が伸びますよ」とお話をしています。つまり、「トイレそうじ開運法」をおすすめしているわけです。なぜなら、トイレは人が生活する中で最も不浄な場所であり、これをそうじすることは大きな功徳となり、仏さまにも神さまにも好かれるからです。仏さまにも神さまにも好かれれば、開運しないはずがありません。しかも、大きな功徳になるのですから、率先して励んでいただきたいと思っています。

私は先日、〈懺悔さんげ〉の大切さをブログに書きましたが、トイレそうじほど懺悔の規範となるものはありません。下座げざへの精進は懺悔の実践であり、人生を変える原動力であるからです。つまり、反省がなければ、何も変らないということです。かつて、京都の〈一燈園いっとうえん〉を創始した西田天香にしだてんこうさんは「懺悔の生活」を提唱し、トイレそうじによる社会奉仕を実践しました。今でも、天香さんの理念に共鳴する多くの方々が集まっています。ただ、私は現代人に対しては、「トイレそうじ開運法」とした方が理解していただけると思っています。

実は、トイレそうじをして会社を発展させた社長さんがたくさんいます。テレビCМに自ら出演する某社長などは、その代表的な方です。誰よりも早く出勤して、自らトイレそうじを実行すれば、社員のお手本になることは間違いありません。社内の空気も変わります。空気が変われば業績も上がります。お客様からも好かれます。いいことずくめではありませんか。

さらにお話をしますと、昔から女性には「トイレそうじをすると安産する」と伝えられています。これは安産の仏さまや神さまに好かれると共に、かつての和式トイレを雑巾ぞうきんがけすることで、ほどよい運動になったからです。妊婦さんがプール(マタニティスイミング)へ行くのと同じです。

いずれにせよ、トイレそうじほど身近な開運法はありません。私がおすすめするのも、わかりますよね、皆さん。

魂をゆさぶる一周忌法要

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法要

令和5年7月23日

 

私が40年間も交友を重ねた八丈太鼓はちじょうだいこ(八丈島の郷土芸能)の伝承者・只道しどう和尚が昨年7月に他界し、昨日はその一周忌法要をいたしました。只道和尚は若くして曹洞宗の僧侶となりましたが、こころざすところあって在俗生活をなしつつ、八丈太鼓の修練と弟子の養成に人生を捧げました。

他界する少し前、私は和尚から三つの依頼を受けました。一つには自分の葬儀導師を引き受けてほしいこと。二つには自分の遺骨をあさか大師に納骨してほしいこと。三つには自分の本尊・不動明王像をあさか大師に安置してほしいことでした。すでに一と三の依頼は果たしましたが、二に関しては、もうしばらくの時間がほしいと生前にお話をしました。

さて、今日の一周忌法要はまず私がお導師を勤め、一般の法事と同様に挙行しました。ところが、せっかくの一周忌法要であるから「しのぶ会」として、霊前に弟子の八丈太鼓を披露しようということになりました。そこで直弟子はもちろんのこと、和尚が指導した和太鼓奏者や舞踊家、シンガーの方々などが集まり、にぎやかで楽しい「偲ぶ会」となりました。また、和尚は障害者施設でも和太鼓の効能を提唱して指導したため、たくさんの皆様がマイクロバスで参集くださいました(写真)。

和太鼓ほど魂をゆさぶり、心の抑圧を開放する楽器はありません。八丈太鼓はたった一台で下拍子したびょうしに合わせて上拍子うわびょうしをアドリブで奏します。また独特の島唄が加わり、迫力と共に深い郷愁に誘われます。あさか大師では法楽太鼓ほうらくだいこ法螺貝ほらがいの音色が遍満しますが、今日ばかりは堂内に八丈太鼓が響き渡り、異色の一周忌法要に一同が随喜ずいきしました。このような時、人は自他の区分を離れ、感動の中で心を融合させるものです。長年にわたって葬儀や法事に関わりましたが、このような事例はありませんでした。とんでもない友人を持ったものです。もう一つの約束を果たさねば、私もあの世で顔向けが立ちません。

それにしても、和太鼓が世界中で人気を集めるのも、大いに納得しました。子供たちにも、高齢者にも、自信をもって奨励したいと思います。

人気の金運宝珠護摩

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護摩

令和5年7月17日

 

あさか大師では昨日の午前11時半より、〈金運宝珠護摩〉を奉修しました(写真)。最近は人気が高まり、かなりの遠方からもお参りにお越しになっています。また、今月からは〈金運銭〉を皆様に配り、金運増大をさらになし遂げるようパワーアップを図りました。

お大師さまのお護摩は、一般には〈弥勒みろく護摩〉を奉修します。それは、お大師さまが弥勒浄土にご入定にゅうじょうされているからでありますが、あさか大師では〈如意宝珠にょいほうしゅ護摩〉を奉修しています。それはお大師さまが如意宝珠こそ真言密教の至宝として示され、ご自身の法体を如意宝珠そのものとして御影みえ(お姿)に描かれているからです。

御影に描かれたお大師さまのお顔をご覧ください。まるで如意宝珠そのもののごとく、脳天がとがっています(写真)。これは長年にわたって真言の念誦をしていると、脳天のサハスラーラチャクラが発達するためで、まさに仏頂であり、仏智であるのです。

あさか大師では平日はこの如意宝珠護摩でありますが、毎月第三日曜日のみ、特に宝珠によって金運を高める〈金運宝珠護摩〉を奉修しています。現代はお金と人生の幸せを、まったく無関係に過ごすことはできません。なぜなら、お金がなくても幸せになれるとは言いがたい社会の中で生きているからです。社会の仕組みがそのようにできているからです。だから、お金に対する正しい認識と、金運を高める努力はきわめて重要な課題といえるのです。

この金運宝珠護摩はどなたでもお参りすることができます。護摩木(添え護摩)は一本200円で、何本でもお申込みができます。どうぞ皆様、金運が高まる迫力あるお護摩にお参りください。

続続・祈願と回向の両輪

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祈願と回向

令和5年7月14日

 

祈願と回向について、さらにお話をいたします。

祈願といい、回向といいますが、最も大切な心がけは何でしょうか。それはズバリ、真言密教の聖教しょうぎょう(お次第)の中に書いてあるのです。ところが阿闍梨あじゃりさまも僧侶の方も、この最も大切な心がけについて、ほとんど注目しません。私はこのことを、とても残念に思っています。

その最も大切な心がけとは、「滅罪生善めつざいしょうぜん」という言葉で表記されています。祈願をするにも、回向をするにも、どのお次第にも、「そもそも三密修行さんみつしゅぎょうところ滅罪生善めつざいしょうぜんみぎりなれば」と、ハッキリ表記されていることを知らねばなりません(写真)。

つまり、祈願であれ、回向であれ、この三密さんみつ(印を結び、真言を唱え、仏を観想する)の修行をすることは、滅罪生善めつざいしょうぜんの時にあるのだということなのです。まさに、一刀両断です。滅罪生善こそ好機であり、覚悟であり、極意でもあるからでしょう。奥義秘伝はこんなにも身近にあったのです。

では滅罪生善とは何でしょう。文字どおり解釈すれば、「罪を滅し、善を生じる」ことです。さらに熟慮しますと、罪を滅して、その後に善を生じるという手順になります。罪を懺悔さんげしなければ、善事をなすことはできません。悪いものを取り除いて、その後によいものを取り入れる手順はものごとの鉄則です。仏教が「懺悔文さんげもん」を重んじる理由もここにあります。

私は行法の中で滅罪生善の一語を唱えるたび、愚かなこの自分が重苦しくのしかかります。しかし、新しい人生を開くためには、過去をい改めねばなりません。善とは〝つぐない〟であるからです。つぐないの気持ちがなければ、人を喜ばせ、社会に奉仕することはできません。滅罪生善です。新しい人生もここから開かれるのです。

皆様はいかがでありましょうか。過去の失敗を思い出してみてください。愚かなあやまちをくり返した自分が見えてくるはずです。悔いのない人生など、あるはずがありません。その過去を反省し、懺悔し、悔い改めることが修行の始まりです。そして、皆様の新しい人生の始まりです。この自覚がなければ、祈願も回向も成就しません。

最後に、過去とは何と、「あやまちが去る」ことだとお伝えして、このお話を終わりにいたします。

続・祈願と回向の両輪

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祈願と回向

令和5年7月9日

 

私は祈願と回向の両輪を主張し、毎日のお護摩と先祖供養(回向)の光明真言法こうみょうしんごんぼうに励んでいます。毎日お護摩や回向の行法を修するお寺は少ないと思いますが、私はこれを日課としてお大師さまにお仕えしております(写真)。

最近、特に体験することは、私と面会したり、電話でお話をしただけで、もう不思議な霊験をいただくことがあるという現象です。それは皆様の方から語り出し、あるいはご連絡があるからお話をするのでありまして、私が勝手に公表しているわけではありません。

たとえば病気の方がご相談に見えて、あさか大師の本堂に一歩入っただけで、気分が落ち着き、体が軽くなるという方が多いのです。たしかに、血色がよくなり、表情も明るくなっています。もちろん、私が念力を送ったわけでも、お九字を切ったわけでもありません。このことは、地方の方と連絡を取った場合でも同様です。

つまり、私の眼や耳に皆様の姿や声が入ると、それがそのままお大師さまに直結するということなのでしょう。もちろん、こうした霊験は私が毎日お大師さまにお仕えし、お大師さまと直結しているから顕現するわけで、私に特別の才能や超能力があるわけではありません。ただ、お大師さまと直結するためには、それに値する修行を毎日続ける必要があるという、ただそれだけなのです。

修行というと、断食をして滝行や荒行にいどむイメージがあります。それも修行には違いないのですが、最も大切なことは、お大師さまから伝わった行法を毎日続けることなのです。毎日続けることで、常に「お大師さまと共にいる」という不動の信念が生まれるからです。ものごとは、なるべくしてなるのです。祈願も回向もまったく同じです。

このブログをお読みになった方からの「お問い合せ」が増えてまいりました。ぜひ、ご連絡ください。

祈願と回向の両輪

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祈願と回向

令和5年7月5日

 

あさか大師では毎日のお護摩はもちろんですが、先祖供養の回向にも力を注いでいます。

私の日課はまず、お供えを済ませてお大師さまへの念誦法ねんじゅほうを修し、次に先祖供養の光明真言法こうみょうしんごんぼうを修します。そして、11時半より祈願のお護摩を修します。(写真上)。私が葬儀・講演・おはらい等で留守をする場合は早朝にり上げますが、これを休むことなく、毎日続けています。そして、毎月第1土曜・日曜と第3日曜の午後1時からは、僧侶とご信徒が合同で先祖供養の法要をします(写真下)。

つまり、願いごとを成就するためには、そして人生を変えるためには、お護摩の祈願と先祖供養の回向と共に必要だということです。車の両輪、鳥の両翼りょうよくです。どちらが欠けてもいけません。私はこのことを、一本の樹木にたとえています。つまり、太陽の光を浴び、枝の選定をして風を通し、消毒をして虫よけをしても、肝心かんじんの根に力がなければ、樹木は育ちません。花を咲かせ、実を結ぶことができません。この根の養いこそ、実は先祖供養なのです(ホームページの「先祖供養」参照)。

樹木の地表がこの世、根があの世です。地表がこの世の私たちで、根があの世の先祖です。どちらも大切ですが、あの世があってのこの世であることを忘れてはなりません。あの世がどこにあるのかといえば、実はここ(!)にあるからです。この世を現世(うつつ世)というではありませんか。あの世のうつし(現れ)がこの世です。あの世に苦しみがあれば、この世の苦しみとなって現れます。あの世に即して、この世があるからです。

だから、この世の願いを叶えたかったら、先祖供養に励みましょう。祈願と回向は車の両輪、鳥の両翼です。さらに詳しくお聞きになりたい方は、お気軽にお問い合せください。

情けは人のためならず

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先祖供養

令和5年7月2日

 

あさか大師では昨日と今日、早くも盂蘭盆うらぼん(先祖供養)を挙行しました。たくさんのお盆塔婆とうばが並び、たくさんのお供えが並び、僧侶とご信徒がいっしょに読経を唱和しました。そして法要の後、今度はお施餓鬼せがきの作法を全員で実修し、餓鬼界がきかいの霊を救済しました(写真)。

私はよく、現代人の多くは餓鬼界に堕ちるのではないかとさえ思っています。それは死後においてばかりではありません。生前において、すでに餓鬼界の亡者であるからです。餓鬼界の亡者とは、いくら手に入れても足りることを知らない貪欲どんよくな人たちです。現代の生活は何かとお金がかかります。お金がなくても幸せになれるとは言いがたい仕組みの中で生きています。だから、お金の亡者が増え、まさに餓鬼界の様相を呈するのです。

ところが、お金は人が喜ぶこと、人が便利に想うこと、人が得することを与えねば手に入りません。つまり、ほどこしをしなければ手には入りません。だから、お金を手に入れるには餓鬼界の亡者とは反対の生き方をする必要があるのです。必要があるのに、多くの人はこの道理がわかっていません。

私は20代で仏門に入りましたが、師僧からきびしくいましめられたことは、「毎日お施餓鬼をしなさい」ということでした。施しを続ければ、何とかしてお寺をやっていける、食べていけるということでした。私はこの戒めが忘れられず、毎日の夕飯時や深夜にお施餓鬼をすることを日課にしています。

このことは僧侶としての戒めにとどまらず、施すことの功徳を考える大きなヒントでもありましょう。「情けは人のためならず」といいます。人のために情けをかけて施しをすれば、他人のためではなく、めぐり巡って自分のためになるという意味です。餓鬼界の様相を呈する現代生活において、これほど大事な教訓はありません。

しかし、自己啓発をして「施しをしよう」と思っても、現代の仕組みの中ではなかなか実行できません。だからお寺での法要やお施餓鬼が役立つのです。いっしょに参加していれば、おのずから施しができるようになります。言葉を超えた力が、ここにあるからです。

あさか大師に檀家だんか制度はありません。つまり、お檀家さんはいません。宗派も問いません。皆様それぞれに、「古き相伝と新しき正統」を求めて集まっています。先祖供養をしたくても相談するお寺がない方、費用が心配な方、ホームページの「お問い合わせ」からご連絡ください。ちなみに、あさか大師の先祖供養は一ケ月2千円で続けられます。

山路天酬密教私塾

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