先祖はどこにいるのか

カテゴリー

令和8年5月10日

 

「仏様はどこにいるのか」に続いて、「先祖はどこにいるのか」をお話したいと思います。ただ、先祖の場合は一筋縄ではいきません。なぜなら、亡くなって四十九日は中陰ちゅういん(幽界)にいますが、それからは上は天上界から下は地獄界に至るまで、さまざまであるからです。

まず、一般に「浮かばれた人」は霊界に往生します。霊界にもいろいろなランクがありますが、生前にまずまずの善行をなし、遺族の追善を受けた人は霊界で修行を積むのです。その上位に天上界がありますが、いささか難関であるといえましょう。

問題なのは臨終を迎えながら、自分が亡くなったことを自覚しない人たちです。この人たちは幽界をさまよいつつ、どこに行けばいいのかわかりません。死後や霊魂の存在を信じない人、信仰について何の関心もなかった人、自殺や変死などによってこの世を去った人などが、これに該当します。

自分が亡くなった場所だけをよりどころにする地縛霊じばくれい、行くところがなくて彷徨さまよい歩く浮遊霊ふゆうれいなどといった呼び名を聞いたことがあるのではないでしょうか。また、自分の存在を何とか知ってもらいたいと思い、人に憑依ひょういすることもあります。怖いお話ですが、これは本当です。

さらに問題なのは、お墓のことです。お墓は死者がこの世に残した唯一の身体であるお骨を納める場所ですが、それだけに遺族の祈りが届きやすい場所といえます。だから、霊界に往生した死者は、実はお墓そのものにいるわけではありません。お位牌(写真)もまた同じで、祈りがよく届きますが、お位牌そのものに死者がいるわけではありません。これはとても大事なことです。

あの『千の風になって』という歌に、「私のお墓の前で 泣かないでください 私はそこにはいません」とありますが、一面の真理ではあります。ところが、行くところがわからない死者が、いわゆる〝幽霊〟となって自分のお墓をよりどころにすることがあるので厄介です。お墓参りをして具合が悪くなった場合は、この幽霊のせいと思って間違いありません。

そして次に、地獄のお話がありますが、次回にしましょう。霊界で修行するあの世の先祖は常に子孫を想い、この世の子孫が先祖を想えば、互いに感応します。あの世の先祖が子孫の追善を受けると、必ず子孫に感謝し、よい影響を与えるのは当然です。結論を言えば、先祖もまた私たちの心の中にいるのです。私たちはこの世とあの世を同時に生きているからです。だから、先祖供養は大切なのです。

*あさか大師の先祖供養に関心のある方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。単なる形式的な供養でないことは、筆者のほかのブログを読んでいただければわかります。勧誘をしなくても、多くの皆様が共鳴するのは、そこに真実があるからです。

山路天酬密教私塾

詳しくはここをクリックタップ