運命を変えた清水次郎長

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運命

令和元年9月4日

 

今日は清水次郎長のお話です。 皆様もご存知のとおり、次郎長は幕末から明治にかけての大親分ですが、決して生まれながらの任侠にんきょうではなかったのです。二十歳頃までは米屋の家業に精を出し、重いたわらをかついで懸命けんめいに働いていました。

ある日のこと、店先に托鉢たくはつの僧が立ちました。次郎長はさっそく米を布施ふせしましたが、その僧から「お前さんの顔には死相しそうが出ている。あと三年の命じゃな。わしの観相は外れたことがないが、もし外れたらこの首を差し上げることを約束しよう」と言われました。次郎長はその僧がまんざらウソを言っているとも思えず、さんざんに悩みました。そして、「どうせ三年の命なら、やりたい放題したい放題に生きよう」と考え、女房も離縁して任侠の道へとみ込みました。次郎長は持ち前の度胸どきょうでたちまち顔が売れましたが、今日死ぬか明日死ぬと気が気ではありません。

そして三年が過ぎました。次郎長は死ぬどころか、風邪ひとつ引かず、ますます元気です。「さてはあの坊さん、ウソを言いあがった」と思うのも当然です。そんなある日、とうとうその托鉢の僧と再会しました。次郎長はさっそく「約束どおり首をもらうぜ。覚悟しろ」と迫りましたが、その僧は「待ってくれ。そなたの顔をもう一度見せてくれ」と言うのです。そして次郎長の顔をまじまじと見つめるや、「これは不思議じゃ。死相がまったく消えている。お前さん、わしに会ってから人の命を救ったことはなかったか」と言うのでした。

実は次郎長、この僧と会ってから、心中しようとしていた若い男女の命を救ったのでした。しかも、男が使い込んでしまったという奉公先での三十両を代償し、商売を始める店までも面倒をみたのです。僧は「ああ、よいことをされたのう。お前さんは二人の命を救うと共に、自分の命も救ったのじゃ。死相が消えたばかりか、八十歳までは生きられるぞ。あいがたいことじゃ。ナンマンダブ、ナンマンダブ」と言いながら立ち去りました。

このお話はまさに、運命を決定するものは〈徳〉であるということの証明でもあります。人生を決定するのは宿業しゅくごうですが、徳が宿業を変え、運命を変えるのです。徳を積むことの大切さを伝えるお話として、私はとても大事にしています。

山路天酬密教私塾

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