続・仏様との感応

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令和8年6月10日

 

真言密教ではお導師が修法を始めるにあたって、お不動様(写真)の真言を唱えつつ「弁供べんぐ」という作法をします。これは法具がきちんと配置されているかを確認する作法なのですが、もちろん前もって準備をしているのですから、確認するまでもありません。しかし、だれが準備をしたにしても、お不動様がお導師に代わって準備をしてくださったという観念に立つことが大事なのです。お不動様は常に、奴僕ぬぼくとなって働いてくださるご誓願せいがんをお持ちなので、すべてはお不動様のおかげで準備が整ったのだという感謝の気持ちがなければなりません。

このことは祈願をするにも、回向をするにも、きわめて大切な心がけです。この心がけがないかぎり、仏様との感応は成就しません。祈願をするにも、回向をするにも、それは仏様の導きによってなされるということを忘れてはならないからです。読経をするのも、私たちが仏様の声をお借りするからできるのです。

先祖供養も同じです。私たちが先祖供養に関心を持つのは、仏様が先祖の姿を通じて導いてくださるからです。このことを忘れては、どんな知識も、どんな作法も、信仰の本質とは何の関係もありません。私たちが祈ることができるのは、実は仏様が祈ってくださるからです。この真実を得心した時、仏様との感応が成就するからです。

 

*筆者の提唱する先祖供養に関心のある方は、前回・前々回のブログをご覧のうえ、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。

山路天酬密教私塾

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