逆説の真理

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仏教

令和3年6月11日

 

二十代の頃、坂口安吾さかぐちあんごという作家の作品をよく読みました。全集まで買い求め、小説や評論はもとより、日記や書翰まで読みました。代表作の一つに『堕落論だらくろん』という評論があり、何度もくり返し読みました。終戦直後の荒廃していた日本人に対し、「生きよちよ」という衝撃しょうげきの一言は、何かと話題を呼びました。思い出の多い作家の一人です。

『堕落論』の中でこの作家が主張していることは、「堕落しなければ人は目覚めない」と一言に尽きましょう。つまり、痛い目にあわなければ、人は自分のことが見えてこないのだということです。初めて読んだ当時はショックを受けましたが、しかし、考えてみれば当たり前のことです。人はみな、痛い目にあってこそ自分を反省し、生き方を正すからです。

この論法で考えると、仏教はみな〈逆説の真理〉を説いていることがわかります。普通の常識では悪いこと、不安なこと、困ったことも、それがかえってよい結果をもたらすという意味です。

『般若心経』ではこれを、〈くう〉と表現しています。まなこを開けば、それも救いだということです。かたよらない、とらわれない、こだわらない心が〈空〉です。〈空〉の心で見れば、そのことがわかります。

私は最近、「健康で長生きをしたければ、病気になることだ」と思うようになりました。体に異変を感じ、病院で診察を受ければ、何らかの病名がわかりましょう。その原因もわかりましょう。そこで人は目覚め、反省し、生活を変えるのです。お酒をやめ、タバコをやめ、生活習慣を変えるのです。健康へのチャンスを与えられるのです。これ以外に、長生きの秘訣はありません。

病気は本来、健康を守ろうとする尊い働きです。熱が出るのは害菌を減らし、汗によって毒素を排泄しようとする働きです。痛みが出るのは、血液をさらに集め、病根を壊滅かいめつさせようとする働きです。吐気はきけ下痢げりも、それは同じなのです。もし、このような症状が何ひとつ現れないとするなら、人は体の異常を感じ取り、自分の健康を守ることなど出来るはずがありません。人は病気をしながら健康を保つことが出来るのであり、病気をするからこそ健康で暮らせるのです。

熱や痛みで苦しみ、医者にきびしく注意されなければ、人は変わりません。〈空〉の眼で見れば、それがわかるはずです。まさに〈逆説の真理〉です。病気とは仲よくつき合いましょう。高血圧とも、糖尿病とも、そしてがんとも仲よくつき合いましょう。病気もまた健康の秘訣です。これも仏さまの教えですよ。

山路天酬密教私塾

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