あさか大師長野別院の開山
令和4年11月28日
昨日、あさか大師長野別院・龍嶽山蔵光院が開山し、その落慶大護摩供法要が修されました(写真・中央のお護摩導師が筆者)。長野県は新型コロナの感染者が増大し、落慶そのものすら危ぶまれた状態でしたが、魔事なく終了することができました。院主の宮本覚匠師(写真左端)をはじめ、関係各位のご配慮には深く御礼を申し上げます。
宮本院主は若くして中国・台湾・アメリカにて整体やカイロプラクチックを学び、やがて比叡山にて得度し、後に高野山真言宗に移籍。3年前に私と出会い、加行(基礎修行)と入壇(住職資格の習得)を果たし、新寺建立を発願しました。落慶に当たっては、あさか大師からも3名が参集。また弟子の方々が一途に支え、来賓や友人の方々も列席しました。
弘法大師に「法は人によって弘まり、法は人を待って昇る」という名言があります。つまり、正しい教えは人によって弘まるのであり、人はまたその教えによって成長するという意味でありましょう。正しい教えも、すぐれた人材がなければ世に知られることはありません。求道に燃えた僧侶の布教こそ、大切だということです。
私は宮本院主の懸命な努力が、やがて立派な実を結ぶことを信じてやみません。そして、このお寺に集まる多くの人々が苦難を乗り越え、生きることの喜びを知っていただきたいと願っています。大変に気さくで、親しみやすい院主です。特に長野県の方々には、ぜひお参りしていただきたいと思います。カイロプラクチックの施術も一流ですが、よいお話がたくさん聞けることでしょう。
金運護摩のおすすめ
令和4年11月20日
本日は第三日曜日で、午前11時半より月例の金運宝珠護摩があり、大勢の方がお参りしました(写真)。
コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、また円安の中で、私たちの生活はますますきびしいものになっています。そして、現代の生活にお金というものがいかに大切であるかは、お話するまでもありません。お金は自分自身の分身であり、また社会が自分というものを評価する目安でもあります。それだけに、お金を「キタナイもの」であるとか、「お金持ちはみな悪い人だ」などと考えてはなりません。
お金は社会に何を与えるかで、その報酬として自分に与えられます。お金持ちと呼ばれる方は、必ず人が欲する何かを、人が喜ぶ何かを社会に与えています。だから、与えずして得たお金は、必ず返さなければなりません。ギャンブルで財をなすことはありませんし、悪いことをしてお金を得た人は、いずれは償いを強いられます。これがこの世の中のルールです。
私は皆様の金運を高めるべく、宝珠護摩をはじめ、霊符神や龍神への祈願に力を入れています。これは皆様が持っている何かを世の中に役立て、金運がアップすることを願っているからです。真言密教の祈りは、必ず皆様の背中を押していただけることでしょう。このブログを読んだ方は、ぜひお参りにお越しください。お参りはどなたでも自由です。あさか大師の金運宝珠護摩で、強いパワーをいただいてください。
なお、本日はこの後に傳法灌頂という秘儀がありました。一定の修行を終了した僧侶の方々が、お大師さまの直接の弟子となるための儀式です。遠くは岡山や広島からも参集されました。ただ宗門のルールで、この様子を公開することはできません。参集した僧侶の方々が、さらなる修行に精進なさいますことを願っています。
生きていくことの根本
令和4年11月6日
あさか大師では昨日と今日、月初めの総回向を修しました。皆様が熱心にお参りされ、僧侶も助法に勤めました(写真)。
私が先祖供養を重んじるのは、人が生きていくことの根本であるからです。ホームページの「先祖供養」欄にある樹木の図を見てください。人を一本の樹木に喩えるなら、太陽の光が信仰のご加護です。お護摩や加持祈祷のパワーです。またよい収穫を得るためには枝おろしをして風の通りをよくし、害虫を除かねばなりません。それが占いでいう方位や家相、墓相や名相(名前の画数)です。しかし、何よりも大切なのは地中の根です。根が弱くして、豊かな実りは望めません。まさに根本であるからです。
根は父方と母方に別れ、祖父母、祖祖父母へとつながります。一般に先祖供養というと、自分が名乗っている姓家ばかりに片寄りますが、血の流れが運命の流れであることを知らねばなりません。つまり、自分自身のルーツです。だから、父母の両家の供養を心がけることが大切です。
この父方・母方の両家を供養すると、人生の開運にサポートを受けることは間違いありません。あさか大師にご縁のあるたくさんの方々が、この両家の先祖供養に励んでいます。このブログをご覧の皆様にも、ぜひ参加していただきたいと思っています。お電話をいただけますれば、詳しく説明をいたします。よいご縁がありますように。
あの世に持ち越せる唯一の財産
令和4年10月30日
あさか大師は来年、開創五周年を迎えます。そこで、境内拡張事業を立案して隣接地120坪を購入し、すでに土木工事に着工しました(写真)。取りあえず、しばらくは駐車場として活用する予定です。
まわりの方々からは、「よく買えましたね」とか、「ずいぶんお金があるのですね」などと言われます。実は、ご寄進を仰いではいますが、とぼしい財力で土地を購入するのは、大変な難儀でした。売り手があってのことですし、資金の調達には心労を重ねました。さらに、土木工事も高額を要します。
しかし、仏教の考え方からすれば、この土地も建物も、私は自分のものでも寺のものでもないことを心得ているつもりです。登記上の所有は法律上の規則であって、いわばこの世での預かりものであるからです。そして、それはこの世におけるすべての所有に対しても、まったく同じであることを知らねばなりません。「所有するものは何もない」と断言するのが『般若心経』の教えであるからです。
私たちは、何かを手に入れるために生きています。そして、働いています。それはお金や財産のためであり、地位や名誉のためでありましょう。それは時には苦しみであり、時には喜びでありますが、そうした目的に向って進むことが、いわば生きがいといえるはずです。生きがいを持つことはとてもよいことですし、生きがいを持つことが、すなわち人生の幸せに等しいことは間違いありません。
しかし、どのような財産も名誉も、あの世には持ち越せませんし、次世代が相続しても、いずれ手放すことなるのは眼に見えています。すべては移り変わるのであり、すべては無常なのです。つまり、一切は仮のものだということです。預かりものだということです。所有するものなど、何もありません。その仮のものの中で、あの世に持ち越せる唯一の財産を、私は〈徳〉と呼んでいます。徳とは世のため人のための〝貯金〟です。徳のために生きることは、人生最後の生きがいであると私は信じています。
今回のこの土地も、世のため人のために役立つことを願ってやみません。徳が積めるとは、何という幸せでしょうか。人は自分のため、家族のために生きていますが、同時に世のため人のためにも生きているはずです。そして、あの世に持ち越せる唯一の財産を、仏教では〈功徳〉と呼んでいます。
なお、「あさか大師開創五周年記念事業」として、皆様より一口5000円でのご寄進をお願いしています。お心をお持ちの方は、ホームぺージ〈お問い合わせ〉よりご連絡ください。案内書と郵便振込用紙をご送付いたします。より多くの皆様に、功徳がありますように。
密教修行への道
令和4年10月21日
本日は二名の方が出家受戒し、密教修行への新たな歩みを開始しました。大変に緊張した様子でしたが、何度もの礼拝をくり返して、お大師さまへの誓いを立てました(写真)。
最近はお若い方はもちろんですが、定年後は仏道修行をしたいと希望している方が増えています。ただ、仏門に入ろうとしても、それだけの縁がなければ叶いません。また歴史ある本山は敷居が高く、費用も大変だという声も聞きます。仕事も休まねばならず、髪をおろして剃髪をするのも、(特に女性は)むずかしいはずです。
私はこうした要望に応えるべく、あさか大師での僧侶志願者を募集しています。剃髪の義務もなく、仕事をしながらでも本格的な修行が可能で、賁用にも充分な配慮しているユニークな寺院であると自負しています。まだ4年目でありますが、すでに36名の方が入門しました。ご希望の方は、お問い合わせください。
日本の仏教には大きく分けて二つの流れがあります。心の真如を自らが求める自力派が一つで、禅宗がその代表です。また、あくまでも阿弥陀さまの救いを信じる他力派もあり、浄土宗や浄土真宗がその代表です。では、真言密教はどちらのかといいますと、実はいずれでもありません。自力と他力を融合した、いわば加持力派なのです。自分の努力も必要ですが、あくまでお大師さまの救いを信じるところに、その極意があります。
私は毎日のお護摩によって、また病者加持や先祖供養によってそのことを実証して来ました。ぜひ、多くの方にその加持力を知り、また体験していただきたいと念じてやみません。皆様からのご連絡をお待ちしています。
お金は後からついて来る
令和4年10月16日
本日は第三日曜日で、午前11時半より金運宝珠護摩を奉修しました。弟子僧の一人は遠く神戸から来山くださり、いっしょに助法をしていただきました。本日はお護摩の炎が一段と高く舞い上がり、このきびしい円安を乗り越えられるよう祈願を込めました(写真)。
真言密教は神聖な悟りを求めることと、世俗のご利益を求めることを、同じ目的として考えます。それはすぐれた経営者が、宗教家のような言葉を残していることからも理解できるのではないでしょうか。私は今年8月に他界した京セラ名誉会長・稲盛和夫さんの本をかなり読みましたが、同じことをいつも感じていたものでした。
経営者は利益を上げねばなりません。事実、稲盛さんは「経営の神さま」と呼ばれ、また億万長者でもありました。では、いつも利益のことだけを考えていたのかというと、まったく反対でした。経営の念頭にあったのは、いかにしたら世の中に役に立てるか、いかにしたら人に喜ばれるかだったのです。そして、臨済宗妙心寺派の僧侶として出家(得度)し、雲水(禅宗の修行僧)として托鉢も体験しました。
世の中の役に立ち、人に喜ばれるためには、人の心を学ばねばなりません。そして、心を学ぶとは修行そのもの、悟りそのものにほかなりません。すぐれた経営者はその悟りをもって世の中の役に立ち、人に喜ばれ、それによって大きな利益を得ているのです。利益を追いかけるのではなく、利益が追いかけるのです。つまり、お金は後からついて来るからです。
私は金運護摩に参加される皆様にも、お金は後からついて来るものであることをお話しています。経営のことはわかりませんが、自分のこの考えに間違いがないという、確信はあります。そして、どなたにでも納得していただけるという自信もあります。「経営の神さま」に聞いてみてください。
そうじの功徳
令和4年10月2日
あさか大師では昨日と今日、月初めの総回向を挙行し(写真上)、その後に大そうじをしました(写真下)。年末は忙しくなりますので、「早いうちに」というのが、その狙いです。昨日は天井と柱の拭きそうじを、今日は壁そうじを、弟子僧が中心になって実行しました。本堂は毎日のお護摩で黒づんだ、一年分のスス汚れを落としたことになります。
ところで、私はものごとに悩んだ時やうまくいかない時は、そうじをするよう勧めています。それは心の苦しみはその心で解決するのではなく、かえって体で解決した方がよいと思っているからです。体を動かしてそうじをしたり、ウォーキングやスポーツをすると、気持ちもリフレッシュして、意外な解決策を見い出します。
それに、ものごとはまず、悪いものや汚いものを取り除き、その後にいいものを取り入れるという絶対ルールがあることを忘れてはなりません。健康食品やサプリメントをいくら取り入れても、腸の中が汚れていては効果は得られないはずです。「出し入れ」や「出入口」という言葉は、先に出すことの重要性を示しています。わかりますよね。
また、みんなで協力してそうじをすると、不思議なほど団結力が増し、交流も深まります。普段はおつき合いのうすい近所どうしでも、〈町内清掃〉をすると、このことが理解できましょう。「断・捨・離」も「片づけの魔法」も流行語になりましたが、これが「そうじの功徳」なのです。
よい家庭もよい職場も、まずはそうじからです。極意とは、きわめてありふれた、平凡な行為にあることも知りましょう。今日のブログは最初、「そうじの効用」としましたが、「そうじの功徳」と改めた意味をどうかわかってください。そうじには仏さまのような功徳があるのです。
結縁の不動明王
令和4年9月25日
あさか大師の本堂に、大きな不動明王(お不動さま)の尊像が運ばれました。高さ1・5メートルの木彫り立ち姿で、すでに長年の祈りが込められた尊像です(写真)。
この不動明王は今年7月24日に他界した、私の友人が護持していたものです。私はかつて、毎月28日をこの尊像の例祭日と決め、友人の自宅(大田区南馬込)まで出仕してお導師を勤めていた時期があります。それだけに、私にとってはご縁の深い尊像ということになります。
この友人は若い頃に曹洞宗にて得度をして雲水(禅宗の修行僧)も経験したほどで、毎日の読経も欠かしませんでした。また八丈太鼓(八丈島の郷土芸能)のすぐれた指導者であり、その四十九日法要については、このブログの9月10日に書いておきました(「四十九日の回し打ち」)。
友人からは、他界する3ヶ月前に電話がありました。そして自分の葬儀導師と、この尊像をあさか大師に安置してほしいという二つの依頼を受けました。この時、友人は主治医より余命二カ月という宣告を受けていましたが、私はさっそく霊符で延命祈願に入りました。二カ月を経た頃、私の方から電話をしましたら、「まだ元気です」と言いましたので、私も喜んだものでした。そして、その一か月後に友人は他界しました。私にとっては思い出の多い、かけがいのない友人の一人でした。
お寺に仏像を安置することは、単に買い求めればよいというわけにはいきません。それなりの由来やご縁が必要です。私は友人より依頼を受けた時、迷うことなく快諾したのは、すでに私の読経や祈りが込められた〈結縁の不動明王〉であったからです。今後はあさか大師でも、明王の威力が躍動すること念じています。また、新しい歴史が始まりました。
秋彼岸とおはぎ
令和4年9月23日
本日は秋彼岸の中日で、あさか大師でも午後1時から秋彼岸会法要を修しました。回向殿にはたくさんのお塔婆が立てられ、光明真言によって多くの精霊に供養を捧げました(写真上)。
法要は僧侶によって声明や『理趣経』が唱えられ、続いてご信徒の方々と共に勤行をしました。実は、秋の彼岸は私の母の命日でもあります。毎年、私は母が好きだったおはぎを供え、お集りの皆様に布施をすることを、もう何十年も続けて来ました(写真下)。母が喜んでいるように、自分でも感じます。
蛇足ながら、春の彼岸には牡丹が咲くので「ぼたもち」といい、秋の彼岸は萩が咲くので「おはぎ」といい、どちらも同じものです。ところが、地方によってはこれを「半殺し」と呼ぶのには驚きました。もち米を餅になるまでつくのではなく、半分までつぶすので半殺し(!)と呼ぶそうです。
このお話は落語で聞きました。遠来のお客さんを客間に通した後、「せっかくのお客だから、半殺しにしよう」などど夫婦で口にしてはなりません(笑)。そのお客さんはあわてて逃げ出すことでしょう。それに、お彼岸に半殺しとはおだやかではありません。彼岸はご先祖に供養を捧げる日です。供養を捧げて、その後にお召し上がりを。
天上の花
令和4年9月21日
あさか大師桜並木の傾斜に彼岸花が咲きました。昨年はまだまだ乏しい数でしたが、今年はかなり増えています。台風で全滅するかと心配しましたが、ほんの一部を除いて何とか立ち姿を維持してくれました(写真)。
別名を「曼珠沙華」といいますが、これは『法華経』法師功徳本に記載される「天上の花」という意味の仏教用語です。おめでたいことがある時、天から赤い花が降臨して来るとされ、本来は大変に縁起のよい花なのです。
ところが、日本ではよくお墓に植えられたため、かつては「死人花」や「幽霊花」などと呼ばれて嫌われました。私の郷里ではごく近年まで土葬(火葬をしない柩のままの埋葬法)の習慣が残り、土盛りした上によくこの花の球根を植えました。これはもちろん、土盛りが崩れないためと、モグラや野ネズミに荒らされないためです。同じ理由から田んぼの畔などにも植えられました。今でも、子供の頃の記憶から、この花を「気味が悪い」と思う方がいるかも知れません。
しかし、近年は妖艶なこの彼岸花を好む方が増え、「元気が出る」「とても癒される」といいます。そして、各地の群生地には人が集まり、カメラマンの姿が絶えません。特に本県日高市の〈巾着田〉は全国的な名所となりました。ネットで調べてみてください。願わくはあさか大師も、その群生地になってほしいと念じています。
実は、彼岸花の球根にはアルカロイドの毒性がありますが、昔はすりおろして水にさらし、さらに煮沸して粉末になし、これを飢饉の折の救荒食にしました。また、すりおろしたままを「石蒜」といい、シップすると腹膜炎・浮腫・むくみなどに薬効があり、民間療法として永く活用されました。
私の思い出の中では、奈良県明日香村の景観が忘れられません。橘寺の境内も石舞台の土手も古代ロマンが真っ赤に染まり、仏教伝来の詩情に酔いしれました。このブログを書きながらも脳裏には、秋の明日香村への想いを馳せてやみません。さながら、「天上の花」です。