山路天酬法話ブログ
煩悩の泥、菩提の花
令和2年8月7日
八月も初旬までは、蓮の花の見ごろを楽しむことが出来ましょう。本県の行田市には「古代蓮の里」があり、朝早くから大勢の観光客でにぎわっています。私も二度ほど訪ねました。そのほか、京都では三室戸寺や法金剛院など、奈良では生連寺や金剛寺など、いささかの思い出があります。
私はかつて、蓮の花を咲かせることに夢中になっていた時期がありました。出来れば今でも続けたいのですが、何しろ毎年春には、蓮鉢の土を植え替えねばなりません。その、蓮鉢が重いのです。しかも、大量の荒木田(粘着力のある土)が必要となります。お寺の住職が夢中になるのはいいのですが、高齢になると大変です。それを覚悟する必要があるのです。
ずいぶん、いろいろな先輩に教えを受けました。初めて蓮の美しさを知らされたのは、黄檗宗第六十一世管長の岡田亘令和尚からでした。まだお若い頃で、伏見のご自坊で奥様の手巻き寿司をご馳走になりながら、得々としてその魅力を聞かされました。和尚の蓮はやがて九州の弟子の寺に渡り、それが巡って私のところに送られて来たのです。管長猊下に就任なさるとは思いもよらず、ずいぶん気さくなおつき合いをしたものでした。また和尚からは、他の何びとからも学び得ぬ霊符の伝授まで賜り、私にはよほどのご縁であったのでしょう。深く感謝しつつ、あの世で恩返しをせねばと考えています。
また、蓮づくりの上手な住職や愛好家がいると聞けば、訪ねてはご指導いただきました。栽培法についての本も読み、石灰で消毒をしたり、土の中に加える、ある〝秘伝〟も知りました。学んで道を開けばまた悩み、悩んでは学んでまた開く、人生も蓮の栽培も、同じようなくり返しでなのでしょう。今でもそのように思います。
さて、早朝に蓮の花が最初(一日目)に開く時、その美しさはこの世のものとも思えません。実は私は、お釈迦さまがこの世に出現されたのは、この地上に蓮という花があるからだと信じているのです。なぜなら神さまは清らかな霊地にしか降臨しませんが、仏さまは汚い煩悩(迷い)の泥から、菩提(悟り)の花を開かせるからです。春に植え替える時、その泥からは悪臭が漂います。まさに煩悩です。しかし、その煩悩がなければ菩提の花は開きません。ここに仏教の深奥があるのです。煩悩を断つのではなく、その煩悩が、かえって菩提となるころに仏教の根底があるからです。
しかも、蓮は実を残します。仏種を絶やさぬため、つまり仏の修行者を絶やさぬため、蓮はその功徳も積んでいるのです。薬膳料理や精進料理に使えます。脾臓の妙薬であり、胃腸障害や疲労回復にも薬効があります。その実を残すため、蓮は三日間の開花の後、四日目には静かに散るのです。法要中の〈散華〉で唱えるがごとく、「香華供養仏」と。
理性と感情の谷間
令和2年8月5日
古い記憶ですが、私が親しくしていた、ある親と娘さんのお話です。まだ携帯電話など、普及する以前のことです。
その娘さんは大学生でした。家を出る時、母親には夜の8時までには帰ると言い残し、どこへ行くとも言わずに出かけました。ところが、11時になっても、12時になっても帰って来ません。親は当然、事故にあったか、何か悪い誘いにでも乗ってしまったのではないかと心配になりました。不安はつのるばかりです。父親も落ち着きません。玄関をのぞき、門の外まで出向き、とうとう駅の改札口まで行ってみましたが、娘さんの姿はありませんでした。
実はその日、娘さんは音楽仲間の誕生パーティーに呼ばれていたのでした。親がまだ知らない人だったのです。連絡の取りようがありません。しかし、こんな時の親の気持は想像するに余りあります。今か今かと電話の着信音を待つ中で、救急車のサイレンでも聞いただけで「ドキー!」とした経験は、私にも身に覚えがあります。
結局、その娘さんは深夜2時頃になって、何もなかったかのような顔で帰って来ました。出迎えた母親はホッとすると同時に怒りが爆発し、「何やってたの、こんな時間まで!」と怒鳴ってしまいました。娘さんは「そんなに怒鳴るんなら、もう帰ってこないから」と言って、そのまま飛び出してしまいました。電車もない時間なのにどうするのかと、またまた心配しましたが、仲のよい友人のアパートに泊めてもらったことが後になってわかりました。そして、その日の夜が遅くなったのは、誕生パーティーに出席した別の友人と帰る途中、その友人が車に接触してケガをしたためでした。救急車で病院まで同行し、診断の結果を聞いてから帰宅したために遅くなったこともわかりました。
さて、このお話は親と娘さんのどこに問題があったのでしょうか。今なら携帯電話ひとつで済むことでしょうが、それでも起こり得る可能性はあります。私たちもその立場になったなら、同じように怒鳴ってしまう可能性も十分にあります。決して人ごとではありません。理性はあっても、感情が先行するのは人の常です。
まず、娘さんの方ですが、行き先はきちんと伝えておくべきでしょう。それに、病院に行ったなら公衆電話があったはずです。親への連絡はいくらでもできたはずです。そして、この時間まで帰らなければ、親がどんなに心配しているかも大学生ならわかるはずです。まずは、これらに原因があったことは言うまでもありません。
しかし、私がここで気になるのは、むしろ親の方なのです。帰って来た娘さんを見たなら、安心と共に不安や恐れも消えたはずです。母親がその時、「ああ、よかった。心配してたのよ」と言ってあげれば、結果はまったく違ったはずです。娘さんもその言葉を期待していたはずです。そして「ごめんなさい」と言って、事情を説明したはずです。
皆様はいかがでしょうか。こんな時、どんな言葉をかけられますか。まさに、親としての正念場です。理性と感情の谷間にあって、親の器が問われるからです。
「三大不心得」の教訓
令和2年8月4日
「医者の不養生」と「易者の身のうえ知らず(不知)」と、そして「坊主の不信心」を、私は「三大不心得」と名づけています。そして、これを自らも教訓として戒めています。
まず「医者の不養生」と言いますが、お医者さんは特に忙しいので、自分の健康にはなかなか気配りができません。意外に〝病人〟が多く、痛々しい実態があるのです。トップに挙げたのも、笑い話では済まされないと思ったからです。
医師や医療従事者への情報サイト『日経メディカルОnline』(「2014年6月9日)によりますと、医師2286人を対象に「持病はあるか?」のアンケート調査に対し、約68パーセントの方が何らかの持病があると答えました。最も多かったのは高血圧で536人、次に脂質異常症が478人、花粉症などのアレルギーが410人で、そのほかに腰痛・関節痛が318人、高尿酸血症が216人、糖尿病が151人、胃炎・胃潰瘍が131人、不正脈が105人などで、持病なしは740人で約32パーセントという結果でした。もちろん、一人で複数の持病があるという方もおります。また、年齢につれて該当者が増すのは当然で、30代で50パーセント、60代で80パーセントの医師に何らかの持病があるようです。
これというのも、多くの医師は忙しさのうえに病院経営の管理職として、重荷とストレスを背負っているからなのでしょう。患者さんに高血圧の処方箋を出すと同時に、自分も降圧剤を飲んでいる医師は、何と80パーセントにも達しているといいます。世間には知られていませんが、いやはや驚くべき結果というほかはありません。押し寄せる患者さんに追われながら、影でこんなことが起こっている事実を、皆様は何と思いますでしょうか。
『易者の身のうえ知らず』はどうでしょう。ご存知のとおり、占いはよく〝当たり〟ます。しかし、易者さんもまた、意外に自分のことはわかりません。また、人相や手相、方位や家相、名前の画数や印相(印鑑)を鑑定しても、積徳(功徳を積むこと)の大切さを説きません。これは占いという〈術〉に溺れるからです。つまり、占いが人生を決めると思っているからです。人生の結果、つまり生き方の結果が占いであることに気づかないからです。
紙面がなくなりました。『坊主の不信心』は檀家さんのことには熱心でも、自分の家の先祖供養を怠る住職への笑い話です。また、毎日の〈おつとめ〉もしないような本堂に、檀家さんがお参りするはずはありません。住職は檀家さんのお手本となるよう、自らを戒めるべきです。人のことは見えても、自分の足もとはなかなか見えません。自分を省みることの教訓は、「三大不心得」ばかりではないこともお伝えしておきます。
月始めの光明真言法要
令和2年8月2日
昨日と今日、月始めの光明真言法要(総回向)がありました。コロナウイルスの感染者数がまた増大し、心配して遠慮した方もおりますが、常連の皆様はまずまずお参りにお越しくださいました。この頃は子供さんたちも見えて、お母さんといっしょに可愛らしい声で読経しています。なるべく間隔を空けていますので、手狭に感じました(写真)。

僧侶の方が増えましたが、私は僧侶の皆様にこそ先祖供養に励んでほしいと、常に願っています。僧侶の方は檀家の葬儀や法事はしっかりと勤めますが、自分の家の先祖については、あまり熱心ではありません。ましてや、母方にいたっては、ほとんど関心すらありません。まさに「坊主の不信心」です(笑)。「医者の不養生」「易者の身のうえ知らず」と並んで、足もとはなかなか見えないという代表的な例証です。
このブログを読まれた僧侶の方は、こうした熱心な在家ご信徒を見習っていただきたいものです。住職の行いはいつとなく、どことなく、檀家の皆様は見ているものです。住職がお手本を示しもしないで、檀家さんにばかり先祖供養を強いるのはおかしなことです。また、檀家さんがお寺に寄りつかなくなるのも当然のことです。
私も住職としてお導師を勤めながら、後ろに座っていらっしゃるご信徒さんに、常に教えられ、励まされています。どうか、肝に銘じていただきたいと思います。恐惶謹言。
続・「お母さん」という呼び名
令和2年7月31日
かすりの着物に帯をしめた幼女が、信州の山道を犬といっしょに駆け上がります。そして夕焼けに染まった丘の上で、右手の野菊を頬に寄せ、「おかあさ~ん!」と、大きな声で叫びます。そのお母さんから、暖かい味噌汁をよそってもらう幼女のうれしそうな姿が障子の影絵となって映し出され、日本中の人々がそれをうっとりと見ていました。
記憶にある方もいらっしゃるでしょう。昭和43年、ハナマルキ味噌はこのテレビCMで一世を風靡し、たちまちに全国ブランドとなりました。私は今では、ほとんどテレビを見ることもありませんが、実は放映されるCMには関心が高いのです。そして、戦後の限りない放映の中でも、ハナマルキ味噌『おかあさん』は傑作の一つだと思っています。
このCMの初代タレントを田中奈津子ちゃんといい、当時はわずか三歳でした。CMの監督はこの奈津子ちゃんを、たそがれ時の丘の上に連れて行きました。そして、実際のお母さんを木陰に隠しておいて、「お母さんを探してごらん」と言いました。そして、奈津子ちゃんが大きな声で叫ぶシーンを大アップで撮影しました。あの臨場感は、実際のお母さんがそこにいなければ出せません。茶の間の視線をくぎ付けにした秘密は、そこにあるのです。
このCMが大当たりした勢いなのか、今度は「おとうさ~ん!」バージョンも作ろうという企画があると聞き、私は「これはダメだな」と思いました。暖かい味噌汁は、お母さんが作るから心をゆさぶるのです。お父さんが作って、どうするのですか。テレビ放映を見た記憶がありませんから、NGになったことは疑いありません。また、このCMにあやかり、うどんメーカーなどが同様の演出で制作を試みましたが、ことごとくボツになりました。
そもそも、ハナマルキ味噌『おかあさん』は〝お母さん〟だから受けるのです。ハナマルキ味噌『おとうさん』でサマになりますか。そして、味噌汁だから〝お母さん〟なのです。「おふくろの味」の代表が味噌汁なのです。うどんは誰が作ってもいいのです。たしか、「オヤジのうどん」というお店がありましたが、倅でも娘でもいいのです。
しかし、味噌汁だけはお母さんでなければいけません。味噌は単なる調味料ではなく、はかり知れない慈愛と底力があるのです。日本のお母さんも、味噌のような慈愛と底力があるのです。そして「お母さん」という呼び名には、それだけの重みがあるのです。日本人は男も女も、老いも若きも、お母さんの味噌汁で育ったことを生涯忘れてはなりません。
なお、上記のテレビCMは、現在でもネットの動画で見ることができます。今日の私のブログを読んでなつかしくなった方は、ぜひご覧ください。「ハナマルキ味噌おかあさん」で検索を。
「お母さん」という呼び名
令和2年7月30日
女性が自分の配偶者を第三者に語る場合、ほとんど「夫」か「主人」と呼びます。これには何の抵抗もなく、自然に聞くことができます。まれに「亭主」となどと呼ぶ方もいますが、数の上では少ない方でしょう。
ところが、男性が自分の配偶者を語る場合、これがどうもスッキリしません。私の意識が過剰なのでしょうか。まず「妻」と呼ぶと、何か改まった固ぐるしさを感じます。浄瑠璃『壺阪霊験記』の「妻は夫をいたわりつ」ではありませんが、影でずっと苦労しているような、そんな響きさえあります。結婚しても苦労するのは当然でしょうが、どこか悲しいニュアンスさえ漂います。唄の文句で「愛しても愛しても人の妻」などと聴くと、もう返す言葉もありません。
同様に「女房」は、ちょっと卑下した感があります。男性が「女房のヤツ」と言った場合、照れもありましょうが、「オレが食べさせてやっている」という慢心が浮上します。もともとは宮中の女性使用人の部屋を「女房」と言い、やがてその女性たちをも「女房」と呼んだのですが、現代は好まれません。
では、グッとさばけて「かみさん」はどうでしょう。吹き替え版『刑事コロンボ』の「ウチのかみさんがねえ」のあのかみさんです。かみさんは「上さん」で、「上様」の変化です。尊敬を込めていますが、逆に目上の人には使えません。女主人の「おかみさん」なら自然ですが、これも配偶者には使えません。
こうなると、「家内」が最も無難な気がしますが、今度は古い呼び方に聞こえます。ウカンムリ(家)の中に〈女〉がいれば〝安心〟ですし、また〝安らぎ〟ます。だから「家内」と言いますが、結婚したての若い男性には向きません。子供が授かれば「ママ」でいいでしょうが、第三者にはどうしましょうか。私がこだわるのは、こんな理由からなのです。
さて、「お母さん」を乱暴にして「かあちゃん」や「かかあ」などと呼ぶ男性もいます。子供なら「かかさま」です。しかし、ここに象徴的な日本文化があると言ったら驚くでしょうか。実は「かあちゃん」は「かあかあ」、「かかあ」は「かっか」なのです。何のことかわかりますよね。そうです、太陽が燃えている様相を表わした言葉です。つまり、日本人はお母さんこそは太陽であると考えて来たのです。いつも暖かく、にこやかで、生命をはぐくむ太陽こそ、お母さんなのです。だから子供が授かった後は、「お母さん」と呼んでほしいと私は願っています。
ちなみに「お父さん」は、「尊い」という意味です。お父さんは懸命に働いていつも尊い、また尊くありたいからです。お母さんを太陽と、お父さんを尊いと、それぞれに美しいに日本語です。
続・笑いは万薬の長
令和2年7月29日
遺伝子の研究で知られる村上和夫博士が「心と遺伝子研究会」を立ち上げ、大変におもしろい実験をしました。それは、糖尿病の患者さんに協力していただき、笑いと血糖値の関係を調べようというユニークなものです。つまり、笑いによってどの遺伝子のスイッチがオンとなり、またオフとなるかがテーマです。
実験は二日間に分けて行われました。まず一日目は、糖尿病の患者さん25名の人たちに集まっていただき、糖尿業について大学教授の講義を聞くという試みでした。大学教授の講義ですから、おもしろさは期待できません。普段どおりの調子で40分の講義を聞いていただいた後、全員の血糖値を測りました。前もって一度測っておき、講義の後にまた測って、その差を比較したのです。すると、平均で123ミリも上がりました。退屈な講義だったのでしょうか、予想外の結果でした。
次に二日目です。前日と同じ時間に、同じように実験をしましたが、今度は吉本興業のB&Bという二人組による漫才を聞いていただきました。いざ漫才が始まる前、村上博士は二人に、「もしこの実験が成功したら、間違いなく糖尿病研究の歴史に残りますよ。笑いと血糖値の関係など、まだ誰もやっていませんからね」と耳打ちしました。つまり、二人に気合を入れたわけです。予想どおりB&Bは乗るに乗り、聞く方も笑うに笑いました。いやはや、爆笑の連続でした。
さあ、その結果です。前日、同じ時間に退屈な講義を聞いて123ミリも上がった血糖値が、今度は逆に平均で77ミリも下がっていました。「これはいったい、どういうことですか」と、患者さんたちの目の色が変ったのも無理はありません。この実験結果は、アメリカ糖尿病学会の論文として掲載されました。さらに、笑うだけで血糖値が下がるという衝撃的なニュースは、ロイター通信などから全世界に伝えられました。
科学者は一生のうちに何度かは、飛び上がるほどの喜びに打ち震えるようです。自分が世界で初めて発見した快挙なら、なおさらのことです。博士もこの時はうれしくて眠れず、体ががたがたと震え出したそうです。科学者の実験としては、アホみたい(!)に単純なものです。でも、そのアホみたいな発想こそ歴史を変えるのです。
博士はいろいろな芸人さんを呼び、毎年この実験をくり返していますが、いずれも血糖値が下がっています。そして、この研究が進めば、いずれは薬の代わりにお笑いDVDを出すような病院が出て来るかも知れないと語っています。「食事の前後にこのDVDを見てください」と、そんな病院が現われるかも知れません。
笑いは決して〝笑いごと〟ではないのです(笑)。笑いは健康を増進し、病気の治療にもなることを知りましょう。「笑い万薬の長」に間違いありません。
笑いは万薬の長
令和2年7月28日
以前にも書きましたが、私は悩みごとの相談があった時、その方がよく笑うかどうかに注目します。
もちろん悩みごとがあってお越しになっているのですから、ケラケラと楽しそうに笑う方はいません。しかし、お話を伺いながら、前向きに笑える方、少しでも笑おうと心がけている方に対しては安心するのです。「ああ、この方は大丈夫だな」とホッとするのです。もちろん、病気のことでも仕事のことでも、夫婦や家族のことでも、ご祈祷はします。しかし、本人に願いごとを成就させる前向きのパワーが漂っているかどうか、そこが問題なのです。
そして、その前向きのパワーはどこに現れるかといえば、それは笑えるかどうかなのです。「ほんとうかな」と思うかも知れませんが、これは〝本当に〟ほんとうのことです。なぜなら、逆のことを考えればわかるからです。まったく笑わない方、私が笑わせようとしても、なかなか乗ってこない方には、まるで生気というものがありません。「困ったな」と思うのです。こういう方は、お護摩を修しても、どこか炎の勢いにパワーが遍満しません。
「〇〇さん、もっと笑いましょう。自分の顔を鏡で見ながら、無理にでも笑ってみましょう。そうすれば何とかなりますよ」などと励ますのですが、心の奥底にある性格はなかなか変わりません。本人もつらいのです。私が思うに、こういう方は前世からつらい思いをして来たのでしょう。その抑圧に深層意識が占領されているのです。また、似たような父母や祖父母のもとに生れて来ているのです。だから、こういう方の背中を押すのは大変なのです。
皆様も開運を願うなら、まず笑うことです。神社には「笑いの神事」を行うところがありますが、大変にけっこうなことで、参加すれば「福の神」を呼べるはずです。あのアマテラスの大御神ですら神々の笑い声に誘われ、ついに天の岩戸を開いたではありませんか。ここから国が開かれ、国の運が開かれたのです。福の神は、笑わなければ訪れてはくれません。また、「日本笑い学会」という研究グループもあります。ネットで調べてみてください。
「酒は百薬の長」と言いますが、飲み過ぎれば健康を害しますし、まわりに迷惑もかけます。そして、お金もかかります。舌が超えればなおさらで、さらに美酒を求めるようになります。でも、笑いはどれほど笑っても、健康を害することはありません。せいぜい、おなかの皮がよじれる程度です。お金もかかりません。一切無料です。しかも、福の神を呼び、幸運を招き、健康をもたらすのです。これほどのいいこと尽しは、この世にありません。「笑いは万薬の長」なのです。
日本人の誇り
令和2年7月27日
平成25年7月22日午前9時15分、さいたま市のJR南浦和駅の京浜東北線ホームで、電車から降りようとした三十代の女性が誤って車両とホームの間に足を踏みはずし、腰まで挟まれるという事故がおきました。ちょうどその時、読売新聞の某記者が居合わせ、その救出劇を写真入りで報道しました。
その報道によりますと、事故のその瞬間、ホームに「人が挟まれています」というアナウンスが大きな声で流れました。それを聞くや、車内の乗客40名が自主的に降車し、駅員と共に全員で車両の側面を押し、ホームとの幅を懸命に広げました。数分後、その女性が無事に救出されるや、一同から拍手がわき起こりました。そして、その電車は8分遅れで運転を再開しました。女性は念のため病院に運ばれましたが、目だったケガはありませんでした。
普通、車両とホームのすき間は20センチ程度なのですが、そこはいくらか広く空いていたようです。事故のあった車両は10両編成の4両目で、1両の重さは車輪を含めて32トンもあります。しかし、車台と車体の間にサスペンション(懸架装置)があり、伸縮させて車体だけを傾けることが出来たのです。このサスペンションが女性を救ったのでした。いや、駅員と共に車両を押した乗客の力が、この女性のいのちを救ったのでした。
そして、この報道はたちまち世界中に伝わりました。米国CNNテレビは、「日本からのすばらしいニュースです」という前置きの後にこの救出劇を報じ、「生死に関わる状況で、駅員と乗客が冷静に対応しました。おそらく、日本だけでおこり得ることでしょう」と結びました。英国各紙はロイヤルベビー誕生の特集を組む中、ガーディアン紙は「集団で英雄的な行動を示した」と、駅員と乗客がいっしょになって車両を押している読売新聞の写真を公開しました。
イタリアの主要紙コリエーレ・デラ・セラは、「イタリア人だったら眺めるだけだったろう」とウェブサイトにコメント。中国寄りの論調が強い香港のフェニックステレビのウェブサイトは、「中国で同様の事故がおきれば、大多数が野次馬となって見物するだけだ」と。その中国も、国営新華社通信が日本での報道を論評ぬきで転載し、韓国でも同様でした。
ロシアの大衆紙コムソモリスカヤ・プラウダは、「どうしてこんなに迅速な団結できたのだろう。われわれロシア人も他人のいのちに対して無関心であってはならない」と。タイのメディアも、「日本がまた、世界を驚かせた。日本人はどのような教育を受けているのか」と。そのほか、各国のメディアが称賛しました。
冷静さと、思いやりと、団結力と、日本人はこの誇りを忘れるべきではありません。JR南浦和駅は電車路線の乗り換え所で、あさか大師にご参詣の皆様もよく利用します。日本人の誇りを、皆様にもお伝えしましょう。
「追善」と「追悪」
令和2年7月26日
〈死〉だの〈葬儀〉だのと陰気くさい(私はそうは思いませんが)お話をしましたが、もう一つおつき合いください。
昔の葬儀(今でも一部は残っていますが)をいろいろ考えてみますと、「追善」という本義がいかに溶け込んでいたかがわかります。しかも深遠な仏教の哲理が、何の抵抗もなく民間の風習として広まっていたのです。往時の住職がいろいろと思案をめぐらせ、それを檀家の方々に伝えたのでしょう。
たとえば、私が子供の頃の農村の葬儀では配役を決め、行列を整えて墓地に向いました。その日のうちに土葬するためです。もちろん、今のように立派な霊柩車などありませんから、遺体は荷車のようなもので出棺しました。そして、その家の屋敷を出る時、竹で編んだ籠を振って小銭(硬貨)をまくのでした。そして、道端に落ちたその小銭を、大人も子供も夢中になって拾いました。なつかしく思いおこす皆様もいらっしゃるはずです。
これはいったい何を意味するのかといえば、死者に代って遺族が布施をする、つまり追善をするということなのです。死者に生前の功徳が足らないなら、あの世へ往っても心配です。だから、遺族が代って〝善を追う〟のです。子供の頃は、もちろんそんなことを理解していたわけではありませんが、このような風習の中で、死者の弔いをしたのでした。
また、これは三十年近くも前のことですが、私は依頼を受けて成田市(千葉)で葬儀をしたことがありました。この時は出棺の前に、会葬者の皆様にお団子ほどの小さなにぎり飯が配られました。私は初めて体験しましたが、これもまた死者に代っての追善であることは容易に理解されましょう。現在も、葬儀や法事ともなれば立派なお斎をふるまいますが、本来は死者に代っての布施、つまり追善であることを知らねばなりません。
この本義を熟慮するなら、僧侶の読経もまた「追善供養」と呼ばれることも得心するのです。僧侶が読経をするのは、遺体となって読経の機会すら失った死者に代わり、追善をすることにほかなりません。たとえその仏典の意味はわからずとも、仏さまの言葉を唱え、その功徳が死者に回向(供養)されるからにほかなりません。そして、さらに大切なことは、「追善」があるなら「追悪」もあるということです。死者は四十九日までは、中陰(この世とあの世の中間)にいるのです。遺族の声も聞き、遺族の姿も見えています。悪口を言ったり、遺産争いをしたりすれば、それは「追悪」となるのです。
葬儀や法事は単なる形式ではありません。「追善供養」なのです。本義を離れてこれを誤れば、「追善」は「追悪」に変ずることを肝に銘じましょう。

