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笑いは万薬の長

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令和2年7月28日

 

以前にも書きましたが、私は悩みごとの相談があった時、その方がよく笑うかどうかに注目します。

もちろん悩みごとがあってお越しになっているのですから、ケラケラと楽しそうに笑う方はいません。しかし、お話を伺いながら、前向きに笑える方、少しでも笑おうと心がけている方に対しては安心するのです。「ああ、この方は大丈夫だな」とホッとするのです。もちろん、病気のことでも仕事のことでも、夫婦や家族のことでも、ご祈祷はします。しかし、本人に願いごとを成就させる前向きのパワーが漂っているかどうか、そこが問題なのです。

そして、その前向きのパワーはどこに現れるかといえば、それは笑えるかどうかなのです。「ほんとうかな」と思うかも知れませんが、これは〝本当に〟ほんとうのことです。なぜなら、逆のことを考えればわかるからです。まったく笑わない方、私が笑わせようとしても、なかなか乗ってこない方には、まるで生気せいきというものがありません。「困ったな」と思うのです。こういう方は、お護摩を修しても、どこか炎の勢いにパワーが遍満しません。

「〇〇さん、もっと笑いましょう。自分の顔を鏡で見ながら、無理にでも笑ってみましょう。そうすれば何とかなりますよ」などと励ますのですが、心の奥底にある性格はなかなか変わりません。本人もつらいのです。私が思うに、こういう方は前世からつらい思いをして来たのでしょう。その抑圧よくあつに深層意識が占領されているのです。また、似たような父母や祖父母のもとに生れて来ているのです。だから、こういう方の背中を押すのは大変なのです。

皆様も開運を願うなら、まず笑うことです。神社には「笑いの神事」を行うところがありますが、大変にけっこうなことで、参加すれば「福の神」を呼べるはずです。あのアマテラスの大御神おおみかみですら神々の笑い声に誘われ、ついにあまの岩戸を開いたではありませんか。ここから国が開かれ、国の運が開かれたのです。福の神は、笑わなければ訪れてはくれません。また、「日本笑い学会」という研究グループもあります。ネットで調べてみてください。

「酒は百薬の長」と言いますが、飲み過ぎれば健康を害しますし、まわりに迷惑もかけます。そして、お金もかかります。したが超えればなおさらで、さらに美酒を求めるようになります。でも、笑いはどれほど笑っても、健康を害することはありません。せいぜい、おなかの皮がよじれる程度です。お金もかかりません。一切無料です。しかも、福の神を呼び、幸運を招き、健康をもたらすのです。これほどのいいことづくしは、この世にありません。「笑いは万薬の長」なのです。

続続・腎臓が寿命を決める

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令和2年6月27日

 

何度もお話していますが、私たちは健康のために「これがいい、あれがいい」と言っては、いいものを取り入れることばかりに専念します。しかし、いいものを取り入れるためには、まず悪いものを取り除かねばなりません。悪いものを取り除いて、次にいいものを取り入れる、この順序が大切です。

では、悪いものを取り除くとは、何なのでしょうか。答えは明白です。つまり、よい排泄はいせつをするということなのです。いいお通じをして、いいおしっこをすることです。この単純な真理こそ、実は健康の秘訣だといえるのです。

よいお通じは、腸内環境で決まります。つまり、「腸内フローラ」と呼ばれる〝お花畑〟のように善玉菌・悪玉菌・日和見菌ひよりみきんのバランスを整えれば、お通じはスムーズに排泄されるのです。スムーズに排泄されれば、栄養もスムーズに吸収されます。そして、おしっこは腎臓、広くは〈腎〉のはたらきで決まります。〈腎〉が弱ってはいいおしっこが作れません。特に腎臓は肝臓とのネットワークによって、悪いものを排泄してくれます。だから〈腎〉が弱っていては毒素がたまり、よい血液が作れず、体力が衰え、老化が進むのです。〈臍下丹田せいかたんでん〉という言葉がありますが、生命力はここに集中し、それをつかさどるのが〈腎〉なのです。「腎臓が寿命を決める」とは、このことを指しているのです。

〈腎虚〉に対しては、根菜類を食べるとよいとお話をしました。実は根菜類は体を温めるはたらきがあります。一般に、太陽に向かって伸びる葉類の野菜は体を冷やし、逆に地面の中に伸びる根菜類は体を温めます。これも重要なことで、葉類のサラダを多食する人の体温が低いのはこのためです。〈腎〉は冷えに弱いことも知らねばなりません。下半身を温め、下半身の筋肉が強くなれば、〈腎〉の機能は格段に高まり、いろいろな症状が改善されるはずです。

最後に、私の大胆な仮説をお話しましょう。〈腎〉には「先天の精」が蓄えられ、これに「後天の精」が補充されます。「先天の精」とは父母から受け継いだ遺伝的な生命力です。では、父母から受け継いだとは、どういう意味でしょうか。私は〈腎〉は〝あの世〟とつながっていると考えています。私たちはもちろん〝この世〟に生きています。しかし、この世とあの世は同じものです。あの世は〝ここ〟にあるからです。あの世の〝うつし〟が現世うつつよ、つまりこの世です。いや、生も死もなく、私たちはこの世とあの世を共に生きているのです。『般若心経』が説く「不生不滅ふしょうふめつ」なのです。父母の父母、そのまた父母、つまり先祖の精を受けて生きているということです。先祖を大切にすることも〈腎〉の養生ようじょうであるという事実が、いずれ明かになる日が来ることを私は信じています。

続・腎臓が寿命を決める

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令和2年6月27日

 

漢方には「相似そうじの理論」という考え方があります。つまり、同じ臓器や似たような形のものは、同じはたらきをするという意味です。そんなバカなと思うかも知れませんが、船は魚に似せて作り、飛行機は鳥に似せて作るではありませんか。だから、肝臓の悪い人はレバーを食べればいいし、目の悪い人は魚の目玉を食べればいいということになります。また、クルミは脳の形に似ていますから、頭の悪い人(失礼!)は少しずつ食べるとよいのです。

ところで、〈腎〉はみな下半身の位置にあることは言うまでもありません。樹木にたとえるなら、上半身は幹や枝にあたり、下半身は地中の根にあたります。だから、〈腎〉が弱った〈腎虚〉の症状には、地中の根のもの、つまりゴボウ・ニンジン・レンコン・ヤマイモ・ネギ・玉ネギなどの根菜類を多く食べることです。気づくと思いますが、みな強壮効果があるものばかりです。〈腎〉が精力であり、生命力なのです。

また、〈腎虚〉による老化現象の漢方薬として、よく「八味地黄丸はちみじおうがん」が用いられます。若返りの妙薬として知られていますが、その名のとおり八つの生薬で調合されています。ところが、その中の五つまでが、これまた植物の根なのです。すなわち、山薬さんやく(ヤマイモ)・地黄じおう(アカヤジオウの根)・沢瀉おもだか(サジオモダカの根)・牡丹皮ぼたんぴ(ボタンの根皮)・附子ぶし(トリカブトの根から毒性を除去したもの)と、いかに植物の根を重んじるかが理解されましょう。ただし漢方薬に関しては、専門の医師や薬剤師に相談してください。自己判断で服用してはいけません。

次に〈腎虚〉が進むと、必ず下半身の筋肉が衰えることも知らねばなりません。腹筋が弱くなり、お尻が下がり、太ももが細くなるはずです。したがって、〈腎虚〉に対しては、何をおいても下半身をきたえることが大切です。私は毎日、水平足踏あしぶみ(太ももを床から水平になるまで上げる足踏み)を朝晩それぞれ3分ずつ実行しています。おしゃれな砂時計を用いていますが、予定を考えながらやっている内にアッという間に終ります。その後、腹筋足上げと腕立て伏せを20回ずつ課していますが、これは無理には勧めません。水平足踏みかスクワットがいいでしょう。一生自分の足で歩けることを保証します。

それから下半身を温めることも大切です。シャワーで済ませず、お風呂に入って、特に下半身をよく温めることです。腹巻も「かっこ悪い!」などと思わず、多いに活用しましょう。腰の腎臓の要所を使い捨てのカイロで温めたり、こぶしでたたいたり、指圧することを勧める治療師もいます。

くり返しますが、〈腎〉こそは生命力の根本です。そして、特に「腎臓が寿命を決める」のです。自分でできることを、少しずつ実行しましょう。実行すれば、必ず効果が出ます。生命力の根本は、人生そのものの根本です。

腎臓が寿命を決める

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令和2年6月26日

 

皆様は〈腎臓じんぞう〉というと、単なる泌尿器の一種、つまり「おしっこをつくる臓器」ぐらいに思っているでしょう。

ところが、これが大変な間違いなのです。特に2017年10月に放送された『NHKスペシャル〈シリーズ人体・神秘の巨大ネットワーク〉』は、「〝腎臓〟が寿命を決める」というタイトルでその重要性が強調されました。実は漢方(中医学)では、人体における生命力の根源を〈じん〉あるいは〈腎気じんき〉と定義し、これを最も重要な臓器であると考えます。すなわち、〈腎〉には「先天の精」が蓄えられると共に、「後天の精」が補充されるという見方をします。「先天の精」とは父母から受け継いだ遺伝的な生命力のことで、「後天の精」とは誕生以来の食生活や生活習慣、つまり養生ようじょうよって得られた生命力のことです。この二つの精が〈腎〉に貯蔵されるとするのです。

また貝原益軒かいばらえきけんの『養生訓ようじょうくん』には、「腎は下部にあって五臓六腑の根本である。腎気が弱くなると、身体の根本が衰えていまう。ゆえに養生の道では腎気を保たなければならない」と力説されています。「五臓六腑の根本」と言っています。まさに「腎臓が寿命を決める」と言う表現も、決して誇張ではないことがわかりますでしょうか。

ただし、漢方での〈腎〉とは単に腎臓のみを指すのではありません。活力に関するホルモンを出す副腎ふくじん、生殖器にかかわる男性の睾丸こうがん精巣せいそう、女性の卵巣や子宮もすべて〈腎〉なのです。つまり〈腎〉と定義する全体のはたらきを、生命力そのものと見るのです。そして、この〈腎〉の衰えを「腎虚じんきょ」といい、これを老化と見るのです。足腰が弱くなる、皮膚がカサカサになる、顔色や肌色が悪くなる、老眼や白内障になる、耳が遠くなる、そしてヤル気がなくなる、記憶力が衰えるなどの老化現象は、すべてこれ「腎虚」が原因であると漢方は主張します。

また、若い方でも「腎虚」の症状として、非常に疲れやすくなります。しかも、「腎虚」による腎臓病は現代医学ではほとんど治りません。したがって、医師はすぐ「そろそろ透析とうせきが必要ですね」と宣告します。しかし、週三回、一回に四、五時間を要する透析療法は、腎臓病患者にとって大きな負担になることは言うまでもありません。

実は私の父も腎臓病を患い、医師より透析を宣告されていました。しかし、私はこれぞと思う漢方薬を10年以上にわたって送り続け、透析をせずに父の天寿をまっとうさせることができました。明日はこのブログのレベルで、私が学んだ〈腎〉を養う方法をお伝えします。

ほどほどの大切さ

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令和2年5月23日

 

最近よく思うのですが、生きるということは〝ほどほど〟であることが大切です。たとえば、私たちが生きていくためには酸素・水・光・塩といったものが必要です。しかし、どんなに必要であっても、それが多過ぎてはいけませんし、逆に少な過ぎてもいけないことに気づくはずです。

私たちは酸素がなければ、もちろん生きてはいけません。また、大きく深呼吸をすることは自律神経を安定させ、健康増進にも役立ちます。しかし多過ぎると体内に活性酸素が発生し、健康を害します。アスリートでもない人が過激な運動をして、急死したりするのはこのためです。

水はどうでしょう。体の60パーセントは水分ですから、水の重要性は申し上げるまでもありません。特に真夏に大量の汗をかくと水分が不足し、血液がドロドロになり、熱中症や脳梗塞のうこうそくを招きかねません。この頃は気象予報士でも、「こまめに水分を補給しましょう」などとよく言います。しかし大量に水分をとり過ぎると、これを処理する腎臓じんぞうに無理が生じます。体に不要な水がたまって冷えの原因となります。漢方ではこれをすいどくといい、万病のもととするのです。今日、若い女性の体温が低く、また体がむくむのは、運動不足やクーラーに加えて冷たい水やお茶を必要以上に飲むからです。

太陽光の紫外線が皮膚がんやシミの原因になるとして、極端に避ける方がいますが、これもいけません。朝日を拝んでセントニンを浴びることは、心身のバランスをはかる上でとても大切なことです。うつ病や引きこもり、すぐにキレやすいといった症状は、脳内セントニンが不足しているからです。

塩も大事です。多くの医師が「塩分をひかえましょう」と言って減塩運動を呼びかけますが、高血圧の人口はいっこうに減りません。その理由の一つは合成した食塩(塩化ナトリュウム)にあるからです。また、熱中症は水分の補給だけでは予防できません。血液は塩分濃度を一定に保つ必要があるからです。よけいなことでしょうが、日本人は少しは高価でも、塩と醤油しょうゆと味噌ばかりは昔ながらの天然ものを使うべきだと私は思います。

こうした事実に照合すると、見えてくる真理がたくさんあります。新型コロナウイルスはもちろん論外ですが、あまりに除菌が過ぎると免疫力が落ちます。謙虚であることは大切ですが、謙遜けんそんが過ぎると卑屈ひくつになります。正直に生きねばなりませんが、潔癖けっぺきが過ぎると周囲から敬遠されます。迷惑をかけてはいけませんが、遠慮が過ぎると相手を困らせます。

「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うではありませんか。ほどほどの意味を知りましょう。そして、ほどほどに生きることの大切さを知りましょう。世の中を見てください。ほどほどを知らない人が病気になるのです。迷惑をかけるのです。問題をおこすのです。そうでしょう。

病気になるから健康を守れる

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令和2年5月6日

 

私は健康法についてはかなり勉強し、各地の道場に入門したり、いろいろなセミナーも受講しました。また整体やカイロプラクティックの免状も習得しました。

だからといって、健康診断の結果にいちいち一喜一憂いっきいちゆうしているわけではありません。なぜなら、健康の定義も人それぞれという事実を知っているからです。人は健康や健康法について、知れば知るほど神経質にも不安にもなるのです。もしかしたら、自分は間違っているのではないか、こちらの方が正しいのではないかと思うものなのです。

十人の医師や管理栄養士の本を読めば、十人の主張があります。そして、結局はあれもダメ、これもダメとなって、何が何だか分からなくなるはずです。なぜなら、正しい健康法は人によってそれぞれに異なるからです。糖質制限もジョギングも、万人に合うはずがありません。一つの食材やサプリメントで、万人が健康になるはずがありません。自分の健康法は、自分の体が一番よく知っているのです。自分にはこれが合うという方法を見つけ出す以外にはないのです。

私はなるべくテレビをないようにしています。必要もない番組に時間を費やすことなど、もったいないからです。ところが、まれにスイッチを入れると、画面はたいていグルメ番組か健康番組です。タレントさんの「うーん、おいしい!」を聴きながら、国民は何を思っているのでしょうか。また、どういう症状が現れればどんな病気だとか、検査の数値がいくつを超えると異常だとか、体脂肪を減らすには何を食べろとか、まるで知らなければ罪であるかのように強迫して来ます。

疲れやすくなったと思えば、誰でも気にはなるものです。そこで病院に行けば血圧を測り、血液検査を受けることとなります。その結果は高血圧と申告され、肝臓機能が悪いと診断されます。GОTやGPTが何を意味するのかもわからないのに、その数値に翻弄ほんろうされるのです。現代人は〈正常値〉を通じてしか、自分の健康を考えられなくなりました。

そもそも体に異常が生じるのは、その人の体に必要があるからです。異常が見つかるのも自然なことなのです。高齢になれば血管も硬くなります。肝臓も疲れます。数値だけを切り取って、すべて悪いことと決めつけるのもいかがなものでしょうか。人は病気になるから健康を守れるのです。体が何も教えてくれなければ、人生をまっとうすることなどできません。

もちろん、医師の忠告は聞きましょう。できることは実行しましょう。でも、病気になるのも生命の尊いはたらきなのです。もっと、自分の体を信じることです。もう一度お話をしますが、人は病気になるから健康を守れるのです。病気になりながら、一生懸命に自分の体を守っているのです。そうでしょう。

健康とは何か

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令和2年4月10日

 

WHO(世界保健機構)はその憲章前文の中で、健康についての定義を「健康とは病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会訳)」としています。つまり、人間というものを肉体的(physicalフィジカル)・精神的(mentalメンタル)・社会的(socialソーシャル)にとらえ、それらが総合的に満たされた状態を〝健康〟であるとしています。この定義はすでに決議より70年以上が経過していますが、いまだによく用いられています。

現代の日本人はその年齢を問わず、多少の持病があって通院していても、まずまず健康であると思っている方が多いかも知れません。また先の定義にかんがみるならば、「幸せを感じる」「生きがいがある」「仕事がうまくいっている」「人を思いやることができる」といった精神的・社会的な要素も含めて健康を考える傾向も強いと思います。

ところが1998年、WHOにて健康の定義を肉体的・精神的・社会的に加えて、宗教的(spiritualスピリチゥアル)な要素を加えてはどうかという提案が出されました。しかし賛成多数であったにもかかわらず、審議の緊急性が低いとして、いまだに決議には至っていません。

スピリチゥアルは一般的な日本語としては「霊的れいてき」と訳されていますが、メンタルと同義とする意見もあり、また信仰には熱心でも特定の宗教に傾倒しない日本人には、なかなか定着しません。神と仏が同居し、先祖を大切にする国民には、何をもって宗教的・霊的とするかがむずかしいところです。

しかし、私は「宗教的な健康」「霊的な健康」こそ、人としての最大の尊厳そんげんであると考えています。もちろん、ここでの宗教とは特定の宗派や教団を指すわけではありません。また霊的といっても、霊能や心霊現象を意味するものでもありません。日本人は気安く「私は無神論者です」などと言いますが、欧米の人たちからすれば大変に奇異きいなことであり、また情けなく、しかも恥ずかしいことです。

生きるということは、はっきりした信条とまではいかずとも、その根底には必ず宗教的な理念が必要なのです。また、人は肉体的・精神的に生きると共に、必ず霊的にも共存しています。眼には見えず、耳には聞こえずとも、多くの日本人は仏壇に合掌し、神前に礼拝し、お墓参りも欠かしません。これは霊的に共鳴するからです。私は「宗教的な健康」「霊的な健康」が公的に語られる日が来ることを、せつに望んでいます。

「百薬の長」か「百毒の長」か

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令和2年1月23日

 

お酒は体にいいのか悪いのかと問うなら、答えは決まっています。適量ならば血流をよくして体を温める「百薬の長」ともなり、適量を越せば肝臓障害をもたらし、さらに度を越して依存症ともなれば「百毒の長」でありましょう。

いろいろな学説を調べますと、適量を守れば免疫力を高め、動脈硬化・脳卒中・糖尿病・アルツハイマー等の発生率を下げ、がん抑制効果すらあるといいます。

122歳の世界最高長寿者として知られるフランス人のジャンヌ・カルマンさんは毎日、赤ワインとチョコレートを欠かしませんでした(ポリフェノール効果)。彼女は85歳でフェンシングを始め、100歳でも自転車に乗っていました。また、120歳で日本最高長寿者とされた徳之島の泉重千代いずみしげちよさんは毎日、黒糖焼酎こくとうしょうちゅうを欠かしませんでした。彼の120歳長寿には疑問説もありますが、大のプロレスファンで、アントニオ猪木の親善訪問を受けた時は子供のように喜びました。

また、長寿者が多いことで知られるコーカサス地方(グルジア共和国)で100歳以上の人は、朝食から自家製の赤ワインを飲んでいるそうです。適量を守れば、まさに「百薬の長」なのでありましょう。

ところが、適量を超えても不思議な長寿者がいることにも驚きます。

横山大観は近代日本画壇の最高峰ですが、毎日、日本酒二升・タバコ100本を飲みつつ、90歳まで作画をしました。梅原龍三郎はルノアールの弟子として知られる洋画家ですが、4歳から飲酒し、98歳まで活躍しました。また、彫刻家の平櫛田中ひらくしでんちゅうは「酒中有深味」の色紙を残し、100歳の折に30年分の彫刻材料を購入しました。130歳まで生きるつもりだったのでしょう。

こうして見ると、お酒もまんざらではありません。しかし、多くの人々の健康を損ね、社会的問題をおこしていることも事実です。お金や名誉と同様、善にもなれば悪ともなるのです。皆様も〝ほどほど〟にお楽しみください。

葛根湯医者

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令和2年1月14日

 

落語に江戸時代の「葛根湯かっこんとう医者」というお話があります。

患者が「風邪を引いた」といってやって来れば葛根湯、「下痢げりをした」と訴えれば葛根湯、湿疹しっしんが出たと騒げば葛根湯と、葛根湯以外は処方しない医者がいたのでしょう。ところが、ほとんどの病気が葛根湯だけで治っていったというのですから、この葛根湯医者もバカにはできません。

どうしてかと言いますと、葛根湯はくずの根・麻黄まおう生姜しょうが大棗たいそう芍薬しゃくやく甘草かんぞうなど、体を温める生薬で作られているからです。葛根湯を服用すると、体が温まり、汗が出て風邪はもちろん、頭痛や肩こりも消えるのです。また下痢や湿疹にも効を奏します。実は、あらゆる病気は〝冷え〟から生じるという説があるくらい、体温の低下は健康を損ねるとされるのです。

ところが、現代人は健康体温の36・5度を保っていない人が急増しています。中には36・0度にも満たない35・0度台や34・0度台の人までいます。34・0度といえば、水に溺れた人が回復するかどうかのギリギリの体温です。では、どうして体温が低いのかと申しますと運動不足やストレスもありますが、夏の冷え過ぎるクーラーやシャワーだけの入浴、体を冷やす南国の果物や冷たい飲み物、医薬品(科学物質)や食品添加物などが考えられます。シャワーは体を逆に冷やしてしまいますし、冷蔵庫で冷えたペットボトルの水やお茶を飲むのも日常的です。これではますます体を冷やしてしまいますから、健康体温を保つ工夫は、現代人の急速な課題といえましょう。

私はまず風邪を引くことはありませんので、葛根湯は服用しません。ただ生姜しょうがばかりはすりおろして常備しています。それを味噌汁・豆腐・煮物・いため物・飲み物など、何にでも加えています。まさに「生姜さまさま」で、生姜がなければ「ショウガナイ!」のです(笑)。

何度もお話しますが、僧侶は声を出すのが仕事ですから、風邪を引いてのどが荒れてはどうにもなりません。皆様もぜひお試しになってください。

雨ニモマケズ

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令和元年12月27日

 

宮沢賢治は熱烈な『法華経』の信徒でした。「雨ニモマケズ」のあの詩は、その信念をつづったものなのでしょう。ただ、文中の「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」がとても気になります。玄米四合ともなれば茶碗八杯分で、明らかな食べ過ぎです。

私はほとんど外食をしないので、自分で食事を作っています。最近では玄米や雑穀米の食事も増えました。だから、そのおいしさも栄養もよく知っています。しかし一合でも余るほどで、とても四合は食べ切れません。四合を食べるとなれば、よほどの大食漢です。たぶん、これが37歳で亡くなった理由です。

逆に、「味噌ト少シノ野菜」より、「多メノ野菜」の方がいいのではないかとさえ思っています。野菜の効用については、まず悪く言う人はいません。特に、朝食に野菜サラダや野菜ジュースをすすめる医者がかなりいます。あるいは、今の栄養士がこれを見れば、「一日ニ玄米一合ト味噌ト、多メノ野菜ト少シノ小魚ヲトリ」ぐらいをすすめるかも知れません。

昔の武将は玄米のにぎり飯ばかりで、重いよろいや刀剣をまとって戦場をめぐりました。飛脚ひきゃく駕籠かごかきもそうでした。現代人はこれほどに栄養をとり、世界中の料理を楽しんでいるのに、どうしてこうも疲れるのでしょうか。昔の人にストレスがなかったはずはありません。私たちは、改めて食事のあり方を考える必要がありそうです。。

戦後に日本人の寿命が延びたのは、肉食のおかげでしょう。栄養もカロリーも豊かで長命になりました。しかし、病気は増えました。いくら寿命が延びても、健康でなければ意味がありません。特に高齢者は本来の和食を中心に、時おり肉食をするぐらいがいいように思うのですが、いかがでしょう。

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