山路天酬法話ブログ
コンプラ瓶
令和元年7月9日
セリの花をいただきましたら意外に美しいので、さっそく挿してみました(写真)。初めてお目にかかりましたが、野菜にもすてきな花があるものです。この季節ではカボチャやキュウリの花なども、いいものですよ。

今日のお話はもう一つ、花器にした白い瓶が何であるか、皆様おわかりになりますでしょうか?
これは江戸時代に長崎の金富羅商社が、出島で東インド会社と取り引きをした「コンプラ瓶」というものです。正面に「JAPANSH SAKI」とあり、「ヤパンセ サキ」と読みます。つまり「日本産の酒」、九州の焼酎を入れて、オランダやポルトガルに輸出したのです。かのシーボルトも、いくつかを本国に持ち帰りました。おそらく、日本人が書いた当初のアルファベットということになりましょう。粗雑な磁器で、焼酎のシミまで残っていますが、なかなかに味があります。
それともう一つ、晩年のトルストイがどうしたことかこの瓶を愛玩し、一輪挿しに使っていました。たしかに、書斎の片隅にこの瓶が映っている写真を見たような気がします。
文豪もこのやわらかな白い発色を好んでいたのでしょう。そして、歴史的な名作を生み出す、その瞑想を支えたのです。私の手元にあるのも、不思議なご縁です。
一生では足りない
令和元年7月8日
詩人・北原白秋は晩年に「白秋詩抄」を出版するにあたって、こんなこと書いています。
「ひそかに愧じる故は、わが詩業を通貫するひとつの脊梁が、わずかにこれだけの高さのものかということである」
偉大な詩人にしてこんなことを語るものかと、若い頃には思いましたが、今ではその気持ちがわかるような気がします。人の一生は尊いものでありますが、その理想が高くれば高いほど、その一生に慙愧の念を覚えるに違いありません。立派な仕事をなし、また立派な業績を残しながら、私たちの力の及ぶところは、こんなところなのでありましょう。私などにはとてもこのような心境には至りませんが、さて、いよいよの時には同じような気持ちをいだくのかも知れません。
しかし、物ごとの完成はかぎりなく遠く、一生の内に成し得ることではないような気がします。能楽の大成者・世阿弥は、真の芸術を完成させるには、親と子と孫との三代はかかるといった意味のことを述べています。そして、「芸術は長く、人生は短し」とも申します。「一生では足りない」というほどの気持ちは、私ほどの者でも少しは思うことがあるのです。
お恥ずかしいかぎりではありますが、私もまた生まれ変われるものなら、再び僧侶となってやり残した仕事を成し遂げたいと思っています。先日、六十七歳となりましたが、残る人生をあと二十年と設定しています。それ以上を生きたとしても、大したことはできません。これは私の正直な本音です。
すみません、何やら遺言のようなブログになりました。明日はもっと楽しいお話を書きますから、ね。
境内整備工事
令和元年7月7日
あさか大師では境内駐車場舗装工事、および隣接水路歩道工事を進めています。昨日と今日の盂蘭盆法要までには終了の計画でしたが、この長雨で予定どおりにはいきませんでした。それでも最後の舗装工事を残すばかりで、間もなく終了いたします(写真)。

これが終了すれば、寺の施設に対する私の役目も、一応の区切りがつきます。大変な重荷を負いましたが、まずはうれしく思っています。また、来年の桜の花見が楽しみで、今からワクワクしています。この後はご信徒や後進の僧侶のため、また地元への貢献のため、私にできることを成し遂げていきたいと考えています。
最近ではホームページをご覧になった方が、少しずつお越しになっています。特に厄除や交通安全(おはらい)祈願、先祖へのご回向や水子供養を希望される方が多いようです。近在はほとんどがお檀家さんを持つ寺が多いので、私のようにご祈願をする僧侶は少ないのです。それだけに、あさか大師の特徴を発揮できればと、今から張り切っています。
このホームページをご覧になった皆様は、ぜひお越しになっていただきたいと思います。太鼓も法螺貝も響き渡りますよ。
盂蘭盆法要
令和元年7月6日
あさか大師では本日と明日、早くも盂蘭盆法要となります。
本日は僧侶の方々も集まり、お施餓鬼を全員で修しました(写真)。お導師(私)の右側に施餓鬼壇があり、お粥や野菜や水を献じました。ご信徒の皆様も読経や真言がお上手なので、心強いかぎりです。また、遠くから何十年ぶりに越しくださった方もあり、うれしい一日でした。

夏になると、お寺ではお施餓鬼をしますが、もともとは盂蘭盆法要とお施餓鬼に直接の関係はありません。盂蘭盆法要は供物を献じ、読経や布施をして、その功徳をご先祖に回向することが目的です。その供物を献じた器が〝お盆〟なのです。このお話、覚えておいてください。
お施餓鬼は餓鬼界に堕ちてしまった人を救うことが目的で、野外で修するのが本来の作法です。でも、双方とも夏の風物によく合うことは間違いありません。
ちょっと怖いお話ですが、餓鬼界に堕ちた人は、喉が渇いてはりついているため、飲むことも食べることもできません。そこで喉を開き、飲めるように食べるようになし、さらに甘味や水分を加えるのがお施餓鬼の作法です。だから、お施餓鬼を熱心に修した僧侶は、喉や胃を病むことことがなく、長命であるとされるのです。このことは、私が師僧から聞かされたお話です。肝に銘じねばなりません。うれしい一日でもあり、戒めの一日でもありました。
入院生活の思い出
令和元年7月5日
急用が入りまして、三日ほどブログを休みました。
さて、実は私はたった一度だけですが、三週間ほどの入院生活を経験しました。あまりに荒行をやり過ぎたせいか、声帯ポリープが大きくなり、声が出なくなったためです。もう25年以上も前のことですが、都立大塚病院の耳鼻咽喉科で手術を受けました。
入院生活は退屈だと思いましたが、私にはとても楽しい毎日でした。まず、山のように本を持ち込みましたが、それらをことごとく読破することができました。普段はなかなか手をつけられず、いつ読もうかと悩んでいた本もかなりありました。途中で、さらに追加を運んでいただいたほどでした。読書に疲れると、病院内の庭園を散策しましたし、当時のウォークマンで音楽も堪能しました。私の普段の生活では、手に入らない時間ばかりでした。
また、簡単な茶道具も持参し、お見舞いの方々にはお抹茶の接待をしました。皆様、まさか病院でお抹茶をいただくとは思ってもみなかったはずです。とても喜ばれました。また、こんな患者もめずらしかったのでしょう。よく、看護士さんに笑われたものでした。
このような至福の時間が与えられたことに、私は大いに感謝をしたものです。いつも多忙な私に「少し静養しなさい」と、天の声が語っているようでした。人生は必要な時に、必要な場所で、必要な人と出会い、必要なことがおこるのです。もちろん、すぐには理解し得ないこともあります。不運と思うこと、不合理と思うこと、理不尽と思うことも多いはずです。それでも、やがて長い時間が過ぎた頃、自分には必要な経験であったことが理解されるはずです。
今となっては、あの入院生活もなつかしい思い出となりました。自分らしさを取り戻せたような、そんな思い出です。
ほどほどの幸せ
令和元年7月1日
私たちが快感を味わった時、脳内にはドーパミンというホルモンが分泌されます。また、怒りを感じた時はアドレナリンというホルモンが分泌されます。そして、この相反する互いのバランスをとり、心の安定と癒しに導くのがセントニンという〈幸せホルモン〉です。
セントニンは太陽の光を浴びると活性化するとされ、日の出を拝むと幸せな気持ちになるのはこのためなのです。だから、セントニンが分泌されれば、私たちはいつも心が安定して癒され、幸せな気持ちで生活することができるのです。
近年、うつ病やストレスに弱い人が増えているのは、ダイエットや偏食によって、セントニンが不足しているからとも考えられましょう。セントニンはトリプトファンというアミノ酸から生まれますので、トリプトファンを多く含んだ赤身の魚や肉類、乳製品、大豆製品、豆類をたくさん食べるとよいでしょう。
では、こうした食品さえ食べていれば、私たちはいつも幸せなのかといいますと、もちろんそうはいきません。実はセントニンには、別にもう一つ興味深い性質があります。それは、一日に分泌される総量には限界があるということなのです。だから、一生に分泌される総量にも限界があるということになります。
つまり、あふれるような幸福感を覚えても、これが長々と続くことはないということなのです。楽しかった後には、何となく寂しさを覚えるのはこのためです。これはセントニンを一気に分泌したため、残量が少なくなった証拠です。しかし、その寂しさも、いつまでも続くわけではありません。またセントニンが増量されれば、ささいなことにも幸福感を覚えるはずです。
人生は良いことばかりは続きませんが、悪いことばかりも続きません。幸福ばかりの人もいなければ、不幸ばかりの人もいないのです。だから、その幸福の総量をいかにうまく使い、逆に幸福が足りなくなった時に、いかに対応するかで人生が決まるのです。
ついでにお話しますが、私たちは〝ほどほどの幸せ〟が一番いいのです。そしてこの〝ほどほど〟の意味をわきまえた人が、最後まで幸せなのです。
オシラさま
令和元年6月30日
青森から遠路を、また尼僧様ご夫婦がお越しになりました。
今日のご相談は、東北地方に信仰されるオシラさまについてでありました。オシラ様については柳田國男博士などの研究がありますが、民間信仰の故かはっきりしていません。大黒天・三宝荒神・歓喜天などと一体であるとされますが、青森では特に養蚕の神さまとして信仰されたようでありました。
歓喜天(聖天さま)には特に歓喜団(アンと生薬を巾着状に包んで、油で揚げた菓子)を供えます。私は鎮宅霊符尊にもお供えしていますので(写真前列の中央)、その仕様などを説明いたしました。

ちょっとお聞きしたいのですが、皆様は神さまと仏さまと、どちらがお偉いと思いますか?
たぶん神棚の方が高いから、神さまだと思っていらっしゃるはずです。残念ながら、実は仏様の方がお偉いのですよ。ただし、ここでいう仏さまは如来・菩薩・明王といった本当の〝仏さま〟でありまして、いわゆるご先祖さまのことではありません。これらの仏さまはお悟りを開いておられるので、特にお好きなお供物などありません。しかし、神さまはまだ執着がありますので、何をお供えするかのルールがあるのです。だから、神さまをお祀りする時は、気まぐれな思いつきであってはなりません。うっかりすると障碍(祟りのこと)を呼びます。だから、「さわらぬ神に祟りなし」というのです。
今日のお話は、神さまとのおつき合いには、それなりの覚悟が必要なのですいうことです。よくよくお伝えしておきますよ。
お香の〈十徳〉
令和元年6月28日
もう、こんな時間になりました。
今日は私の六十七歳の誕生日でした。昨日のブロブにも書きましたが、まさに「転げ落ちる」速さです。まったくの一人暮らしなので、お祝いなどするはずもなく、静かに伽羅のお香を焚いて過ごしました。とても幸せでした。さすがに伽羅は最高のお香です。
お香には〈十徳〉があるとされますので、ご紹介しておきましょう。
①鬼神を感応させる。
②身心を清浄にする。
③穢れを取り除く。
④眠気を覚ます。
⑤さびしい時の友となる。
⑥忙中にに閑(ひま)をもたらす。
⑦少量にて用をなす。
⑧永く保って朽ちない。
⑨常用して害がない。
⑩幅広く好感を与える。
今日は「さびしい時の友となる」ではありましたが、いよいよ鬼神が感応し、穢れを取り除いて、何か異様なヤル気が満々となりました。
体力はともかく、この歳にして気力も知識欲も決して衰えません。あふれる蔵書にも立ち向かいましょう。いい誕生日になりましたよ。
人生の短さについて
令和元年6月27日
古代ローマにセネカという哲学者がおり、『人生の短さについて』(岩波文庫)という本を残しています。彼はこんなことを言っています。
「われわれは短い時間を持っているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は充分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことを完成させるほど豊富に与えられている」
なかなかインパクトがありますが、実に耳の痛いお話です。私も皆様も、人生の多くの時間を浪費していることに間違いはありません。まことにもって、そのとおりでありましょう。
時間は年齢と共に短く感じられるようです。子供の頃の一年はとんでもなく長く、それこそクリスマスやお正月が待ち遠しかったはずです。それが青年期・中年期を過ぎれば、一年などアッという間です。そして、還暦でもすぎれば、もう〝転げ落ちる〟ほどの感覚です。
それでも、私はあえて、何もしないムダな時間の大切さを主張したいと思います。何もしないといっても、何かを考え、何かを想像していることに変わりはありません。そのムダともいえる時間を過ごしてこそ、一気に集中して物ごとに取り組めるからです。この集中と休息のバランスこそ、私は大切だと思います。
「時は金なり」といいますが、お金で買えないものも時間なのです。余裕の時間をうまく使ってこそ、「その全体が有効に費やされる」はずです。いかがですか、皆様。
孝女の一灯
令和元年6月26日
平安の昔、和泉(大阪)国の山村にお照という女の子がおりました。
同村の奥山源左衛門とお幸の間には子がなかったのですが、観音さまに子宝の願がけをしていた道中、捨てられていたお照を連れ帰ったのでした。お照は夫婦の慈愛を受け、器量もよく、また評判の孝女として育っていきました。しかしお照が十三歳の折、夫婦が相次いで他界し、幸せな一家は突然の悲劇に陥落しました。お照はしかたなく育て親の位牌と衣類だけを持って女中奉公にあがりました。
お照は育て親の墓参りをすることを唯一の喜びとしつつも、何とかして菩提を弔いたいと思うのでした。そして、高野山奥の院に灯籠を供えることが一番いいということを聞かされ、それを切に願うのでした。しかし、貧しいお照には灯籠代など払えるはずもなく、叶わぬ願いに悩み苦しみました。
お照はついに意を決して、その美しい黒髪を売り、灯籠を寄進したのでした。それは、お照の一生の中で、最も高価な支払いでありました。
その灯籠は奥の院に献じられ、お照は深い喜びにつつまれました。やがて奥の院では万灯会(多くの灯籠を仏に献ずる法要)が行われ、無数の灯籠が輝きました。その時、突然に一陣の風が吹き荒れ、ほとんどの灯籠がたちまちに消し去られました。しかし、お照の灯籠はさらに輝き、何よりも尊い力を秘めていることを人々に知らしめました。
これが高野山に伝わる「孝女の一灯」。何を供えるかより、どんな気持ちで供えるかの大切さを伝えるお話です。グッときます。

