山路天酬法話ブログ

秋彼岸会

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あさか大師

令和3年9月23日

 

あさか大師では本日、秋彼岸会を挙行しました。数日前からお塔婆とうば(お飾りしてある白い経木きょうぎ)を浄書し、光明真言曼荼羅こうみょうしんごんまんだらを中心とする両部曼荼羅りょうぶまんだら(左・金剛界と右・胎蔵界)の前に荘厳しました(写真)。実は、この荘厳そのものが、先祖供養における光明真言法こうみょうしんごんぼう(光明真言による真言密教の行法ぎょうぼう)の口伝くでんなのです。

残暑きびしく、むし暑い一日でしたが、大勢の方が参列し、僧侶の方々の声明しょうみょうのついた真言や経典)に続いて読経をしました(写真)。法要後は、先日のブログにも書きましたが、日本は春彼岸に木蓮もくれん、夏のお盆にははす、そして秋彼岸には曼珠沙華まんじゅしゃげが開く「仏の国」であるという法話をしました。本当に、そのとおりだと思っているからです。

また、終了後は参詣の方々とお供えしたオハギをいただき、楽しいひと時を過ごしました。よけいなことかも知れませんが、ボタモチとオハギは同じものです。しかし仏花に加えて、春彼岸には牡丹ぼたんが咲くので「ボタモチ」と、秋彼岸にははぎが咲くので「オハギ」と言います。これ、もちろん、皆様はご存知ですよね。

中秋名月

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自然

令和3年9月21日

 

今夜は中秋名月で、しかもお大師さまご縁日という特別な日です。つまり、旧暦8月15日の夜に当たり、これを「十五夜」と呼ぶわけです。昨夜は一点の雲もない〈待宵まつよいの月〉でしたが、今夜は雲が多く、多分に隠れるかも知れません。ご縁日のお護摩を修してより、何となく落ち着かず、空模様を気にしていました。実は今夜の雲を予測して、明け方近くに写真を撮っておいたのです。ほとんど満月ですが、わずかな欠けを感じるかも知れません(写真)。

せっかくですので、日本人なら知っておきたい〈月待つきまち言葉〉をお伝えしましょう。

先にお話しましたが、十五夜の前日、つまり14日の夜を「待宵まつよい」と言います。文字どおり15日の夜を待つ宵ですが、十五夜に雨が降りそうなら、晴れたこの日のうちにお月見をしておこうという意味も含まれています。ついでですが、竹久夢二作詞、おおの 忠亮ただすけ作曲の抒情歌『宵待草よいまちぐさ』は夢二の造語で、正しくは「マツヨイグサ」と呼びます。しかし、恋人を待つ心境としては、「ヨイマチグサ」の方が詩情に合っているのでしょう。詩人はこうして、自分の造語を生み出すのです。

また、16日の夜を「十六夜いざよい」、17日の夜を「立待たちまち」18日の夜を「居待いまち」と言います。もう、このへんになると、満月からは欠けますが、満月の名残なごりを楽しむ余韻よいんが日本人らしいところです。そして、「十三夜じゅうさんや」も忘れてはなりません。旧暦9月13日の夜で、十五夜に並ぶ名月の美しさを楽しめます。十五夜は中国から伝わりましたが、十三夜は日本独特の〈未完の美意識〉を象徴しています。今年は10月18日なので、忘れずにいてください。

毎月1日を「ついたち」と呼ぶのは、次の月が始まる、つまり「月がつ(始まる)」の意味からです。また30日を「つごもり」と呼ぶのは、「月もり(かくれる)」から転じた言葉です。

これらは、お大師さまがご在世の平安時代から使われてきました。お大師さまと親交の深かった嵯峨さが天皇さまは月見を好まれましたから、お二人で名月を楽しんだに違いありません。

金運宝珠護摩

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あさか大師

令和3年9月19日

 

今日は第三日曜日で、午前11時半より金運宝珠護摩を修しました。コロナ禍のさびしい集まりでしたが、僧侶の方もご信徒の方も力強く読経しました。ご祈願も多く、たくさんの護摩木(添え護摩)で高々と炎が舞い上がりました(写真)。

あさか大師の本堂は土間どま(床)なので、クツのままお参りし、僧侶の方もご信徒もイスに座って読経します。また、玄関までの段差もありません。これは車イスの方でも楽に入れるよう思案したからです。お隣りが特別養護老人ホームなので、入居者の方が車イスでお参りします。時代の流れからしても、これでよかったと思っています。

現代はどのお寺も、本堂には畳の上にイスを置くようになりました。現代人は家庭においても、ほとんど正座をしません。茶道なども立礼席りゅうれいせき(イス席でのお点前てまえ)が増えているはずです。正座は正しく座れば実は健康的な座法なのですが、ひざや腰の悪い方には苦痛です。しかし、トイレも洋式となり、雑巾ぞうきんがけもしなくなり、車が普及して歩くことも少なく、足腰が弱くなったのも事実です。ところが、年齢だけは長命となり、グルコサミンやコンドロチンのお世話になっているのです(笑)。何ごとにも一長一短があるものですね。

彼岸花が咲く

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自然

令和3年9月17日

 

あさか大師の近辺でも彼岸花が咲き始めました(写真)。曼珠沙華まんじゅしゃげという別称もありますが、かつては「お墓の花」「死人の花」としてきらわれ、生け花として用いられることはありませんでした。まして茶室においては、今でも代表的な禁花となっています。

ところが、最近では事情が一変しました。全国の群生地には人が集まり、カメラマンの姿が絶えません。特に本県日高市には〈巾着田きんちゃくだ曼珠沙華公園〉があり、 約500万本がいっせいに花開きます。私も一度だけうかがいましたが、駐車場に入るだけでも2時間を要しました。公園を囲む高麗川こまがわ蛇行だこうが〈きんちゃく〉に似ていることから、「巾着田」と呼ばれるようになったそうです。その高麗川が増水した折、漂流物に混じった球根が根付いたのでしょう。多くの方の関心を呼ぶようになりました。一面に赤ジュータンを引き詰めたような景観は圧巻としか言いようがありません。

私の郷里(栃木県芳賀郡)では近年まで土葬どそう(火葬せずにひつぎのまま埋葬する葬法)の風習が残り、彼岸花はおなじみのものでした。土葬した盛土の上には堅い球根を乗せ、その球根が持つアルカロイドの毒性によってモグラや野ネズミから遺体を守ったのです。もちろん、田んぼのあぜ道や土手に植えるのは、土くずれを防ぐためです。また、その毒性さえ除けば、飢饉ききんの折の救荒きゅうこうしょくとして人命を救って来ました。すり込んで水にさらせば、毒が抜けるし、湿布薬や尿毒薬ともなったのです。

今日では白色・桃色・紫色と言った多彩さがありますが、私は昔ながらの赤色を好んでいます。多くの詩歌や小説に登場しますが、まずは俳人・山口誓子せいしの「けて天上てんじょうこん曼珠沙華」が浮かびます。天上の青空(紺色)と真っ赤な曼珠沙華を対比させた名句です。すばらしいでしょう。

日本は春彼岸に木蓮もくれん、お盆にははす、秋彼岸にはこの曼珠沙華(彼岸花)と、仏縁の花が咲く国です。遠い先祖を神棚に、近い先祖を仏壇に、神を父とし、仏を母としながら、皇室が一度も滅びなかった世界一古い国家です(ギネス登録)。世界一の日本に生れたことを喜び、世界一の日本を讃えましょう。

遍路大師の到着

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あさか大師

令和3年9月16日

 

あさか大師は今年、開創三周年を迎えました。そこで私は遍路へんろ大師像(お大師さま修行時代のご尊像)の建立を発願ほつがんし、報恩謝徳ほうおんしゃとくに献じようと考えています。本日、そのご尊像が富山県高岡市の工房から到着しました。高さ六尺(180センチ)の青銅製で、200キロの重量があります(写真)。来月には石材店の方が基礎工事に着工し、年内にも開眼法要を挙行する予定です。

お大師さまは奈良の大学に入学しましたが、やかてこれを中退し、紀州や四国などで修行に励みました。遍路大師はこの時代のご尊像で、その道程が四国八十八ヶ所霊場です。お大師さまはきびしい修行によって仏教の真理に到達しましたが、さらにこれを大成するために唐(中国)の長安ちょうあんに渡ったのでした。そして、青龍寺しょうりゅうじ恵果和尚けいかかしょうと劇的な出会いをなし、真言密教の奥義を授かりました。

遍路大師像には高さ四尺(120センチ)の御影石台座に乗ります。来年の初詣には、皆様の眼にも留まりましょう。あさか大師の新たな象徴として、ぜひお参りしていただきたいものです。

ビデオ伝授

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真言密教

令和3年9月14日

 

私は今年6月に真言宗住職葬儀、つまり真言宗寺院の住職が死亡(これを遷化せんげといいます)した場合の、葬儀法を説明した本を出版しました。住職の葬儀は、もちろん一般の方とは異なります。お檀家さんの葬儀を長くつかさどって来たのですから、それは当然でしょう。しかし、残念ながら若い副住職は、これについてほとんど学ぶ機会がありません。私がこの本を出版した理由はこれなのです。永く活用されることを願っています。

そして、9月7日に奈良の東大寺で伝授会をする予定でした。ところが、緊急事態宣言の発令でこれも叶わなくなり、やっむなくビデオに撮影して配布することとなりました。本日は出版社の方が見えて、その録画をしました。緊張しましたが、約3時間をかけてビデオ伝授を終了しました。クタクタになりましたが、無事に終わってホッとしています(写真)。

先日、市川海老蔵さんの歌舞伎がオンラインで公演されるという広告を見ましたが、真言密教もオンライン伝授を真剣に考えるべきかも知れません。政治もビジネスも、テレビ電話やオンラインを活用する時代です。まして、このコロナ禍の中ではなおさらです。私の場合は北海道や沖縄からも僧侶の方が受法に見えるので、関心を持たざるを得ません。今回はビデオ撮影の方法をとりましたが、さらに思案を重ねたいと思っています

生涯最高のご飯

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食事

令和3年9月11日

 

服部栄養専門学校長の服部幸應氏が、自分にとっての生涯最高の料理は、比良山荘ひらさんそう(滋賀県大津市)の〈月とスッポンなべ〉だと語っています。死ぬ前にもう一度食べたい〝最後の晩餐ばんさん〟と決めているそうで、「この世のものとも思えない味」とまで豪語しています。あらゆる美食に通じた服部氏のお話なればこそ、さすがにインパクトがありますね。

何でも琵琶湖の天然スッポンのだし汁で、ツキノワグマの肉を煮るという〈熊鍋くまなべ〉だそうで、まさにぜいを尽くした料理であることは間違いなさそうです。私はこのお話に興味をいだきましたが、残念ながら禁食(戒律で禁じられた食品)なのでいただくことができません。私は霊符れいふという特殊な御札おふだを書くので、その行者はスッポン料理とウナギのような長物ながもの料理は、亀蛇きだのご神体(玄武神げんぶしん)として禁じられているからです。

では、私にとって生涯最高と思えるモノは何であろうかと回想してみました。思うに、多くの方のそれは一流料亭やレストランの美食ではなく、遠い記憶や思い出と結びつく何かではないでしょうか。それはたぶん、子供の頃に家族と共に味わった〝おふくろの味〟であるかも知れません。おふくろの味は、時間と共にさらに熟成するからです。終戦後の食べ物のなかった時代なら、なおさらです。えた時代には、サツマイモさえ生涯最高になるからです。

私に心あたりがあるとすれば、それは毎年12月30日の正月飾りに食べたもちつきの前の、あの一瞬のうまさだったと思います。農家の庭先にうすきねをそろえ、かまどにマキをくべてかしたもち米が入ると、晴れた冬空に湯気がボオーと舞い上がりました。すぐに杵を入れるのが私の役目でしたが、一分間だけ楽しみがありました。片手でその熱々のもち米をすくい、フウフウ息を吹っかけながらそのまま口にしたその味は、晴れた冬空と絶妙に溶け合い、この世のものとも思えなかったからです。塩も醤油しょうゆも何もいりません。私の生涯最高のご飯でした。

私はこの世で一番おいしいものはご飯だと、いつも思っています。人にも語り、法話集『一話一会』(第一集)にも書きました。それは一日としてきることも、忘れることもないからです。そんな食べ物がほかにあるはずはありません。そして、その名を「シャリ(舎利)」とも言うではありませんか。舎利はお釈迦さまのお骨であり、如意宝珠であり、仏さまそのものです。ご飯を食べることは、仏さまの功徳をいただくということです。その功徳によって、幸せをいただくということです。だから、多くの日本人が合掌をしていただくのです。

お墓と日本人

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文化

令和3年9月8日

 

「墓じまい」という言葉があります。今や一種の流行語にさえなりました。たしかに、男性の相続人(特に長男)がいない、あるいは女性の相続人(娘さん)が嫁いでいる場合、やがては代々のお墓をどうするか、あるいはお墓を建てるべきかどうかの問題が発生します。相続人が結婚していない場合ならなおさらです。

親の遺骨をかかえながら、お墓を建てる余裕がないという方もおりましょう。〈樹木葬じゅもくそう〉はもちろん、〈散骨さんこつ〉に走る気持ちもわかります。宅急便で親の遺骨を送れば、五万円で海に散骨してくれるというお寺や業者があるとも聞きました。さらには、気球に乗せて大気圏外に散骨するいう〈宇宙葬〉まであるそうです。

日本人は先祖からの代々のお墓を大切にして、相続人がこれを守ってきました。これがが日本人の理想であることは、どなたでも充分に納得されましょう。しかし、今やそのお墓の形態が大きくくずれ、また問われようとしています。今後は永代供養として合祀ごうしする形態が主流になることは間違いありません。お寺もその要望に答えねばなりません。それでも私は、相続人がいるかぎりは、お墓といういう供養の形態を大切にしていただきたいと願っています。

最近、東京オリンピックの〈侍ジャパン〉を率いて金メダルを獲得した稲葉篤紀あつのり監督が、名古屋市にある故・星野仙一監督のお墓を訪れ、その栄誉を報告したというお話を聞きました。「見守っていただき、ありがとうございました」と報告したそうです。これは信仰の云々うんぬんではなく、ごく普通の日本人の姿なのです。

星野監督が〈侍ジャパン〉を率いた2008年の北京オリンピックでは、残念ながらメダル獲得はなりませんでした。稲葉監督は当時、星野監督を慕いつつ選手として出場しましたが、その悔しさを胸に秘め、いずれは必ず金メダルを獲得することを誓っていたようです。事実、東京オリンピックでの、アメリカをも破った5戦全勝は見事というほかはありません。闘将・星野監督の笑顔まで浮かぶようです。そして、これが日本人の姿なのだと、憶念おくねんされてなりません。

こんなお話を聞くと、「墓じまい」などという言葉が、びどくきょうざめて聞こえます。日本人はあくまで、お墓という供養の形態を大切にしていただきたいのです。うたの文句にあったように、先祖はお墓そのものにいるわけではありません。しかし、その形態を通じて祈りが届くのです。守り得るかぎりは、お墓を守っていきましょう。日本人の姿なのです。

総回向

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あさか大師

令和3年9月6日

 

あさか大師では4日(土)・5日(日)の両日、月始めの総回向法要を挙行しました。コロナ禍にありながら、少しずつ地元の方も加わり、ありがたいことだと思っています(写真)。

ただ、ご信徒の中からも感染した方が現われました。私はただちに漢方薬の「銀翹解毒散ぎんぎょうげどくさん」やアミノ酸の「KーARA」等を送り、治癒した実例も体験しました。また個人輸入でイベルメクチンも取り寄せ、対策への常備としています。

イベルメクチンは2015年、ノーベル生理学・医学賞に輝いた大村智おおむらさとし博士(北里大学特別名誉教授)による発見です。博士は熱帯地方におけるブユによる感染症に対する抗寄生虫薬としてイベルメクチンを発見しました。日本ではあまり普及していませんが、海外から新型コロナに対する効果報告が寄せられ、大変に注目されています。博士は「さらに科学的なデータを提示し、そのうえで新型コロナの治療薬となり得るかどうかを判断してほしい」と語っています。

今後はワクチンばかりではなく、このような飲み薬が開発されることを望んでやみません。そして、まずは国民すべてにワクチン接種が行き渡ることを願っています。人類は戦争以上に、ウイルスとの戦いを強いられるのかも知れません。

もう、一年以上もお会いしていない方がたくさんいらっしゃいます。早く平穏な日常が戻るよう、毎日のお護摩でご祈願を続けています。

安心という御守

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人生

令和3年8月31日

 

私もほどほどの生命保険(医療保険)には加入しています。本日は担当の方が見えましたので、いささか意地悪な質問をしてみました。私が以前から興味と疑問をいだいていたことです。

それは、「健康に自信があるからといって保険を解約した場合、病気になる確率が高くなるのではありませんか」という質問です。担当の方は、「そのとおりです。自分が知っている範囲では、集団で加入した自衛隊員で解約をした方は、その確率は間違いなく高いと思います。保険は〝御守おまもり〟と同じで、その安心がさらに安心を呼ぶのではないでしょうか」との答えでした。いささかセールス気味な意見でしたが、私はなるほどと思いました。論理的にはあり得ないことですが、人生にはこうした理不尽さがあることは否めません。

似たような例として、不要と思って処分した物が、急に必要となる確率は高いのではないでしょうか。私の場合は処分した書籍や雑誌、スクラップや切り抜きなどに、よくその経験があります。著作をしていると、なかなか〈断捨離だんしゃり〉のルールどおりにはいきません。だから、一つの著作をする場合、私は必要な資料を宅急便の丈夫な紙袋に、まとめて入れ込むことにしています。そうすることで紛失の不安が消え、安心の御守となるからです。

これは余談ですが、車を運転しながらガソリンスタンドやコンビニを探しても、なかなか見つからないという経験があります。見つかっても、道路の反対側だったという経験も多いはずです。ところが、必要もない時には、いくらでも目につきます。つまり、必要な時は見当たらず、不要な時ほど目につくというおかしな現象はどうしたことなのでしょうか。

こうした現象は、あるいは私たちの認識上の錯覚であるかも知れません。世の中は正確な確率で動いているはずです。しかし、それでも私は安心という御守は大切だと思っています。まさに「そなえあればうれいなし」なのです。厄よけのご祈願をしたからといって、何の災いもないわけではありません。しかし、ご祈願をした安心がさらに安心を呼ぶのです。その安心という御守が、どこかで災いを除く働きをするからです。心の持ち方で人生は変わるという真理が見えてきます。

何ごとにも用心という心がけが安心を呼ぶのです。自信もけっこうなのですが、過信すると新型コロナにも感染します。私は小心で臆病者であることに、むしろ誇りさえ感じています。

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