何も求めない功徳

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仏教

令和8年8月12日

 

いよいよお盆となりました。前回、お盆はご先祖を迎え、供養をなし、共に過ごす時間を楽しむためのものだと書きました。帰省したご実家でもご自宅でも、お供えをして、ぜひ楽しい時間を過ごしていただきたいと思います。

もう一つ、お盆で大切なのが施餓鬼せがきです。施餓鬼は、文字どおり餓鬼界にちてしまった亡者を救済するためのものです。餓鬼界の亡者は残念ながら、先祖代々として迎えることはできません。家の中に入って来ることもできません。その姿が醜悪しゅうあくなので、人に見られることを嫌がるためです。心ある方は、ほんの少しのご飯に汁物をかけて、あまり明るくないところに置いてあげてください。

私はお盆にかぎらず、常にこの施餓鬼を心がけています。夕食の五穀米に味噌汁(粕汁)をかけ、深夜に境内の片隅で、僧侶の勤めとして施餓鬼法を修しています(写真)。

施餓鬼で大切なことは、何も求めないことです。出世するようにとか、お金が増えるようにとか、世間的なお願いをしてはいけません。ただ、ほどこしをすることにのみ専念することです。実はここに重大な深義があり、何も求めないことで、かえって大きな功徳があるという意味があることを忘れてはなりません。

私が師僧から伝えられたことは施餓鬼の功徳によって、お檀家やご信徒が少なくても、衣食には困らないこと、食べられない病気にはならないことの二つでした。あさか大師が200円の護摩木、2000円の先祖供養でも、大勢の皆様によって支えられている背景には、毎日のこの施餓鬼があることは間違いありません。「何も求めない功徳」には驚くばかりです。

仏教は布施を大切な教えとしますが、施したもの、施した相手、施した自分を共に忘れることを訓戒となし、これを「三輪清浄さんりんしょうじょう」といいます。何を施したかに執着せず、施した相手に恩を売らず、施した自分を偉そうに思ってはならないということです。いかでしょうか。

山路天酬密教私塾

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