山路天酬法話ブログ
スマホの狂宴
令和元年9月13日
今や、スマホはなくてはならない生活の必需品です。私はきわめて基本的な操作しかできませんが、もちろん愛用しています。車を運転中でも、電話に出ねばならないことが多いからです。しかし、常に心がけていることは、スマホを使っても使われないということでしょうか。
電車に乗れば、ほとんどの乗客がスマホを操作しています。混雑で人にぶつかっても、歩きながらスマホを操作しています。自転車に乗った高校生が、平気でスマホの操作をしています。喫茶店やレストランでは、入りながらスマホ、料理が運ばれてもスマホ、トイレに立ってもスマホです。ラーメンを食べながら、牛丼を食べながら、回転ずしを食べながら、ここでもスマホです。
先日、待ち合わせで近くの駅に行きましたら、ある女子大生の方たちがスクールバスを待つ列を作っていました。30人近くでしたが、教科書や文庫本など読む姿など一人としてありません。全員が全員、すべてスマホです。おそらく、家族との食事中でもスマホなのでしょう。かつては、テレビが家族の会話を奪いましたが、現代はさらにスマホが拍車をかけています。
眼科の医院に行けばわかりますが、大人も子供も視力障害で大にぎわいです。それでも、待合室ではスマホを手放しませんん。親が注意すればいいのにと思えば、その親もまたスマホに夢中です。
笑われるかもしれませんが、これはどれほど寛大に見ても、明らかに異常です。依存症としかいいようがありません。私はこれを「スマホの狂宴」と名づけ、こういう〝宴会〟ばかりは遠慮しようと心がけています。スマホを上手に使って使われぬための、そういう名案はないのでしょうか。
老いて学べば死して朽ちず
令和元年9月12日
私の好きな言葉のひとつに、佐藤一斎の著作『言志四録』の中にある、「少くして学べば壮にして成すあり。壮にして学べば老いて衰えず、老いて学べば死して朽ちず」があります。意味はそのまま、若いうちに学べば中年になって必ず役立ち、中年のうちに学べば老いても衰えることがない。そして、さらに老いて学べば死んた後にもすたれることがないということでしょう。
佐藤一斎は江戸時代の儒学者ですが、この『言志四録』こそは名著中の名著です。幕末の吉田松陰・勝海舟・西郷隆盛らも多大な影響を受けました。特に西郷隆盛は生涯の指針としてこの著作を愛読しました。今は解説本もかなり出ていますので、ぜひお読みになってみてください。おそらく、これほどの名著が日本にもあったのかと驚くことでしょう。『論語』と比較しても、けっして劣るとは思いません。
さて、若いうちに学ぶことの大切さは言うまでもありませんが、問題は中年になって学ぶ意欲があるかどうかでしょう。学ぶとはもちろん、読書に限ったことではありません。本を読んでも人生がわかるとは言い切れないからです。しかし、本を読まねばわからないことがたくさんあることも事実です。そして何ごとにも、熱心な人は世の中からも本の中からも、謙虚に学んでいます。
不思議に思うのですが、大学や大学院を卒業していながら、ほとんどの人が蔵書を持ちません。かといって、常に図書館を利用しているとも思えません。きびしい受験競争を経験して卒業すると、もう本を読むことも少なくなるのでしょうか。
私はこの『言志四録』のおかげなのか、読書欲ばかりはいっこうに衰えず、若さの秘訣だとさえ思っています。事実、年のわりには若く見られます。脳トレもけっこうですが、文字を追って考える習慣はもっと大切です。しかも、「老いて学べば死して朽ちず」とあります。あの世へ往っても生きがいが続くのです。いいことずくめです。皆様も今日のこの言葉を記憶に留めてください。
守・破・離
令和元年9月10日
昨日、文章を書くことについてお話をしました。そのことで途中で思い出したのですが、若い頃にわずかながら心がけたことがあります。
それは、気に入った作家の文章を原稿用紙に写すことでした。その頃はもちろん、パソコンがありませんので、すべてが手書きです。活字となって出版された文章を、原稿用紙のマス目に書き入れることで作家のマネをしたわけです。なぜかというと、学ぶことは「まねぶ」ことだと、聞いていたからです。何でも試してみようという好奇心も手伝ったのでしょう。相当な無理をして、モンブランの万年筆まで買いました。これで缶入りのピースでも吸っていたら、とんだお笑いぐさです。
要するに、何かを学ぶということは、そのお手本のマネをするということなのです。これは文章にかぎらず、学ぶことすべてにいえることです。最初から自分の個性などと主張する人は、まずモノになりません。先生のなすことを忠実に守っていくことを〈守〉といい、これを何年も続けていくうちに、少しずつ自分の味が出てきます。この段階を〈破〉といいますが、ここまで到達するのも大変です。そして、いよいよ達人になると、先生から完全に離れます。この段階を〈離〉といいますが、よほどの人でなければ到達には及びません。この〈守・破・離〉の教えは、特に茶道や武道などで伝えられましたが、最近はビジネス用語にもなりました。まずは、お手本となる先輩のマネをするのが大事なのでしょう。
お話をもどしますが、私は坂口安吾・池波正太郎・松本清張などの文章をいくらか書き写しましたが、結局はモノにならず、途中で断念しました。それでも、一文字一文字を書き続けるうちに、作家の呼吸のようなものを感じ取ったでしょうか。まったく無駄であったはずはありません。しかし、せめて〈守・破・離〉の〈守〉ほどを続けていれば、と、今では思います。
〈守・破・離〉のプロセスは、かなり知られるようになりました。仕事にせよ趣味にせよ、最初に学ぶ時はとにかく徹底してマネることです。
こだわって、こだわらず
令和元年9月9日
文章を書くということは、実に困難なことです。
話すことは出来ても、書くとなると、これは別の次元なのでしょうか。かつて、「話のうまいヤツほど、書けないものだ」などと豪語していた友人がいましたが、まんざらウソでもなさそうです。考えていることを文章に表すとなると、相応のコツがありそうです。
アメリカの作家ヘンリー・ミラーは、「あなたが今、何を考えているか、その考えていることから書き始めなさい」と言いました。つまり、私たちはどう書こうとか、うまく書こうとかいう、そこに〝こだわり〟があるのです。こだわりは、いうなれば一種の迷いです。その迷いがあるかぎり、思うようには書けないという意味を指摘しているのでしょう。
それから、「何でもいいから思いつくままを書き連ねて、それを半分か三分の一に削れば立派な文章になる」という指導を受けたことがありました。似たようなことを、ショーン・コネリー主演の映画『小説家を見つけたら』で語っていたような気がします。タイプライターを無造作に打ちながら、秀才高校生に文章の書き方を教えていました。とても印象的な場面であったことを、今でも記憶しています。
要するに、文字を連ねて文章にする作業の難しさを、いかに平易にこなすかの秘訣なのです。文章をどう書こうとか、うまく書こうとかいう意識につつまれると、それがインスピレーションを妨げるのでしょう。かといって、こうした意識を持たねば上達は望めません。「こだわって、こだわらず」と、何ごともこれが奥義です。
私は特別な文章修行をしたわけではありませんが、このようなお話はどことなく気になります。こうしてブログを書いていても、思い出すことが多いのです。私がお世話になった宗門誌『六大新報』の故・今井幹雄先生も、「書いて書いて、書き尽くさねば、何もわからない」と、よく語っておられました。先生は石原慎太郎さんの『太陽の季節』と、芥川賞を競うほどの名文家でした。先生には及びませんが、お会いできたことを今でも感謝しています。
納豆キムチ
令和元年9月7日
日本と韓国の関係が悪化し、何とかならないものかと思うのは誰しものことです。
仏教伝来を始めとして、古墳・建築・土木・天文・陶芸・音楽・文学・習俗など、多くの文化を日本は朝鮮半島から学びました。そして、それを応用して独自の文化を築いてきたのが日本です。私は朝鮮民族の文化はすばらしいと思いますし、つとめて理解しようと努力もしました。韓国籍の友人もいますし、朝鮮半島の古美術も愛玩しています。ただ、隣国でありながら、異質の民族であることは確かなようです。それでも政治とは関わりなく、お互いに友好を維持しようとするイベントが多いことは、とてもよいことです。
そこで視点を食品に変え、日本を代表する納豆と、韓国を代表するキムチを合わせた、〈納豆キムチ〉についてお話をしましょう。納豆キムチは確かに、血液サラサラへのきわめて効果的な食品です。善玉菌を増やして腸内フローラを整え、血栓すら溶かす働きがあります。皆様の中にも召し上がっている方も多いことでしょう。
ただ、私の正直な意見を述べるなら、納豆キムチは日本と韓国の関係そのものです。つまり、納豆とキムチは、同類にして異質な気がするのです。私は栃木県の農村に生まれましたので、納豆は毎日食べながら育ちました。それだけに、こだわりがあるのです。あの独特の臭みと味は、キムチのそれとは残念ながら相性がいいとは思えません。
ところが、私が考案したキムチ入りの〈万能ドレッシング〉なら納豆によく会いますので、今日はソッとお教えしましょう。
まずタマネギの皮をむき、適当に切ってラップにをかけ、電子レンジで加熱します。その理由はテストステロンというホルモンのためですが、講釈は省きましょう。次に加熱したタマネギをミキサーに入れ、キムチを適量加えます。あとはオメガ3の油のほか、醤油麹・タマネギ皮の粉末・ショウガ・だし調味料などを足し、スイッチオンで出来あがりです。
これを納豆に入れて混ぜれば、おそらく最強のサラサラ食品になること、間違いありません。新しい納豆キムチの誕生です。しかも、サラダをはじめとして、多くの料理に万能です。これぞ、日韓友好の架け橋(!)なのです。皆様、どうぞお試しくださいますよう。
降りのエスカレーター
令和元年9月6日
二か月ほど前でありましたか、運転中にめずらしくラジオをつけました。何の番組であったのか、シンガーソングライターのさだまさしさんがゲストに呼ばれているらしく、司会者の質問に答ええているところでした。その司会者が言いました。
「さださんは天才だから、作詞も作曲も思いのままなんでしょう?」
ところが、さださんは意外なことを言うのです。
「とんでもない! 毎日毎日、降りのエスカレーターを下から駆け上がって、その速さに負けないよう、真ん中あたりで必死にもがいている心境ですよ。本当ですよ」
こういう言葉を聞くと、なるほど今日はこの言葉を聞くためにラジオをつけたんだな、とさえ思うのです。さださんにはたくさんのヒット曲がありますが、私たちは楽しんで聴いているばかりで、いったいどれほどの苦難を経てその歌が生まれたかを知りません。この司会者なども、名曲は泉のように湧いてくるほどに思っていたのでしょう。
降りのエスカレーターを、下からから駆け上がる心境と言うのです。なるほど、降りのエスカレーターを逆に駆け上がるのは、容易ではあありません。ちょとでも油断をしたら、たちまちそのまま、下に引き降ろされることでしょう。シンガーソングライターとしての不動の地位も、影ではこんな代償を払っていたのです。
たぶん私は、この日のさださんの言葉は、一生忘れないと思います。ほんの一端ですが、私にもその心境がわかるからです。さださんは歌い終われば息をつくヒマもなく、いつも降りのエスカレーターが待っているのでしょう。その試練に耐えられなければ、あのような名曲は生れないということなのです。
占いの落とし穴
令和元年9月5日
昨日は清水次郎長が徳を積んだ後に死相が消え、運命を変えたお話をしました。
これはもちろん、徳を積むことの大切さを伝える象徴的なエピソードです。ところで、占いでは〈相〉という分野があり、人相のほかに手相・家相・地相・墓相・名相・印相などがあります。そこで、占い師の方はこれらを指摘して運の悪さを主張します。人相や手相はともかく、住んでいる家や土地が悪い、お墓の向きや造りが悪い、名前の画数が悪い、印鑑の文字が悪いといった言い方をします。そして、開運するためには、これらを正さねばならないと力説するのです。しかも、占い師の方が言うことは、とても〝当たる〟のです。だから、大方の人は「なるほど」と思ってしまうのです。
私は占いもしますので、このことを否定するつもりはありません。よく、家相や墓相の相談を受けたり、名づけを依頼されたりします。しかし、占いには深い落とし穴がありますので、そのことを申し上げましょう。とても大切なことなので、皆様にぜひ知っていただきたいのです。
たとえば、病気で顔色の悪い人がいたとしましょう。では、その人が病気になったのは、顔色が悪いからでしょうか。つまり。顔色が悪いことが病気そのものの原因なのでしょうか。
奇妙なお話ですね。本末転倒とはこのことです。顔色が悪いことは結果であって、原因ではありません。病気になって体調をくずし、その結果が顔色という〈相〉になって現れたわけですから、病気の原因はほかにあるわけです。生活習慣が悪いなら、それを正さねば根本的な治療にはなりません。占いで指摘することは、あくまでもその〈相〉なのです。つまり、これまでのあらゆる生き方が〈相〉となって現れるのです。占いはここを指摘するのですから、よく当たります。しかし、開運への根本的な手立てにはなりません。ここに占いの落とし穴があるのです。
次郎長は不徳を積んでいたがため、顔に死相が出ていたのです。しかし、若い二人の命を救って、徳を積んだゆえに死相が消えたのです。占いで指摘する〈相〉を変えることは、いわば〝見た目〟を変えることです。もちろん、見た目も大事なので、私は占いも重視しています。しかし、不運を根本的に変えることは、占いではできません。
不運を乗り越えるために徳を積むことを〈立命〉といいます。文字どおり、新しい命を立てるという意味です。運命や宿命と共に立命という言葉があることを、私は強く主張したいのです。
運命を変えた清水次郎長
令和元年9月4日
今日は清水次郎長のお話です。 皆様もご存知のとおり、次郎長は幕末から明治にかけての大親分ですが、決して生まれながらの任侠ではなかったのです。二十歳頃までは米屋の家業に精を出し、重い俵をかついで懸命に働いていました。
ある日のこと、店先に托鉢の僧が立ちました。次郎長はさっそく米を布施しましたが、その僧から「お前さんの顔には死相が出ている。あと三年の命じゃな。わしの観相は外れたことがないが、もし外れたらこの首を差し上げることを約束しよう」と言われました。次郎長はその僧がまんざらウソを言っているとも思えず、さんざんに悩みました。そして、「どうせ三年の命なら、やりたい放題したい放題に生きよう」と考え、女房も離縁して任侠の道へと踏み込みました。次郎長は持ち前の度胸でたちまち顔が売れましたが、今日死ぬか明日死ぬと気が気ではありません。
そして三年が過ぎました。次郎長は死ぬどころか、風邪ひとつ引かず、ますます元気です。「さてはあの坊さん、ウソを言いあがった」と思うのも当然です。そんなある日、とうとうその托鉢の僧と再会しました。次郎長はさっそく「約束どおり首をもらうぜ。覚悟しろ」と迫りましたが、その僧は「待ってくれ。そなたの顔をもう一度見せてくれ」と言うのです。そして次郎長の顔をまじまじと見つめるや、「これは不思議じゃ。死相がまったく消えている。お前さん、わしに会ってから人の命を救ったことはなかったか」と言うのでした。
実は次郎長、この僧と会ってから、心中しようとしていた若い男女の命を救ったのでした。しかも、男が使い込んでしまったという奉公先での三十両を代償し、商売を始める店までも面倒をみたのです。僧は「ああ、よいことをされたのう。お前さんは二人の命を救うと共に、自分の命も救ったのじゃ。死相が消えたばかりか、八十歳までは生きられるぞ。あいがたいことじゃ。ナンマンダブ、ナンマンダブ」と言いながら立ち去りました。
このお話はまさに、運命を決定するものは〈徳〉であるということの証明でもあります。人生を決定するのは宿業ですが、徳が宿業を変え、運命を変えるのです。徳を積むことの大切さを伝えるお話として、私はとても大事にしています。
成すは易く、守るは難し
令和元年9月3日
昨日は「組織の膨張は衰退をもたらす」という、パーキンソンの法則をお話しました。企業が売り上げを伸ばして本社ビルが建つや、安堵感から慢心をおこし、加えて新築による経費の増大から、経営が悪化する例が多いということでした。今日はその延長として、個人の業績についてお話をいたしましょう。
たとえば、芥川賞や直木賞に輝いた新人作家の、はたして何人が存続しているでしょうか。デビュー当時の作品は、たとえどこかに未熟さはあっても、勢いがあるものです。しかし、その勢いを保ち、かつ新鮮な作品を発表し続けるということは容易ではありません。たいていは作品のネタすらも尽きます。私は今どきの文壇に詳しいわけではありませんが、この傾向は多分にあるはずです。
このことは、芸術や芸能、またスポーツにおいても同じでしょう。デビュー当時の作品や記録はすばらしくとも、それを存続させることが大変なのです。私の知っているある歌手などは、始めにヒットを飛ばしましたが、続きませんでした。だから、死して今なお人気のある、美空ひばりや石原裕次郎などは、本当にすごい人なのです。スポーツではよく「追われる立場」と言いますが、オリンピックの金メダリストなどは当然、世界中から徹底的に研究されます。そんな中で絶対王者を守ることは、至難としか言いようがありません。
私たちが関わるどのような職業や趣味においても、このことは大きな教訓でもありましょう。物ごとを始めて、それを大成させることも大変ですが、存続させることはさらに大変です。まさに、「成すは易く、守るは難し」なのです。才能があってそれを発揮しても、その業績を守れるのは、必死の努力に加えた何かが必要なのです。
続・パーキンソンの法則
令和元年9月2日
若い頃、住んでいた所の近くに、とても繁昌してるうどん屋さんがありました。
特に昼時になると、10メートルほどの行列ができるのです。ただ、店構えはプレハブ作りで、とても古いものでした。私はそこを通りがかっただけで、一度もそのお店に入ったことはありません。でも、そのうち新装開店になるのだろうと思っていました。そして予想どおり、やがて立派なお店が新築されました。常連のお客さんも喜んだはずです。
もちろん、始めは以前のように行列もできました。ところが、しだいに「おや?」と思うほど客数が減っていきました。行列も見られなくなっていったのです。そして、とうとうそのお店は解体され、まったく別の建物にと変わりました。
私は、このような例をほかにも知っています。食べ物屋さんの店構えが変わると、シェフが変って味も変わるのでしょうか。それとも返済のため、経費節減で素材まで落としたのでしょうか。
実はここにも、「組織の膨張は衰退をもたらす」というパーキンソンの法則があるのです。彼は企業が建物の新築を計画すると、そこから崩壊の兆しが見えることを発見しました。なぜなら、発展に向かっている間は仕事への情熱が先で、店構えや本社ビルなど眼中にありません。ところが、多いに利益を得て建物が変わると、慢心がおこるのです。ここまでになったという安堵感が慢心を呼び、経営を悪化させることが多いのです。さらに、新築による経費は予想以上に増大します。あのうどん屋さんのみならず、バブル期の新築が崩壊を招いた例はキリがありません。
もちろん、逆に急成長を遂げる例はありましょう。しかし、この法則にも自戒すべき要素は多いはずです。貧しくとも情熱に燃えていると、それが仕事にも現れます。まさに、「貧しき者は幸いなり」なのです。私にも身に覚えがあることです。

