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自然
令和8年6月12日
梅雨の時節、紫陽花ほど似合う花はありません。うっとうしい気分も、この色彩には癒されます。立ち姿もかがんだ姿も、野山でも庭内でも、共にいいものです。

昭和の詩人・三好達治の代表作に「乳母車」があり、私は高校生の頃によく声に出して読んでいました。
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
「もののふるなり」とは、淡くて切ない慕情が雨のようにしとしとと降りそそぐという意味です。ただ、このような言葉の解釈だけではすまされない、語感の深奥が感じられてなりません。淡い色彩が刻一刻と微妙に変ずる姿は、あやしいほどに迫るからです。
紫陽花の「陽」は光であり、おりおりの輝きです。「ふる」は降るであり、美の降臨です。光の中で花の精が色となり、音となってこの地上に化現したのです。さらさらと発するその刹那、人は歩み止めて目をうばわれましょう。
一枝を古器に移し、本堂に飾りました。悲しみが昇華し、諸仏が歓喜し、比丘比丘尼が讃え、善男善女みな微笑むばかりです。「もののふるなり」と。

