続・カレーの秘伝
令和8年9月1日
前回、日本のカレールーにちょっとケチをつけましたが、言い過ぎでした。お詫びをせねばなりません。野菜がゴロゴロはいった家庭のカレーも、なるほど「うまい!」と思うからです。夕暮れ時、手作りのカレーを作る楽しさは、人生における幸せのひとときではないでしょうか。
南こうせつ『荻窪二丁目』の、「荻窪二丁目裏通り どこかの窓から幸せそうな カレーライスの匂いがいつか 僕の心を急がせる」は、決してインドカレーではないはずです。小麦粉や油脂をスパイスで固めたカレールーの発明は、まさに日本の栄誉だと思います。ただ、「おふくろの味」として脳裏に残るためには、何か工夫を加えることも必要でしょう。

たとえば、市販のカレールーにクミン(写真右)を加えると、濃厚でかなりの深みが出ます。また、若い方にはガラムマサラ(写真左)を加えると、香りも辛味も増して喜ぶはずです。主婦の方は独自の味を工夫して、「幸せの匂い」を作り出してはいかがでしょうか。子供たちは、それを待つ時間がごちそうです。ご主人は居酒屋に寄らずに、「心を急がせて」帰るはずです。
老いも若きも、これほど喜ばれる料理はありません。ご自宅の窓から、幸せの匂いを漂わせましょう。いっしょにカレーを食べることで、家庭が平和になります。マンダラ世界に争いがないように、カレーによって世界が平和になります。真言密教が偉大であるなら、カレーもまた偉大な料理です。
*豪雨被災各地の皆様には、謹んでお見舞いを申し上げます。一日も早い復興を遂げ、平穏な日常が戻りますことをお祈りいたします。合掌
カレーの秘伝
令和8年8月29日
私は僧侶をやめたら(もちろん、やめませんが)、インドカレーの専門店を開きたいと思っていたことがあります。子供の頃からカレーを研究し、特にインドカレーについてはかなりの自信を持っているからです。カレーは各種のスパイスと共に、酸味・苦味・甘味・辛味・塩味のいわゆる五味が混然一体となり、絶妙の味覚を完成させた料理です。いわば、諸仏諸尊と異教の神までを融合した「マンダラの料理」でありましょう。まさに、真言密教の極意はカレーにあるといっても過言ではないのです。
インドには、いわゆるカレー粉という商品はありません。家庭ごとにスパイスを調合し、その家庭ならではの〝カレー粉〟を作ります。また、日本の家庭のようにカレールーを入れ、小麦粉でとろみを出す調理法は本来のカレー料理ではありません。インドでは野菜やヨーグルトでとろみを出すので、さらっとしていて、かぎりない奥行きがあります。
夏にはカレーが合うので、一度は作りたいと思っていましたが、今年はどうやら果たせそうもありません。何しろ時間がかかります。以前の記録をさぐって、作ったことにしましょう(写真)。

私の担当は、いわゆるカレーソースを作ることで、ほかのトッピングは誰にでもできます。特に炒りココナッツやキノコ類の炒めものは人気があるようです。また辛味を調和させる干しブドウ、飲み物としてはミルクティーにスパイスを加えたマサラチャイがよく合います。鶏肉はヨーグルトに漬けると柔らかくジューシーになります。
もう、9月です。大汗をかいてインドカレーを食べたいと思いましたが、残念でなりません。来年、果たせるかどうか。今夜も粕汁を作って、雑穀米をいただきましょう。
炎暑の粕汁
令和8年7月25日
各地で40度を超える炎暑が続き、日本全体が〝沸騰列島〟と化しています。こんな時、水分補給はもちろんですが、どうしても冷たい飲み物や食べ物を求めがちです。しかし、エアコンで体を冷やし、さらに冷たいものばかり口にすると、体が重く、だるくなります。
そこで私は、相変わらず粕汁(2025・8・12「人生の粕汁」参照)を作り、毎日の食事に取り入れています。これに特製の雑穀ご飯を組むと(写真)、体調がよく、毎日のお護摩すら休んだことがありません。お護摩の後はびっしょりと汗をかくので、エアコンを使ってもちょうどよい加減となります。

私の健康法の師匠である〇〇先生(世に出ることを望まぬようでした)は炎暑の真夏でも、外食で〈鍋焼きうどん〉を食べるほど、冷たいものを避ける方でした。同行した折など、最初は驚きましたが、その後に〝冷え〟が万病のもとであることを知り、なるほどと思ったものでした。特に僧侶は、声を出す読経が仕事です。声を出す仕事に、冷たいものは大敵なのです。
皆様もエアコンを適切に使い、水分補給を大切にしながらも、冷たいものばかり口にせぬよう心がけてください。そして、温かいものを食事に取り入れてください。体がとても軽くなることを保証します。私は炎暑の粕汁が強い味方です。「人生の粕汁」ですから。
*炎暑の夏、粕汁を鍋のまま台所に放置してはいけません。必ず冷蔵庫に保管してください。念のために。
花粉症の薬膳パスタ
令和6年4月1日
桜の開花を待ちつつも、花粉症に悩んでいる方が多いようです。そこで、私が作っている〈薬膳パスタ〉をご紹介しましょう。
花粉症アレルギーにはロスマリン酸やα-リノレン酸が有効ですが、実は赤ジソの葉に多量に含まれています。赤ジソは梅干しに漬け込んだり、サプリメントやジュースとしても販売されていますが、一番手ごろなのはスーパーのふりかけ売り場にある『ゆかり』(写真)を普段から食することです。

『ゆかり』はシソご飯としてふりかけたり、おにぎりに混ぜるのですが、意外にも、ハーブとしてパスタに使ってもよく合います。私はキノコや魚介類のパスタを作って、最後に混ぜ込んでいます(写真)。ちょうど、バジルを入れたような雰囲気になって、ちょうどよいのではないでしょうか。ただ、塩分もかなり多いので、入れ過ぎないように注意してください。

お寺での食事作法では「五観の偈」を唱えますが、その四番目に「正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり」とあります。つまり、食事はそれがすなわち良薬であり、病気にならない体を作るためにいただくのであるという意味でありましょう。普段からの食事が薬であり、「医食同源」なのです。花粉症の方は、ぜひお試しになってください。
蛇足ながら、『ゆかり』の名の由来は、中国では紫色を「縁(ゆかり)色」ともいい、また『ゆかり』に縁があったお客様を大切にしたいという思いからです。「ゆかりちゃん」という女性が発案したものではありません。念のため。
カレーはマンダラ料理です
令和4年12月28日
昨夜カレーを作りました。ただ、私の役割はカレーソースを作るだけです(写真)。トッピングする具は誰が作ってもよいので、材料だけを用意します。カレーは特に猛暑の夏に合いますが、暖かくした部屋で冬にいただくのも、格別なおいしさです。私は子供の時から研究しましたので、自分のカレーにはかなりの自信があります。お坊さんをやめたらカレー屋になってもよいとさえ思っています。

ところで、カレーはインド料理の代表でしょうが、私はあえて「マンダラ料理」と呼んでいます。なぜなら、カレーは五味(甘味・苦味・辛味・塩味・酸味)のすべてが融合して混然一体となり、絶妙の味を醸し出しているからです。五味のそれぞれが互いに溶け合い、毎日でも飽きることなく、子供から高齢者まで、世界中でこれほど愛される料理はありません。さらに、薬膳としても評価されています。私がマンダラ料理と呼ぶ理由もここにあります。まるで教義の違った世界中の宗教が、いっしょに手をつないだ感がありましょう。
皆様もご存知とは思いますが、インドには「カレー粉」と呼ばれる食材はありません。インドの家庭ではいろいろなスパイスを調合して、それぞれの家庭で独自の〝カレー粉〟を作るからです。私は既製のカレー粉も使いますが、芳醇な香りを出すため、かなりのスパイスを使います。また、日本のカレールウは小麦粉でとろみを出しますが、インドではヨーグルトやタマネギ(チャツネ)、野菜や果物でとろみを出します。その濃厚な味を知ると、日本のカレーはどんなに工夫を加えても糊のような食感にしか思えないほどです(失礼!)。
最近はいろいろなカレーが、レトルト商品として発売されています。インドカレーを日本に知らしめた〈〇〇屋〉のみならず、タイカレー、各地の名店カレー、噂の〈〇〇カレー〉など、スーパーには列をなして並んでいます。私はかなり買い込んで食べ比べをしましたが、どれ一つとして、太鼓判を押す商品はありませんでした。私の味覚は、レトルトには合わないのかも知れません。
かといって、私は日本のカレーを卑下するつもりはありません。野菜がゴロゴロと入ったお母さんのカレーは、家族にとって最高のごちそうです。普段、スーパーのお惣菜で済ませることはあっても、カレーばかりは手作りでお願いしたいと思っています。また手軽な昼食として、キャンプや催しの献立として、カレーほど適切な料理はありません。主婦は何をおいても、まずはカレーを工夫すべきであると私は思っています。何しろマンダラ料理です。カレーだけでも、一家和合は間違いありません。
20000回の食事
令和4年9月7日
私の母は体が弱く、あまり母乳が出ませんでした。心配した祖母は濃い目に研ぎ出した米汁を作り、それを母に渡してくれていたようです(農村のことで、まだ粉ミルクはありませんでした)。そのおかげで一年後には村の〈赤ちゃんコンクール〉で優勝し、また小学校の卒業式では男女一名ずつ選ばれる健康優良児として表彰されました。まさに、強運と幸運に恵まれたとしか言いようがありません。
母は入退院を繰り返しながら三十三歳の若さで他界しましたが、それでも私のことを病床に呼んでは話し相手になってくれました。苦しいことがあっても、私が今日まで何とか耐えてこられたのは、その病床の母の顔を思い出すからです。今さらながら、その恩の深さが憶念されてなりません。
私たちは三歳ほどまでは、母に一日に6回前後はオムツを変えていただきました。一年で約2000回、三歳までで6000回です。また、一日8回前後の母乳(ミルク)をいただきました。一年の授乳で約3000回です。そして離乳食を含めて、毎日毎日、三度の食事を作っていただきました。おやつまでを加えると、一年で約1000回、仮に十八歳までとして何と約20000回以上です。
私は外食をすることはほとんどなく、自分で食事を作って生活をしていますが、20000回を毎日続けることなどとてもできません。しかも、忙しい日はもちろんのこと、体の具合が悪かった日もあったことでしょう。今ならスーパーで買えるとしても、米屋さん、八百屋さん、肉屋さん、魚屋さんを廻り、重い荷物を持って歩いたはずです。食材を洗って切り、煮て焼いて、味つけをして、食卓に並べていただきました。それを私たちは当たり前のように、ただ黙って食べていたのです。「おいしい」のひと言がなくても、不平すらもらしませんでした。
そして、私たちがテレビやゲームに夢中になっていても、母には食後の片づけがありました。翌朝の準備もありました。お風呂の準備もありました。洗濯もありました。洋服の繕い、片づけ、そのほか父の世話もあったはずです。いったい、母がいなかったら、私たちはどのようにして暮らし、どのようにして成長したのでしょうか。
私たちは母に対する自分のふるまいを思いおこす時、慙愧の念に堪えるものは何もありません。過ぎ去った恩の大きさに唖然とするばかりです。しかも、その恩に対して何も返したものはありません。返そうと思えるほどの年齢になった時、たいていはその母も、すでにこの世にはいません。私たちが母に対してできることは、あの世の母に対してであることをお伝えして、今日の法話といたします。
けんちん汁
令和4年1月22日
寒い日が続くので、毎日のように「けんちん汁」をいただいています。黒ゴマ塩をかけた雑穀ご飯によく合い、これに焼き魚か納豆があれば、もう何もいりません。一般にはしょうゆ味ですが、塩味よし、みそ味よし、酒粕を加えてもまたよしで、いずれにしても体がよく温まります(写真)。

けんちん汁の語源については、建長寺(鎌倉)の精進料理、つまり「けんちょう汁」が訛ったという説があります。しかし、別説もあり、そのことを『鬼平犯科帳』DVD版の「馴馬の三蔵」の中で、村松忠之進(猫どの)が木村忠吾に講釈するシーンがあります。鬼平ファンの方は、ぜひご覧になってください。
すなわち、正しくは巻繊汁(けんちぇんじる)」だというのです。〈繊〉とはダイコンやゴボウを細く切ったもの、〈巻〉それを油で炒め、湯葉や海苔で巻いたもの、それを汁仕立てにしたものが「けんちぇん汁」とのことです。さすがは猫どの、なかなか説得力がありますが、それにしても「巻繊汁」とは当て字も発音もむずかしく、あまり実感がありません。私たちにはやはり、「けんちん汁」の方が親しめます。
けんちん汁は切った野菜を油で炒めることに特徴がありますが、豆腐やシイタケなどのキノコ類、さらにダイコン葉などの青菜を加えると色も鮮やかです。要は冷蔵庫の残り野菜でよいのです。お寺で野菜をムダにしないための智恵が、これほど生かされた料理はありません。私はダイコンばかりは銀杏切りですが、あとはすべて乱切りで、豆腐やこんにゃくは手で千切って入れています。寒いこの時期はショウガをすりおろして加え、特製の七味唐辛子をドバドバかけていただきます。一口飲めば、一人だけの食卓で、おもわず、「うめぇー!」。
生涯最高のご飯
令和3年9月11日
服部栄養専門学校長の服部幸應氏が、自分にとっての生涯最高の料理は、比良山荘(滋賀県大津市)の〈月とスッポン鍋〉だと語っています。死ぬ前にもう一度食べたい〝最後の晩餐〟と決めているそうで、「この世のものとも思えない味」とまで豪語しています。あらゆる美食に通じた服部氏のお話なればこそ、さすがにインパクトがありますね。
何でも琵琶湖の天然スッポンのだし汁で、ツキノワグマの肉を煮るという〈熊鍋〉だそうで、まさに贅を尽くした料理であることは間違いなさそうです。私はこのお話に興味をいだきましたが、残念ながら禁食(戒律で禁じられた食品)なのでいただくことができません。私は霊符という特殊な御札を書くので、その行者はスッポン料理とウナギのような長物料理は、亀蛇のご神体(玄武神)として禁じられているからです。
では、私にとって生涯最高と思えるモノは何であろうかと回想してみました。思うに、多くの方のそれは一流料亭やレストランの美食ではなく、遠い記憶や思い出と結びつく何かではないでしょうか。それはたぶん、子供の頃に家族と共に味わった〝おふくろの味〟であるかも知れません。おふくろの味は、時間と共にさらに熟成するからです。終戦後の食べ物のなかった時代なら、なおさらです。飢えた時代には、サツマイモさえ生涯最高になるからです。
私に心あたりがあるとすれば、それは毎年12月30日の正月飾りに食べた餅つきの前の、あの一瞬のうまさだったと思います。農家の庭先に臼と杵をそろえ、竈にマキをくべて蒸かしたもち米が入ると、晴れた冬空に湯気がボオーと舞い上がりました。すぐに杵を入れるのが私の役目でしたが、一分間だけ楽しみがありました。片手でその熱々のもち米をすくい、フウフウ息を吹っかけながらそのまま口にしたその味は、晴れた冬空と絶妙に溶け合い、この世のものとも思えなかったからです。塩も醤油も何もいりません。私の生涯最高のご飯でした。
私はこの世で一番おいしいものはご飯だと、いつも思っています。人にも語り、法話集『一話一会』(第一集)にも書きました。それは一日として飽きることも、忘れることもないからです。そんな食べ物がほかにあるはずはありません。そして、その名を「シャリ(舎利)」とも言うではありませんか。舎利はお釈迦さまのお骨であり、如意宝珠であり、仏さまそのものです。ご飯を食べることは、仏さまの功徳をいただくということです。その功徳によって、幸せをいただくということです。だから、多くの日本人が合掌をしていただくのです。
続・マンダラの料理
令和2年9月1日
昨日、日本のカレーは「インドカレー」ではないと言いました。しかし、日本のカレーにはまた別のよさがあることは、私も十分に承知しています。それというのも、あまりにも気安くインドカレーと名乗る商品が多いので、ちょっとケチをつけたくなったのです。既製のルーやレトルトを試食しても、この考えは変りません。
そこで、日本のカレーです。私は世のお母さん方は、何をおいてもおいしいカレーが作れるよう工夫すべきだと思っています。なぜなら、昭和の時代から現代にいたるまで、日本の子供さんたちが最も好きな料理はカレーだからです。調べてみてください。そして、考えてみてください。お母さんの料理、つまり〝おふくろの味〟を知ってこそ、子供さんは身も心も健康に育つのです。スーパーの揚げ物だけで躾けをしても、お母さんが思うようには育ちません。たとえパートで忙しくても、一品だけは手作りの料理を出してほしいのです。
そして、手作りの料理で最も喜ぶのがカレーなのです。既製のルーであっても、かくし味などネットで調べればいくらでも出ています。各メーカーもスパイスの研究には余念がありません。おいしい商品がたくさん出ています。得意の味を一つでも持っていれば、それだけで子供さんは手をたたいて喜びます。野菜がごろごろ入ったカレーを何杯もお代わりすれば、子供さんの躾けは必ずうまくいきます。だから、お母さん方はぜひ独自のカレーを作り出してほしいのです。
また若い男女も、カレーがあればうまくいくこと、間違いはありません。仕事を終えた頃、「今夜はカレー!」とメールをすれば、足を急かせて帰って来るからです。そして家にたどり着くや、外にまで漂うその匂いにつられて、夢見る思いで玄間のドアを開けるでしょう。
荻窪二丁目裏通り
どこかの窓から幸せそうな
カレーライスの匂いがいつか
僕の心を急かせてる(南こうせつ・「荻窪二丁目」)
このカレーはもちろん、インドカレーではありません。ありふれた日本のカレーです。でも、あたたかく、心がなごみます。そして、日本人の心をとらえて離さないカレーこそは、みんなが喜ぶ「マンダラの料理」です。
マンダラの料理
令和2年8月31日
皆様は信じないと思いますが、実は私はインドカレーの名手(!)で、かなりの研究をして来ました。もし僧侶をやめたら(もちろん、やめませんが)、インドカレーの専門店をやっていく自信さえあるのです。このことは味にうるさい友人やご信徒の皆様が太鼓判を押すところで、決して誇張ではありません。
もちろん、ここでいうインドカレーは、インスタントルーをポチャと落とす日本のカレーではありません。日本のカレーは小麦粉でとろみを出す糊のような舌ざわりで、お世辞にも「インドカレー」とはいえません(失礼!)。インドカレーは野菜やヨーグルトによってとろみを出すので、サラッとしてしかもコクがあり、夢幻ともいえる香りに特徴があるのです。
講釈をしましょう。そもそもインド人は、過酷な熱帯気候に耐えるため、体温を下げる食事が必要でした。そこでスパイスを豊富に使い、発汗させて涼しくなるカレー料理が伝統食となったのです。したがって、インドには〝カレー粉〟という食材はありません。その家のスパイスはその家の好みによって、石臼で砕きながら調合するからです。
十八世紀の昔、インドを植民地支配していたイギリスがこれを本国に持ち帰りました。そしてインド人とはまったく発想を変えて、西洋料理の手法から小麦粉でとろみを出したのです。日本には明治時代にそのイギリスから伝わりましたが、今日のような「カレーライス(あるいはライスカレー)」として普及しはじめたのは大正時代からでした。
本場の国々を除けば、日本人ほどカレーの好きな国民はいません。私も子供の頃から何とかおいしいカレーを作ろうと、とぼしい食材で工夫をしました。しかし、どのような工夫を重ねようと、本場の味を知らなければ作りようがありません。上京しておいしいカレーには出会いましたが、まだインドカレーまではたどり着きませんでした。
ところが十代の終わりにアジアの各地を訪れ、はじめて本場のカレーに出会いました。そして、私のカレーに対する概念が一変しました。カレーとはまさに香りであることを知りました。一にスパイス、二にスパイスで、辛みはどうにでもなるのです。だから、辛みがなくてもカレーの香りがすることも知りました。
やがて私は真言密教の僧侶となりましたが、ますますカレーにはこだわるようになりました。なぜなら、カレーこそはマンダラの教えそのものだからです。酸味・苦味・甘味・辛味・塩味の五味が融合するカレーは、諸仏諸尊が融合するマンダラにも等しいからです。つまり、五味が融合して香りが加わると、カレーという「マンダラの料理」になるということです。香りはすなわち、マンダラへの入壇のようなものでしょう。
もう余白がありません。私が作ったインドカレーをお見せしましょう(写真)。先日、炎天下で土木工事を手伝ってくださったお弟子さんに出したものです。カレーソースだけを盛って、具は好みでトッピングします。サラッとした舌ざわりで、サラッと汗が引きました。食欲をそそるこの香り、伝わりますか?


