お墓と日本人

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文化

令和3年9月8日

 

「墓じまい」という言葉があります。今や一種の流行語にさえなりました。たしかに、男性の相続人(特に長男)がいない、あるいは女性の相続人(娘さん)が嫁いでいる場合、やがては代々のお墓をどうするか、あるいはお墓を建てるべきかどうかの問題が発生します。相続人が結婚していない場合ならなおさらです。

親の遺骨をかかえながら、お墓を建てる余裕がないという方もおりましょう。〈樹木葬じゅもくそう〉はもちろん、〈散骨さんこつ〉に走る気持ちもわかります。宅急便で親の遺骨を送れば、五万円で海に散骨してくれるというお寺や業者があるとも聞きました。さらには、気球に乗せて大気圏外に散骨するいう〈宇宙葬〉まであるそうです。

日本人は先祖からの代々のお墓を大切にして、相続人がこれを守ってきました。これがが日本人の理想であることは、どなたでも充分に納得されましょう。しかし、今やそのお墓の形態が大きくくずれ、また問われようとしています。今後は永代供養として合祀ごうしする形態が主流になることは間違いありません。お寺もその要望に答えねばなりません。それでも私は、相続人がいるかぎりは、お墓といういう供養の形態を大切にしていただきたいと願っています。

最近、東京オリンピックの〈侍ジャパン〉を率いて金メダルを獲得した稲葉篤紀あつのり監督が、名古屋市にある故・星野仙一監督のお墓を訪れ、その栄誉を報告したというお話を聞きました。「見守っていただき、ありがとうございました」と報告したそうです。これは信仰の云々うんぬんではなく、ごく普通の日本人の姿なのです。

星野監督が〈侍ジャパン〉を率いた2008年の北京オリンピックでは、残念ながらメダル獲得はなりませんでした。稲葉監督は当時、星野監督を慕いつつ選手として出場しましたが、その悔しさを胸に秘め、いずれは必ず金メダルを獲得することを誓っていたようです。事実、東京オリンピックでの、アメリカをも破った5戦全勝は見事というほかはありません。闘将・星野監督の笑顔まで浮かぶようです。そして、これが日本人の姿なのだと、憶念おくねんされてなりません。

こんなお話を聞くと、「墓じまい」などという言葉が、びどくきょうざめて聞こえます。日本人はあくまで、お墓という供養の形態を大切にしていただきたいのです。うたの文句にあったように、先祖はお墓そのものにいるわけではありません。しかし、その形態を通じて祈りが届くのです。守り得るかぎりは、お墓を守っていきましょう。日本人の姿なのです。

山路天酬密教私塾

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