男と女はどこが違うのか

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人間

令和2年6月5日

 

私は自分が受けてきた教育の中で、最も不満に思っていることが一つあります。それはまた、特にこれからの学校教育の中で、ぜひ採用してほしいと思っていることでもあります。これさえ採用されれば、そして実際に授業として教育されれば、多くの問題が解決するのではないか、多くの犯罪すら減るのではないかと、そこまでも考えているのです。

では、その教育とは何であるかと申しますと、「男とは何か、女とは何か」という男女学のことなのです。つまりこの世に存在する男性と女性の違いを、子供の時からしっかりと教育すべきだということです。そうすれば多くの問題や犯罪は、相当に消え去るのではないかと、そのように考えているのです。

そもそもこの世の多くの問題や犯罪は、男女の違いについての無知に由来することは間違いありません。それほどに、男性と女性は〝別の生きもの〟なのです。体や脳の構造はもちろん、思考も感情もまったく違います。ところが、これについて私たちは家庭ではもちろん、学校においても何ひとつ教育されずに何十年も生きているのです。男女の問題こそは、人生で最も大切な課題です。生きていくうえで、何よりも知らねばならないことなのです。しかし、私たちはそんなことも知らずに学校を卒業し、就職して結婚します。そして男女が同じ職場で共に働き、一つ屋根の下で共に暮らしています。問題や犯罪が生じるのは当りまえです。

かつて、『話を聞かない男、地図の読めない女』(平成12年・主婦の友社刊)という本がべストセラーになりました。同書はオーストラリアのアラン・ピーズとバーバラ・ビーズ夫婦による共著で、「男脳・女脳テスト」も付き、特に男女の脳の違いからするどい結論を引き出しました。ビーズ夫婦は、その序文でこう語っています。「この問題の根本原因は、男と女はちがうという単純な事実に尽きる。どちらが良い悪いではなく、ただちがうのである。これは科学者、人類学者、社会生物学者には常識でありながら、あえて世間には知らされてこなかった事実だ。というのも、人種や性別、年齢などで人間を差別しない、つまり、『政治的に正しい』ことをめざす社会では、そんなことを口にするとつまはじきにされるからだ」と。男女の違いを語ることは、民主主義や男女平等に反するという世論に一石を投じた、勇気ある意見です。

当時、私もこの本をきっかけに、男女の違いを語った書籍をいくつか読みました。その頃のメモ書きには、「りない男、反省しない女」「男の手のうち、女の胸のうち」「男の願望、女の期待」などと残っています。そして自分が男女の違いについて、いかに無知であったかも気づき始めました。男女は協力し合うことはできても、理解し合うことはなかなかできません。夫婦も、恋人どうしも、職場の男女も、みな同じなのです。くり返しますが、この世の多くの問題は、男女の違いについての無知に由来することは間違いありません。このお話はさらに続けますが、明日と明後日は忙しいので、ちょっと。

山路天酬密教私塾

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