続・あの世への旅立ち

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令和8年4月25日

 

中陰はまた〈幽界ゆうかい〉ともいいます。死後、最初に訪れるところですが、その人のごう(カルマ)の想念によって、いろいろな遭遇をします。お花畑で天使(先祖の守護霊)の出迎えを受けることもあれば、恐ろしい地獄で鬼に追われることもあります。しかし、それらはすべてその人の魂の写しであることを忘れてはなりません。

特記すべきは自分の人生のすべてが、映像となって再現されることでしょう。この世と幽界の時間は、その次元が違います。何十年もの人生でも瞬時に再現されます。それは私たちが夢うつつの間に、遠い海外への移動が可能であることでもわかるはずです。これによって、自分の生前の善業と悪業のすべてが、白日のもとにさらされます。

仏教では閻魔大王えんまだいおうの〈浄頗梨鏡じょうはりきょう〉に映し出され、〈業秤ごうのはかり〉で罪の重さを見極めるという設定で教示しています(写真)。誰が裁くのではありません。自分の魂が自分自身を裁くのです。これによって自分を第三者の眼で見て、生前の善悪を知るのです。エンマ様は自分の心想の中にいると知りましょう。

こうして考えますと、生前の生き方がいかに大切であるかがわかります。今の刻一刻がの大切さがわかります。この世の人にも、あの世の人にも、もっと善事を尽くさねばなりません。自分の中のエンマ様に少しでもめられるよう慈悲を抱き、親切を施し、腹を立てず、悪口を言わず、先祖には感謝の回向を捧げたいものです。

先祖供養がなぜ大切なのかというと、自分の生き方と一体であるからです。その昔、誰かが悪事をすると、そのるいが一族に及んだことと同じです。善事をなせば、もちろん一族への追善になります。中陰が過ぎて、いよいよあの世の行き先が決まる時、歓迎の出迎えを受けられるよう、先祖供養に励みましょう。

*あさか大師の先祖供養については、筆者のこれまでのブログをご覧ください。「先祖供養」のカテゴリーで投稿しています。また、参加をご希望の方はホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。

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