星祭りの荘厳
令和3年2月9日
昨日より、「開運星祭り大護摩供」の前行(当日に向けての前もっての修法)に入りました。七日間これを修して結願の大護摩供を迎えます。
星祭りは特殊な荘厳をしなければなりませんし(写真)、修法もむずかしいので、私は各地でこれを伝授して来ました。またこの「星供曼荼羅」が肉質原本であり、これを印刷軸装して販売されたものが、多くの真言宗寺院で使われています。さらに、これによって星祭りを年中行事とする寺院が増えたことも事実です。肉筆をご覧になりたい僧侶の方は、ぜひお越しいただきたいと思っています。

「厄除」と「星祭り」は何が違うのかと、よく質問を受けます。簡単にお話すれば、厄除は厄年の方だけがご祈願をすればよいのですが、星祭りは開運法なのです。つまり、今年の星回りが良い人は「善星皆来」を、星回りが悪い人は「悪星退散」を祈って、共に開運を呼ぶということなのです。あさか大師で「開運星祭り大護摩供」と呼ぶのはそのためです。
多くの方々に、この「開運星祭り大護摩供」にご祈願を込め、コロナ禍にあっても開運を呼んでいただきたいと願っています。結願の大護摩供は2月14日(日)の午後1時からです。ぜひご参拝ください。
如意宝珠
令和3年1月18日
昨日は如意宝珠を本尊とする「金運宝珠護摩」を奉修しました。コロナ感染者が増大し、外出への自粛が呼びかけられているため、いささかさびしい集まりで残念でしたが、僧侶の方々も参詣者も懸命に読経しました(写真)。

今年は六白金星が中宮にあり、経済がきわめて大きな意味をもたらします。しかし、六白金星の定位である乾宮(西北の方位)に暗剣殺という凶神が付き、さらに金運を意味する七赤金星が回座しています。つまり、きびしい経済状況に追い込まれることは間違いありません(今年の暦を参照)。
真言密教は如意宝珠を象徴としますが、それは心身の豊かさをもたらすからです。お大師さまは特に如意宝珠を重んじられました。人は心身共に豊かにならねば、幸せにはなれません。あさか大師に如意宝珠を安置するのはこのためです。ご縁のありました方々には、強い金運を得ていただきたいと、私は切に望んでいます。
また、如意宝珠がない場合は、仏舎利をもって代わりにするという口伝があります。あさか大師僧侶の方々に仏舎利とのご縁が強まったのか、お大師さまの前に小さな仏舎利塔が並び出しました。大変に喜ばしいことで、熱心に祈らねばこのようなことは起こりません。さらなる精進を期待しています。

新春祈願と総回向
令和3年1月10日
今日で1月も10日目を迎え、午前中は新春の厄除・災難除祈願を、午後は月始めの総回向を奉修しました。手洗い・消毒・マスク着用を励行のうえ、消毒液を噴霧しつつの挙行でした。苦しい時代を乗り越えるべく、法話もしました(写真)。いささかさびしい人数でしたが、久しぶりにお会いした方もおり、旧交をあたためることができました。

新春祈願は皆様が自粛されるかと思いましたが、それでも多くの方が厄除や災難除にお越しになりました。また、寺の責務として疫病退散と国家安泰を祈願しています。昨年からの『般若心経』写経と『仁王護国般若波羅蜜多経』をご宝前に安置して、コロナの終息を念じています(写真)。この『仁王護国般若波羅蜜多経』については、折を見ていずれお話をいたしましょう。お大師さまが尊ばれた、重要な経典です。
真言密教の僧侶はお大師さまがなさったこうしたの祈願を、決して絶やしてはなりません。先の大戦で原爆を落とされ、敗戦国となり、資源もなく、混乱の中でもこの国が繁栄を遂げたのは、こうした高祖の英知と先祖供養の功徳なのです。そうでなければ、今日の〝日本の奇跡〟はあり得ません。そのことを忘れぬよう、私も自戒をしています。力を合わせて、この未曾有の苦難を乗り切りましょう。

続・新春大護摩供
令和3年1月5日
今日から仕事始め、練習始めで、会社の方や中学校野球部の方々(写真)が新春大護摩供お参りくださいました。コロナ禍のきびしい世相の中、会社もお店も生き残りをかけねばなりません。皆様、真剣にお大師さまのご宝号「南無大師遍照金剛」を一心に唱えて、ご加護をお祈りくださいました。

今年は六白金星が中宮に入り、高貴・品格や権力・支配の意味に加えて、「闘い」の意味が強く反映します。人間は和合が第一ですが、同時に闘うことも大切な責務です。なぜなら、ライバルという相手と闘いぬいてこそ、真剣になれるからです。闘わねば強くはなれませんし、本当のやさしさも生まれません。子供の頃にケンカをした者どうしに、深い友情や絆が生まれるのはこのためです。これは会社の経営者でもスポーツ選手でも、同じことです。
宗教は〈慈悲〉や〈愛〉を説きますが、強さがなければ慈悲も愛も生まれません。真言密教にお不動さまや愛染さまのような怖い形相をした仏さまがいらっしゃるのは、そのためです。そして何より、人は煩悩とい〝自分の中の敵〟と闘わねばなりません。六白金星の今年こそ闘いに励み、堅固な身心を獲得しましょう。
新春大護摩供
令和3年1月3日
明けましておめでとうございます。
元旦午前〇時より新春大護摩供を修し(写真)、開山三年目の三ヶ日が過ぎました。コロナ禍の中、ご参詣の方が少ないかと思っていましたが、予想以上の皆様にお越しいただきました。大変にありがたいことでしす。

また、おだやかな気候の中、近在の方が多いことにも驚きました。散歩途中でお立ち寄りくださった方もいらっしゃいました。皆様、御守りを求め、おみくじを引き一年の無事息災を祈りました(写真).

毎日、何座もお護摩を焚けばさすがに疲れますが、元気に仕事が出来ることはありがたいと思っています。お弟子さんたちも祈祷独特のの読経にも慣れ、大きな声が出るようになりました。先が楽しみです。今年もよろしくお願いいたします。
正月準備
令和2年12月27日
今日は年内最後の日曜日となり、六人の方が集まって、正月準備の掃除やお守りの整理をしました。私はもっぱらお護摩札の浄書に専念し、六人の方ははそれぞれの部でご奉仕の作務をしてくださいました(写真)。
来年の初詣はコロナ禍の影響で、郵便やネット申し込みが多いようです。あさか大師はまだまだ混雑は避けられますので、ぜひ初詣にお越しいただきたいと思います。コロナ対策の消毒も、複数噴霧等を含めてかなり強化しました。
毎年お会いしている方々のお顔を見られないのは、さびしいかぎりです。皆様のお詣りをお待ちいたします。


なお、あさか大師ホームページのトップ画面を変更し、ファイルも一部削除しました。当山の桜をバックにした明るい配色です。いかがでしょうか。
先立ちの大掃除
令和2年11月16日
今年も残すところ、1ヶ月10日余りとなりました。昨日は午前11時半に金運護摩(写真)を、午後1時より回向法要を挙行しましたた。コロナ禍にあっても、皆さんがお時間を取ってご参拝くださいました。

また法要終了後は、年末に先立って大掃除をしました。お護摩を焚く本堂の悩みは何といってもススで汚れることです。お護摩は毎日修していますので、これはやむを得ません。お大師さまのまわり、本堂の柱や壁、回向殿の中(写真)も、僧侶の方々によってきれいにしていただきました。

いつも思うのですが、職場の基本は挨拶をすることと掃除をすることです。これがなされていないと、清らかな〈気〉が充満しません。浄らかでなければ開運のパワーも充満しません。いくら商売繁昌を願っても、叶いません。反対のことを考えればスグにわかります。互いに悪口を言ったり、ゴミが散乱している職場には、決して開運のパワーが充満しないからです。
お寺は毎日、同じことをくり返しますが、その基本は挨拶(勤行や修法)と掃除です。この繰り返しが、大きなパワーを呼ぶのです。大事な祈願が入ったからといって、急に頑張ってみても、それでは充分なパワーが躍動しません。私もこのことを自戒し、お弟子さんたちにもお話しています。
月始めの総回向法要
令和2年11月9日
昨日と一昨日は、月初めの総回向法要を挙行しました。そして法要の後、来年の暦のお話をしました。皆さん、ご自分の運勢や厄よけ・災難よけのことが気になりますので、真剣でした(写真)

お寺は檀家さんに、本山発行の暦を配っています。しかし、ご住職は意外に暦の勉強をしていません。特に若いご住職は苦手な傾向があります。むしろ、ご年配の檀家さんの方がよく知っています。だから表鬼門や裏鬼門、五黄殺や暗剣殺などと言われても、何のことだかわからないことが多いのです。
私はこのことを痛感し、僧侶の方にはよく暦のお話をしています。特に九星気学は重要なので、新たな著作にも取りかかりました。基本的な知識だけでも、ぜひ学んでいただきたいと考えています。
あさか大師にお参りする方は、私から何度も暦のお話を聞いていらっしゃいますので、よく勉強しています。「素人占い師」ぐらいにはなれるかも知れません。子供さんたちも増えて来ましたので、私はこの先々を楽しみにしています。
第三日曜日の行事
令和2年10月19日
今日は十月の第三日曜日で、午前十一時半より金運護摩、午後一時より回向法要、その後に得度式を修しました。
金運護摩は皆様がお金に恵まれるよう、〈金運増大〉の如意宝珠護摩を奉修します。私がどうして人の欲望をあおるような行事をしているのかと申しますと、一つは現代はお金という必要条件と幸福という十分条件を別々に考えることが、きわめてむずかしいからです。つまり、衣食が足りなければ、礼節を知ることなど特にできがたい時代に生きているからです。
もう一つは、人がお金を得たいという最も普遍的な欲望に対し、私の考えを少しでも知ってほしいからです。人はお金が欲しいと言っては、お金を追いかけながら生きています。しかし、それではお金を満足に手に入れることは絶対にできません。なぜなら、お金は必ず後ろからついて来るからです。つまり、世の中が望むこと、世の中の人が望むことを与えることにより、その結果として与えられるからです。お金は求めて得られるものではないからです。
ましてや、人が損をすれば自分が儲かるなどと考えている人が、お金を得ることなどできるはずがありません。たとえ一時的に得ることができても、いずれは必ず失うことになります。私は経済や経営に明るいわけではありませんが、この考えに間違いはないという自信だけは持っています。そして、このようなお話を聞いて、今日の金運護摩にも多くの方々が集まってくださいました(写真)。

得度式は一人の新発意(新たに得度を決意した方)でしたが、先輩僧侶が見守る中、無事に受戒の儀を済ませました。今の決意を忘れずに、精進を重ねていってほしいと願っています(写真)。

月始めの総回向
令和2年10月4日
昨日と今日は月初めの総回向で、光明真言の法要を修しました。コロナ禍の中、ちょっとさびしい集まりでしたが、皆様が意を決してお越しくださいました。また、僧侶の方は行法の伝授やお護摩の勉強にお集りいただきました(写真)

毎日、光明真言法(土砂加持法)を修し、月に二度ほど行事を挙行していますが、いのちの根がご先祖にあることをいつもお話しています。また皆様、読経にとても熱心です。『般若心経』の意味を質問される方もいらっしゃいますが、私は「このお経全体が真言なのです」とお答えしています。つまり、意味を論じるよりも、読経そのものに大きなパワーがあるということです。あさか大師では太鼓も入りますので、さらにパワーが増します。
真言はまた〈振言〉でもあります。振動であり、波動であり、エネルギーなのです。お大師さまも『般若心経秘鍵』で、そのようにおっしゃっておられます。読経をすると体温が上昇し、代謝を向上し、ストレスを解消させます。体のためにも、心のためにも、魂のためにもなります。功徳を生み、自分のためにも、ご先祖のためにも、社会のためにもなるのです。こんなにいいことは、世の中にそうそうありません。
だから、お母さんのお腹にいる時から読経を聞いて産まれたお子さんは、素直に育ちます。小さい時からお寺で読経を聞いた子供さんが、非行に走ることはありません。大人が読経をすれば、老いても大きなやすらぎとなります。老いて読経をすれば、あの世(!)へ往っても役立ちます。もちろん写経も同じで、まったく、いいことづくしです。そして、それを教えてくれるお寺ほどいいところはありません。そう思いませんか、皆様。

