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信仰
令和8年6月16日
あさか大師の本堂には、お護摩の写真が一枚だけ飾られています。数年前にたまたま撮影したお護摩の浄炎が、観音様の姿となって化現したからです(下写真)。私はお護摩の中にお不動様や龍神様の姿が現れた写真をたくさん見てきましたが、これほどリアルに撮影されたことは初めてでした。

もちろん、これは「偶然」の産物です。しかし、偶然でもこれほどハッキリと観音様が現れることは、まずあり得ません。つまり、偶然の中に必然的な仏縁があったということです。意図的に撮影しようと思っても、叶うことはありません。むしろ、そのような意図をもってカメラを向けると、まったく逆の結果になることは経験上わかっています。
私はこのような写真が撮影された場合、素直に感謝して大切にすべきだと思っています。なぜなら、偶然でもありがたいからです。信仰とはそのようなものではないでしょうか。理屈よりも、現実に撮影された事実を憶念することです。
この写真をお参りしたい方は、ぜひお越しください。毎日のお護摩によって、輝きがさらに強まったように思います。ただし、撮影はお断りしますので、ご了承ください。

