炎天下の布施行
令和2年8月19日
いま、あさか大師の僧侶数名が土木作業の奉仕をしています。今日は生コン車が来て、打ち込みをしました(写真)。私も午前中はいっしょに手伝いましたが、この炎天下で両腕が真っ黒に日焼けしました。お護摩の時間にはお参りの方が見えましたので、私は本堂に戻りましたが、僧侶の皆様は大変でした。外気温は、当地でも36度を超えていました。お大師さまはこの布施行をどのようにご覧になったでしょうか。

あくまで推測ですが、お大師さまが高野山を開かれた当時、お弟子さんたちの生活は似たようなものであったと思います。真言念誦や修禅瞑想の修行といえども、小屋のようなお堂から始まったはずです。山内の整備だけでも、並みの心労ではありません。ましてやお大師さまのご生前は、根本大唐も金堂も完成してはいませんでした。高野山の夏は涼しくとも、冬は酷寒のきびしさです。食料にさえ困窮していたに違いありません。
何ごとも同じですが、見た目の立派さは、目には見えない努力の積み重ねによって成し遂げられるのです。修行らしいことも大切ですが、このような影の支えがなければ、どんな誓願も達成できません。この功徳を大いに讃えたいと思います。
今日のあさか大師
令和2年8月16日
今日は第三日曜日で、午前11時半より金運宝珠護摩、午後1時より光明真言法要がありました。静岡で観測史上初の40・9度をはじめとして、全国的な猛暑日でした。コロナウイルスの不安が続きながらも、常連の皆様はお参りにお越しくださいました。読経の声にも、暑さに負けぬ勢いがありました。
一度お護摩を修すると、全身が汗だくです。それでもお参りいただいた皆様の願いに答えようと、特に〈金運増大〉を中心に祈りを込めました。写真はまだ、さほどに炎が高くない時のものです(間を空けて座っていただきました)。

また、午後の法要の後、二名の新発意(仏門に入ることを決意した方)の得度式を挙行しました。黒衣も初々しく、袈裟も様になっていませんが、これから修行を重ねるたびに似合って来ます。これが礼拝の功徳、読経の功徳、そして何よりお大師さまの功徳というものです。私はそのことを、得度式の後の楽しみにしています。いつもながら、忙しい日曜日でした。

月始めの光明真言法要
令和2年8月2日
昨日と今日、月始めの光明真言法要(総回向)がありました。コロナウイルスの感染者数がまた増大し、心配して遠慮した方もおりますが、常連の皆様はまずまずお参りにお越しくださいました。この頃は子供さんたちも見えて、お母さんといっしょに可愛らしい声で読経しています。なるべく間隔を空けていますので、手狭に感じました(写真)。

僧侶の方が増えましたが、私は僧侶の皆様にこそ先祖供養に励んでほしいと、常に願っています。僧侶の方は檀家の葬儀や法事はしっかりと勤めますが、自分の家の先祖については、あまり熱心ではありません。ましてや、母方にいたっては、ほとんど関心すらありません。まさに「坊主の不信心」です(笑)。「医者の不養生」「易者の身のうえ知らず」と並んで、足もとはなかなか見えないという代表的な例証です。
このブログを読まれた僧侶の方は、こうした熱心な在家ご信徒を見習っていただきたいものです。住職の行いはいつとなく、どことなく、檀家の皆様は見ているものです。住職がお手本を示しもしないで、檀家さんにばかり先祖供養を強いるのはおかしなことです。また、檀家さんがお寺に寄りつかなくなるのも当然のことです。
私も住職としてお導師を勤めながら、後ろに座っていらっしゃるご信徒さんに、常に教えられ、励まされています。どうか、肝に銘じていただきたいと思います。恐惶謹言。
コロナ対策
令和2年7月19日
本日は第三日曜日で、午前十一時半より金運宝珠護摩(写真)、午後一時より光明真言法要を奉修しました。
コロナウイルスの感染者がまた増えましたので、お参りを遠慮している方もいらっしゃいますが、まずまずの方がお越しになりました。午前のお護摩では僧侶の方が「弘法大師御尊像」をお持ちになり、開眼祈願もなさいました。

ところで、コロナ対策でありますが、マスク・手洗い・アルコール消毒はもちろん、間隔を空けて座るよう努めています。また、加湿器に消毒液を入れて空中に噴霧しています。写真の左上にあるブルーの容器がわかりますでしょうか。
社会が活気を失い、コロナに加えて豪雨被害、これからどんな災害がやって来るとも限りません。法螺の音を響かせ、力強いお護摩を奉修して、元気になるよう祈りました。また、玄間には常滑大壺にドウダンツツジの大枝を挿し込み、植物パワーもいただきました(写真)。
皆様、大いに元気をいただいてお帰りになったと思います。終って「ゆうメール」の封書入れ、いただいたお手紙の返信、熊本県ご信徒へのお見舞い電話、今日も忙しい一日でした。

盂蘭盆会法要
令和2年7月5日
あさか大師では昨日と本日、午前11時半にいつものお護摩を、午後1時には早くも盂蘭盆会法要を修しました。新型コロナウイルスの感染者数が再び上昇し、参詣を断念した方々もいらっしゃいますが、まずは集まった皆様と共に精霊回向の法要を修しました。そして、お施餓鬼の説明をして(写真)、全員でその作法も修しました。

得度をなさった僧侶の方々も声明に慣れ、お稽古の成果がよく出ていました。努力が実ってすばらしいと思い、よかったと思いました。ただ、私の法要に対する考えは、参詣者の方々との一体感を重んじることです。立派な声明や『理趣経』の読誦も大切ですが、「在家勤行式」を活用して、僧侶と参詣者が共に読経することが肝要ではないでしょうか。参詣者の方々は、皆様とても熱心なので、太鼓の響きに合わせて光明真言が堂内に遍満します。その唱和は「おみごと」としか言いようがありません。
今月はまた三名の方が得度を受けますので、法衣の着用を指導したり、その打合せをしました。また、加行(教師になるための修行)の伝授もしました。すべてが終わった後は、さすがに疲れました。今日はこれで失礼させていただきましょう。
桜大臣
令和2年3月28日
あさか大師となりの桜が本日、満開となりました(下写真)。ただ新型コロナウイルスの影響で、お花見に訪れる方は少ないようで、とても残念です。
私は毎日、このみごとな桜を〝独り占め〟しています。幕末の漢学者・頼山陽は自らの住居を「山紫水明処」と名づけ、京都・東山三十六峰を独り占めしました。そして、「われ関白なり!」と豪語してはばかりませんでした。私も特別に拝観を許された経験がありますが、当時はたしかに京都三十六の名山をすべて見渡せたことだろうと実感しました。私は関白までとは行きませんが、桜に囲まれるまま、「われ桜大臣なり!」ぐらいを語れるかも知れません。

日本人ほど桜を愛で、詩歌や物語に取り上げている民族はほかにありません。日本人は世界一桜好きの国民なのです。そして「花は桜木、人は武士」と、美しく散ることを潔しとした武士にもてはやされました。その紋も例外ではなく数百種を超えるとまでいわれています。ただ、実際の使用している例となると、意外に少ないことに驚きます。それは散ることを悪い意味で受け止め、家紋としては避けたからかも知れません。
私が知っている著名人では原 敬・山縣有朋・吉田茂・与謝野晶子・吉永小百合といった方々です。また、土俵の幕に染めぬかれているとおり、日本相撲協会も桜紋です。寺紋としては何といっても吉野の金峯山寺でしょう。また奈良・唐招提寺や西宮・神呪寺(お大師さまの弟子であった如意尼の開山)なども桜紋を使用しています。
私は潔く散ることには何の異存もなく、今日のような満開の桜を見ながらあの世へ往ければ、何の不足もありません。むしろ、それを楽しみにしているほどです。あさか大師を「香林寺」と号し、桜の寺紋を選んだのも、こうした願いがあってのことでした。
まだ、間に合います。このブログを読んだ方は、ぜひお花見にお越しになってください。改めてあさか大師の寺紋も載せておきます(下写真)。

春分の日
令和2年3月20日
昨夜からお大師さまの正御影供(お姿の御影を供養する法要)の準備にかかり、御影のお持物(水瓶・木履・念珠)を供えました。こうしたお持物は、今や高野山にすら残っていません。かつて、私が『弘法大師御影の秘密』(青山社)を執筆した時に発願し、作成していただいたものです(下写真手前)。
また、仙菓の礼奠として十種類の霊薬もお供えしました。これはお大師さまがご入定される前、五穀を断っていた折に召し上がっていたであろうと思われる物を、私なりに選んだものです(下写真奥の白い高坏)。お大師さまのご著書を読みますと、いかに漢方に通じていたかという事実に驚かされます。いったい、いつの間にあのような勉強をなさったのか、不思議でなりません。

このような準備のもと、本日の午前十一時半より正御影供の法要を迎えました。得度をした僧侶の皆様も、だいぶ声明(ご真言や経典の曲)に慣れていただいたようです。またお導師の私が祭文を唱え、全員での勤行も加えました(下写真)。

続いて午後一時からは、春彼岸法要、その後は春彼岸の水子供養も奉修しました。春彼岸法要では大勢の方々がお参りし、それだけに読経の勢いがありました(下写真)。そして法要の後、一年間の祈りを込めた光明真言の〈お土砂〉を授与しました。白い小さな砂粒ですが、この一粒一粒が如意宝珠と化現したものです。

そして水子供養の後は、二名の新発意(仏門に入る決意をした方で、白い奉書を胸にしています)の得度式を挙行しました。まだお袈裟の着用が、サマなっていないのはやむを得ません。無事に修行をまっとうしていただきたいと念じています(下写真)。

忙しい一日でした。今日は写真でお伝えした方がよいと考え、文章はこのへんで留めます。ご助法いただいた僧侶の皆様、お参りいただいたご信徒の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
お金の神さま
令和2年2月16日
本日は第三日曜日で、午前11半より金運宝珠護摩供を修しました。皆様、お金のこととなると特に熱心で、真剣でした。また、助法の読経にも力がこもっていたように思います(写真)。

お金のことで、私がいつもお話していることは、とにかくお金の神さまに好かれることに尽きましょう。お金の神さまに好かれるためには、お金を大切にすることです。だから、お金に感謝し、お金をていねいに扱うことです。お財布の中をカードやレシートでパンパンにして、それを尻ポケットに入れているようでは、お金が呼吸できません。また、お財布は常にきれいにして、お金が気持ちよく入っていられるよう心がけることです。私の場合はさらに、お金の神さまへの礼儀としてお香をも入れています。
そして、コンビニでもスーパーでも、お金を支払う時は心を込めて「行ってらっしゃい」と声をかけることです。お金はその言葉を喜んで受け止め、いつかまた返って来るからです。よく、折れたお札をまるで投げ捨てるように支払う人がいますが、お金の神さまから見捨てられた人です。そんな人がお金に恵まれことは、絶対にありません。
次に、お金が欲しいからといって、お金を追いかけてはなりません。お金は〝ついて来る〟ものだからです。どういうことかと申しますと、お金の神さまに好かれるということは、世の中の人々にも好かれるということだからです。世の中の人々が喜ぶことをすれば、お金は結果として後からついて来るのです。世の中の人々が喜ぶ商品や技術、情報やサービスを提供していれば、報酬はおのずから高まりましょう。
その証拠に、どうしたらお金が儲かるかと、そればかり考えている人は決してお金には恵まれません。また、他人が損をすれば自分が儲かると、そう考えている人は決してお金には恵まれません。たとえ一時的に儲かることがあっても、すぐにボロが出るからです。その視点で世の中を見れば、誰にでもわかることです。
僧侶の私がこんなお話をするのも、今時の風潮とご承知ください。昔の僧侶はよく、お金にさわることすら嫌ったものでした。でも、私のお金に対する考え方が間違っているとは思いません。そうではありませんか、皆様。
開運星祭り
令和2年2月9日
今日は年頭最後の行事として、「開運星祭り大護摩供」を修しました。ちょうど満月にあたり、ご祈祷には最高の日となりました。また、神戸・鹿児島・沖縄などの遠方からも僧侶の方々が集まり、ご信徒の皆様もたくさんお参りくださいました(写真)。

星祭りは厄よけ・災難よけと同様、直接に自分や家族のこととなりますので、大変に関心が高いようです。また、私が『当年星供秘要次第(本地金輪護摩付)』(青山社)を刊行し、各地で伝授をして以来、星祭りを年中行事とするお寺さんも大変に増えました。万年歴を用いて節分・立春を確認したり、旧暦での誕生日から宿曜を選出することにも、慣れていただいたように思います。特に二月三日や四日生まれの方は、万年歴で正確な節分・立春を調べる必要があるからです。
現在の星祭り行事は、ほとんどが〈当年星供〉といいまして、その年に巡って来る当り星を祈願します。そして、星祭りにはお護摩がつきもです。しかし、経典を調べますと〈当年星供〉にはお護摩の次第がありません。このような場合は〈本地護摩〉といいまして、当年星の本来のお姿である本地仏(金輪さま)のお護摩を修します。
私が残念に思うのは、星祭りといいながら、お不動さまのお護摩を修しているお寺さんが多いことです。これでは星祭りのお護摩にはなりませんので、ぜひ、正しい本地護摩を修していただきたいと念じております。
星祭りの後は、お二人の方に印可を授け、さすがにクタクタになりました。今夜は早めに休ませていただきましょう。
野球部の参詣
令和2年1月5日
本日は地元中学校野球部の練習始めで、ジョギングをしながら参詣に見えました。コーチの先生も部員の方々も礼儀正しく、一同で「必勝祈願」を受けました。「ご本尊は高野山を開かれた弘法大師空海さまです」と説明しましたら、スグに理解したようでした(写真)。

私の持論の一つですが、社会に出てリーダーシップを発揮する人は、たいていは部活で活躍した方です。授業や学習塾での勉強も大事ですが、他人とのつき合い方や強い精神力は部活によって養われるからです。
特に今時は正しく「気をつけ!」をしたり、「回れ右!」すら出来ない子供たちが多いのに驚きます。また、あまりに声が小さく、元気のない子供たちが多いのも事実です。スポーツや武道に励めば、こうした問題は自然に解決します。
何をするにも、姿勢が悪くては上達しませんし、人の元気さは声に出るのです。声の大きい人は体力があり、よく働くことも間違いありません。人選で、もし二人の中からどちらかを選ぶとすれば、声の大きい方を選べばよいと私は思っています。
祈願の後、再びジョギングで学校に向かった部員を、私は励ましながら見送りました。やがて社会に出て、立派な指導者になってくれることを願ってやみません。

