思考と小食
令和2年1月26日
トーマス・エジソンが蓄音機を発明した時、彼は9昼夜222時間、不眠不休で実験をくり返しました。その間は水分以外、一切の食事もとらずに集中したとされています。9昼夜といえば、比叡山回峰行者の十万枚護摩(7日間断食の荒行)をも超える超人的な偉業です。
彼は、「頭脳は誰でも同じなのさ。考えて考えぬけば誰にでもできる」とも言い切っています。また、「どうしてそんなに考えられるのですか?」という問いには、「人は何時間も寝るでしょう。腹いっぱい食べるから寝るのです。寝なければ考えられるのです」と答えています。つまり、単に睡眠時間を少なくするのではなく、考えるためには小食が大切だと主張しています。事実、彼は日頃から小食で、黒パン・野菜・果物と、時どき魚を食べる程度であったと伝えられています。
私はこの逸話が忘れられず、考える仕事をするためには大食は禁物だと自戒するようになりました。睡眠はもちろん大切ですが、問題は時間より質でしょう。食べ過ぎると胃腸に負担をかけるうえ、胃腸に血液を送るための心臓にも、消化酵素を供給するための肺にも、老廃物を解毒・排泄するための肝臓や腎臓など、あらゆる臓器に負担がかかります。そして、その負担を回復するためには、より長時間の睡眠が必要になります。だから、小食にすれば、短い睡眠でかえって健康を保つことができるのです。
皆様は、たくさん食べずにどうやって体力を維持するのかと思うでしょうが、それは固定観念なのです。昔の日本人の食事を考えてみてください。一汁一菜か二菜で、現代人にはとても及ばぬほどの体力を維持してよく働きました。現代人はやはり食べ過ぎなのです。あらゆる所にあらゆる食べものが、時間を問わず間食も夜食も、国を問わず世界中の料理まで用意されています。そして、食べ過ぎから健康を害しているのです。特に頭脳思考の多い仕事の方は、ぜひ小食を心がけて欲しいものです。
わかりやすく伝える
令和元年11月22日
たしか、福沢諭吉(?)でしたか、こんなことを言っていた記憶があります。
「文章を書くなら、たとえば昨日、田舎からやって来たお手伝いさんにでも、スグに理解するように書きなさい」と。
どこで読んだお話だったかは忘れましたが、いま、何となく思い出しました。しかし、「田舎からやって来たお手伝いさんにでも」とは、おだやかではありません。大変にむずかしいことです。
また、これもどかこかで聞いたことですが、「文章は大道芸人に混じって伝えるほど、わかりやすく書くべきだ」というのです。私もこのブログを書いていて、平易さを心がけてはいますが、ここまで言い切る自信はありません。
そもそも、難しいことを〝むずかしく〟伝えることは簡単かも知れません(いや、それも難しいのですが)。しかし、難しいことを、やさしく伝えることは容易ではありません。特に、仏教の教えをわかりやすく伝えることは、よほどの力量がいるはずです。
私がお世話になった岩坪真弘先生(淡路島・八浄寺元住職)は、「山路さん、あなた自分が作った布教の言葉を栞にしたとして、たとえば喫茶店のとなりにいる若い女子高生にも渡せますか」とおっしゃいました。つまり、見ず知らずの若い女子高生に対しても、理解してもらえるほど、やさしい言葉で布教しているかということなのです。
私はかなりショックを受けましたが、忘れ得ぬ経験でした。岩坪先生は伝道布教において偉業をなし、また淡路島の発展にも大きな足跡を残されました。今は亡き岩坪先生に出会ったことを、心から感謝しています。
深遠なお話をわかりやすく伝える力量は、社会のリーダーには特に問われることです。政治家にも、経営者にも、学者にも、そして僧侶にも問われることです。平凡なお話の中にこそ、真理が潜んでいるということです。
こだわって、こだわらず
令和元年9月9日
文章を書くということは、実に困難なことです。
話すことは出来ても、書くとなると、これは別の次元なのでしょうか。かつて、「話のうまいヤツほど、書けないものだ」などと豪語していた友人がいましたが、まんざらウソでもなさそうです。考えていることを文章に表すとなると、相応のコツがありそうです。
アメリカの作家ヘンリー・ミラーは、「あなたが今、何を考えているか、その考えていることから書き始めなさい」と言いました。つまり、私たちはどう書こうとか、うまく書こうとかいう、そこに〝こだわり〟があるのです。こだわりは、いうなれば一種の迷いです。その迷いがあるかぎり、思うようには書けないという意味を指摘しているのでしょう。
それから、「何でもいいから思いつくままを書き連ねて、それを半分か三分の一に削れば立派な文章になる」という指導を受けたことがありました。似たようなことを、ショーン・コネリー主演の映画『小説家を見つけたら』で語っていたような気がします。タイプライターを無造作に打ちながら、秀才高校生に文章の書き方を教えていました。とても印象的な場面であったことを、今でも記憶しています。
要するに、文字を連ねて文章にする作業の難しさを、いかに平易にこなすかの秘訣なのです。文章をどう書こうとか、うまく書こうとかいう意識につつまれると、それがインスピレーションを妨げるのでしょう。かといって、こうした意識を持たねば上達は望めません。「こだわって、こだわらず」と、何ごともこれが奥義です。
私は特別な文章修行をしたわけではありませんが、このようなお話はどことなく気になります。こうしてブログを書いていても、思い出すことが多いのです。私がお世話になった宗門誌『六大新報』の故・今井幹雄先生も、「書いて書いて、書き尽くさねば、何もわからない」と、よく語っておられました。先生は石原慎太郎さんの『太陽の季節』と、芥川賞を競うほどの名文家でした。先生には及びませんが、お会いできたことを今でも感謝しています。
ものを考える時
令和元年8月26日
私はものを考える時、心がけていることが二つあります。
一つはじっと座って考えるのではなく、とにかく歩くことです。あさか大師はクツのまま入れる床なので、その本堂の中や境内をグルグルと歩くうちに、いい考えが浮かぶのです。歩くことが思索と大きく関わることは、十八世紀のフランスの思想家・ルソーが語ったことです。私はルソーと誕生月日が同じなので、個人的にひいきにしているのかも知れません。だから、歩くことと考えることの関わりについては、今までにも何度かお話をして来ました。
もう一つは、考えながら書くことです。そして書いては考え、考えてはまた書いています。どちらが先ということより、指先と脳のフィードバック機能がはたらき、書いているうちにいい考えにたどり着くのです。だから、私のノートは人に見せられたものではありません。まず細かい字で書くことはありませんし、いわゆる書きなぐりが多いのです。また、毛筆は得意なのですが、鉛筆やボールペンは苦手なのです。出版社や印刷社の方は、私の原稿や校正文字を見て、かなり困惑しているはずです。
ついでにお話しますが、作家の直筆原稿ほどひどいものはありません。担当の編集者にしか読めないのです。これは、美しく書くなどということは眼中になく、ただ、ひたすら考えながら書いているからです。「美しい手紙の書き方」といったペン習字の書籍を見かけますが、まったく異なる分野です。もっとも、最近はパソコン原稿が多いので、この問題は解決しているのかも知れません。
お話が大変にそれましたが、ものを考える時は、何かを動かしている方がよいのです。密教の僧が修法をしながら、両手で印を結び、口で真言を唱えるのもこの意味です。脳と心が動かざる一点に集中するためには、かえって手や口が動いている方がよいことを、私は毎日のお護摩でも充分に知っています。
ひらめきが起きる時
令和元年8月7日
突然に、いい方法やアイデアや浮かぶ時があります。いわゆるひらめきが起きる時です。
よく言い伝えられるお話としては、散歩の途中、お風呂の中、うたた寝の後などでしょうか。共通していることは、気持ちがリラックスしてということです。では、リラックスさえしていれば、いつでもひらめきが起きるのかといえば、そうはいきません。ひらめきが起きるには、また別の条件があると思うのです。
だいぶ以前のことですが、ある日の朝刊で、GYXYZ(ジザイズ)という会社の社長・横井恵子さんの記事を読みました。彼女はネーミングという新分野を開拓したユニークな経営者です。つまり、会社やブランド品の名前をつけることを仕事にしています。彼女が手がけた代表作は〈NTTドコモ〉〈au〉〈りそな銀行〉〈あいおい損保〉〈日興コーディアル証券〉などですが、その手腕は驚くばかりです。
「どんな時に名前がひらめきますか?」という記者の問いに対して、彼女は「私にはひらめきなんてありません。考えて考えて、しつこく、またしつこく作り上げていくのが私の流儀です」と答えています。私はこの答えが忘れられず、ひらめきに対するバイブルとさえ思っています。
私たちはひらめきというと、ただ、黙っていても降って湧いて来るようなイメージを持ちがちですが、そうではないのです。考えに考えを重ね、さらに時間をかけてそれを熟成させ、時には忘れ、また考えを重ねて尽き果てた時に、ひらめきが起きるのです。つまり、努力が尽き果てねば、人事を尽くし切らねば、ひらめきなど起きようはずがないのです。
「人事を尽くして」などと簡単に言いますが、本当に人事を尽くし切れば、待たずしても天命はやって来るのです。そのためには、努力に加えて〝運〟も必要です。そして、その運もまた努力が引き寄せるのです。待っているだけでは、ひらめきなど起きようはずがありません。
横井さんのお話に出会えたのは、私の生涯の宝です。今でもその切り抜きを、大切に保管しています。