続・あの世は「ここ」にあるのです

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令和8年8月24日

 

あの世が「ここ」にあるとは、また〝いっしょにある〟という意味でもあります。いっしょにあるとは、表裏の関係であり、同時にある関係ともいえましょう。

そのことを説明するには、蓮の花にたとえるのがよいかも知れません。蓮は汚れたどろの中(煩悩)から、清らかな花(悟り)を咲かせます(写真は筆者)。この場合、煩悩の泥がなければ、悟りの花も生まれないというところに仏教の極意があります。つまり、煩悩と悟りはいっしょにあるということです。煩悩がなければ、悟りは生まれないし、煩悩を転じてこそ悟りが生まれるということです。蓮の花が仏様の象徴とされるのも納得されましょう。

同じように、この世とあの世はいっしょにあるのです。この世はあの世の写しであるから、「現世うつしよ」といいます。この世の姿はあの世の写しなのです。だから、私はいつも「あの世はここにありますよ」とお話をしています。この世の病気は、あの世の病気です。この世の苦悩は、あの世の苦悩です。この世の姿を通じて、私たちはあの世の姿を知るのです。先祖供養はこの世に生きる私たちの、大切な責務です。来月のお彼岸に向かって、先祖供養の大切さを改めて考えねばなりません。

私たちは肉体によって生きていますが、幽体も霊体も衣類のように身につけています。ただ、普通の感覚ではわかりません。しかし、私のお話を心から信じられる方は、あの世との感覚が鋭い方です。仏縁の深い方です。私と共に、先祖供養に励んでいただきたいと思います。

*あさか大師の先祖供養に参加をご希望の方は、ホームページの「先祖供養」をご覧になり、「お問合わせ」からご連絡ください。高額な供養料はいただきません。勧誘もいたしません。どなたでも気軽に参加できます。遠方の皆様には郵送いたします。

山路天酬密教私塾

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