山路天酬法話ブログ
脳が強化される十ヶ条
令和元年8月2日
私が心がけている〈脳が強化される十ヶ条〉をお話しましょう。
ただし、青魚の油(DHA・EPA)やイチョウの葉・レシチンと言ったサプリメントには、ここでは触れません。これらは個人の判断で決めてください。私がお話したいのは、あくまで日頃の心がけです。そして脳の強化は、日頃の心がけしだいであることを知っていただきたいためです。アルツハイマーにならないためにも、ぜひお役立てください。
①ときめきや感動が高まると脳が教化されます。
脳はドーパミン(快楽ホルモン)やセントニン(幸せホルモン)を分泌するほど若返ります。
②知的好奇心が旺盛になると脳が強化されます。
一生勉強のつもりで読書や知識の習得に意欲を持つ人は、いつまでも健康な脳を保てます。
③笑いや楽しさにつつまれると脳が教化されます。
くよくよせずによく笑い、友人とも動物とも植物とも楽しめる人は、大方が長命です。
④音楽や美術に接すると脳が教化されます。
名曲や歌謡曲、絵画や陶芸、好きな音楽や美術に接すると、耳や眼を通して脳が喜びます。
⑤カラオケや読経で大きな声を出すと脳が教化されます。
歌でもお経でも、詩吟でもスポーツの声援でも、声こそは元気のバロメーターなのです。
⑥大股で早歩きをすると脳が強化されます。
脳はよく歩くと、それも大股で早く歩くと鍛えられ、思考の回転までも速くなります。
⑦指先をマメに使うと脳が強化されます。
楽器を奏で、筆で絵や書に親しみ、ペンで手紙を書くうちに、指先と脳が連結して活性化します。
⑧数字やゲームに親しむと脳が強化されます。
脳トレの本をいくつか選び、身近に置いて楽しむと、使っていない脳が動き出します。
⑨料理を作りよく噛んで食べると脳が強化されます。
料理は脳の体操そのものですし、よく噛んで食べれば、歯の動きによって脳が刺激されます。
⑩おしゃれや化粧を楽しむと脳が強化されます。
見た目の大切さを知って自分を飾ると、気持ちが変わり、世の中が変わり、脳が変わります。
夫婦の顔はなぜ似ているのか
令和元年8月1日
私がずっと考えてきたことの一つに、「夫婦の顔はなぜ似ているのか」という課題があります。
「似たもの夫婦」という言い方がありますが、これはどちらかといえば性格に対してでしょう。私がお話したいのは、そのものズバリ、顔が似ているということです。もう少し詳しく申し上げるなら、なぜ顔の〝表情〟が似ているのかということなのです。
「そうかな?」「そんなバカな!」と思う方は、身辺の夫婦を観察してみてください。私の言うことに同感できるはずです。また、見ている内に、そう思えてくるから不思議です。若い夫婦はともかく、共に過ごした時間が長い夫婦ほど似てきます。もちろん当てはまらない夫婦もありますが、まずまずの確率でしょう。
当然のことですが、夫婦はもともと〝アカの他人〟です。仮に従兄弟どうしが夫婦になったとしても、直接に血のつながりはありません。それが、どうしてこんなことになるのでしょうか。
以前、何かのテレビCMに、「同じものを食べているからだよ」という会話が流れていました。夫婦は向かい合って同じ食事をしますし、食事が体を作るわけですから、なるほどとも思えます。しかし、それなら昔の集落のように、その土地のものばかり食べていた人たちはみな似たような顔になってしまいます。
いろいろ調べている中、ある心理学者の説に〈感情移入〉という言葉があり、「コレだ!」と得心しました。つまり、夫婦はお互いの感情を共有するということなのです。特に何十年も連れ添っていると、すぐに相手の感情を汲み取るようになり、それが顔を通じて伝達されるからなのです。そして、その伝達をそれぞれが共有して、顔の表情が似てくるのです。
この事実に照合すると、人は心を寄せるものの表情に感応するという見方ができましょう。好きな仏像や仏画を観てうっとりするうちに、その仏さまのような顔になるのです。これも本当ですし、仏像や仏画はそのためにも大切です。さらには身近な絵や音楽、花も香りも、実は皆様の人生そのものなのです。
霊符祈願
令和元年7月29日
今日は霊符祈願で二件の依頼がありました。
私の霊符は『鎮宅神仙・霊符秘要抄』(青山社)という書籍によって著作権がありますので、許可なく転用はできません。写真のような桐箱(タテ26センチ・ヨコ12センチ)に封じ、お護摩で祈願した後に本人にお渡ししています。このほかに葉書サイズや携帯用もあります。

霊符はその名のとおり、霊的な祈願に用います。
これまで意外に多かったのは、子供さんの学習塾でした。子供さんはみな〝純粋な〟ためか、よく霊を見るのです。誰かが、「オバケがいる!」などど言い出すと、「ここにもいるよ!」と、ほかの子も言い出すのです。そうなると、みんなが気味悪がって、塾を休んだり、やめてしまったりして、困ったことになります。中には教えている先生までが「やめたい」などと言い出す始末で、オーナーが悩んだ末に私のところにやって来るのです。
このような時は、私が直接に塾を訪ねて祈願をします。みな、一発でおさまり、大変に感謝されてきました。それは正しい伝承を継ぎ、正しい作法で霊符を祈願しているからです。今日、ネットで〈霊符〉を検索すると、「開運する霊符」「売上げが伸びる霊符」「恋人ができる霊符」等、まるでオンパレードですが、はたしていかがでしょうか。霊符には秘奥の口伝がありますが、その伝授を受けている方はほとんどいません。また、間違った字体や形体も多く、永い歴史の中で誤伝されてしまいました。間違って伝わるは易く、正しく伝わるは難いのです。世の中のこと、すべて同じでしょう。
*明日・明後日は、私の都合でブログを休みます。8月1日にはまたお目にかかれますから、ね。
景観とインスピレーション
令和元年7月28日
あさか大師から歩いて10分ほとのところに田島公園があり、ウォーキングの途中で立ち寄っています。移転して半年ほどは、こんな近くにこんな素敵な公園があることも知りませんでしたが、緑豊かで近在の方々の憩いの場所になっています。隣りは新河岸川の土手になっており、さえぎるものもないので、のんびりと景観を楽しむことができるのです(写真)。

特にご自宅が狭い方には、お子様を遊ばせる絶好の条件がそろっています。お子様はやはり、元気に走らせ、大きな声で遊ばせるのが一番です。
いや、お子様ばかりではなく、こういう場所があると、自然に今日も歩こうという気分になります。また、この緑を眺めながら軽い運動ををすると、格別な気分になるものです。そして、そんな時こそは、思いがけないインスピレーションがはたらき、驚くようなアイデアが浮かぶものなのです。
私の九星気学の師匠でもあった故・高島正龍は、伊豆の修善寺温泉が好きな方でした。この分野では特異な著作を残しましたが、その多くは修善寺で思いついたと、生前に話しておりました。ここへ行けば何かが得られるという場所を持つことは、人生の財産ともいえましょう。
皆様のお近くにも、意外な景観があるかも知れません。また、忙中の閑として、ちょっとの時間を過ごせる場所を探してみてください。それだけでも、一日が豊かになるものです。しかも、無料で楽しめるのですよ。
妙なお話
令和元年7月27日
女性の戒名には、〈妙〉の字がつくことが多いのです。戒名というのは、葬儀において仏門に入るための新たな名前です。つまり、仏式で葬儀をするということは、仏弟子になるということで、そのために戒名をつけるのです。
では、なぜ女性の戒名に〈妙〉の字が多いのか、考えてみれば妙なお話です(笑)。もちろん、オンナヘンがついているのも、その理由の一つでしょう。しかし、そればかりではないように思います。皆様は、どのようにお考えになるでしょうか。
私が思うには、女性はささいな変化にも敏感であるためではないかと推察しています。つまり、女性はわずかな違いでも、鋭く見極めることができるからです。
たとえば、ある部屋の中に男性と女性が一人ずつ入って、その部屋の中をよく観察した後に、いったん外に出ていただくとしましょう。そして、たとえば机の上の置時計を10センチほど移動したとします。そして、再びお二人に部屋の中に入っていただき、どこを移動したかとたずねてみたとします。男性はたぶん何も移動していないか、わからないと答えるはずです。しかし女性は、そのわずかな移動を敏感に感じ取り、みごとに言い当てることでしょう。
男性はいつも仕事が忙しいので、こんなことに関心を持つ余裕すらありません。しかし、女性は日頃から、食品のわずかな鮮度を見分け、洋服のわずかな色彩を見分ける習慣を持っています。それは理論的な思考ではなく、ほとんど直観といってもよいほどの才能でしょう。この才能は男性がいかに努力をしても、追いつくものではありません。
同じ人間なのに、まことに妙なお話です。いつであったか、こんなことをお通夜の席でお話したものでした。
父親と夫、母親と妻
令和元年7月26日
九星気学はいろいろな使い方ができますが、その一つに〈推命〉があります。
推命というと〈四柱推命〉で知られていますが、九星気学もまた推命で人の先天運を調べることができます。一番わかりやすいのは、その人が生まれた月の〈月盤〉から、生まれ年の本命の位置をみて、一生の運の強弱を調べることでしょう。そのほかにも職業運・金運財運・結婚運・家庭運・子供運・健康運などを調べることができます。結婚運は、男性なら妻を〈坤宮〉という所で調べ、女性なら夫を〈乾宮〉という所で調べます。また家庭運は、母親を〈坤宮〉で調べ、父親は〈乾宮〉で調べます。
そうすると、父親と夫は共に〈乾宮〉で、母親と妻は共に〈坤宮〉です。これはいったい、何を意味するのでしょうか?
実は九星気学では、父親と夫は同じもので、母親と妻は同じものなのです。つまり、女性がどのような男性を夫として選ぶかというと、幼児期からの父親との関係で決まるのです。また、男性がどのような女性を妻として選ぶかというと、幼児期からの母親との関係で決まるのです。女性は父親と似たような男性を夫に選び、男性は母親と似たような女性を妻に選びます。もちろん、これが100パーセントとまではいいませんが、この傾向が多分にあることは否定できません。
「そんなバカな!」「当てはまりません!」といった声が聞こえて来るようです。つまり、表向きの人柄や性格だけでは、見えてこないからです。本人が意識することもないからです。
好きとか嫌いとかの感情以上の力に、無意識のうちに〝引き寄せられる〟のだとでも説明しておきましょう。女性にとって父親は、唯一無二の男性として無条件で自分に愛情を注いでくれたはずです。男性にとって母親は、唯一無二の女性として無条件で自分に愛情を注いでくれたはずです。その関係に問題が生ずれば、結婚した相手とも問題が生ずるのは当然のことです。
今日のお話は、実際に鑑定をしてみると、よくわかるのです。これ以上は〝鑑定料〟を払ってお聞きください。よーく当たりますよ。
お中元
令和元年7月25日
お中元の時節とあって、私にもたくさん届きました。
三年前に独り暮らしを始めた時、「お中元・お歳暮はかたくご辞退いたします」というハガキを出したのですが、それでも頂いている方かも知れません。素麺やカルピスといった定番のものから、各地の名産(最近は冷凍ものが増えました)まで、種々さまざまです。冷凍ものが増えると、冷凍庫を別に求める方も多いことでしょう。私も昨年の暮れに寺が完成した折、家庭用としては一番大きい冷蔵庫を買いました。冷凍庫が二ヶ所にあるので、何とかなっています。
ところで、お中元を頂いた折、ていねいにハガキを出したり電話をして御礼を欠かさぬ人もいれば、まったくナシのつぶてという人もいます。これは、私も贈り物をして経験したことですが、やはり何の音沙汰もないというのは、気持のいいものではありません。せめて電話の一本も欲しいというのが、贈った方の本音でしょう。
では、悪気があって音沙汰がないのかというと、そんなことはありません。感謝の気持ちはあっても、めんどうなだけなのです。会った時にでも御礼を言おうと、その程度に思っているのです。しかし、このことが、当人の一生にどれほどの損失をもたらしているかがわかっていません。たかがハガキ一枚、たかが電話一本のささいなことをおろそかにする人は、結局は信用を失い、どかかで陰口を言われるようになるのです。お中元の習慣が、いい悪いの問題ではないのです。不用なものまで贈って来るという問題ではないのです。人は感情で行動しても、あとから自分の正当さを主張するからです。
ちなみに私ですが、宅急便のラベルをはがしたらスグ(!)に、御礼のハガキを出すか電話をします。その場でスグにすることが大切で、これはかなりの努力をした末に習慣となりました。習慣の心がけこそは、人生の秘訣と思っているからです。
小事をおろそかにしての大事はありません。小事の積み重ねが、やがて人生の大事となるのです。肝に銘じましょう。
正しい秤(はかり)
令和元年7月23日
韓国歴史ドラマの名作に『商道(サンド)』があり、放送中は大変な人気だったそうです。日本でもDVDが出ており、長いストーリーでしたが、私もレンタルで見ました。
主人公のイム・サンオクは転落と逆境の人生をたどりますが、やがて商才に目覚め、ついには朝鮮一の大商人となるというのが、このドラマのあらすじです。ドラマの中で私が注目したのは、主人公が語る「財物は平等な水のごとし。人は正しい秤のごとし」という台詞でした。平等な水とは、五合の器にいれれば五合が、一升の器に入れれば一升が、誰が計っても平等であるというほどの意味でしょうか。そして正しい秤とは、人は与えたに等しい分だけ与えられるという意味ではないかと思います。私は特に、この「正しい秤のごとし」という言い方が気に入り、急いでメモを取った記憶があります
つまり、人はこの世に何をどのくらい提供したかによって、相応の収入を得ているということなのです。そう言うと、「そんなことはない」という、反論が聞こえそうです。世の中には悪事や謀略を重ねて大儲けをしている人がいることは事実です。しかし、そんな人はやがて国税局の捜査が入ったり、検察庁より手が回って刑務所に入ることになります。築きあげた財産も名誉も、アッという間に失います。一生をトータルすれば、結局は平等な秤です。
よくお話するのですが、人がお金に関して最も間違いやすい過ちは、相手が損をすれば自分が儲かるという思い込みでしょう。これは要するに、平等な秤がわかっていない典型的な考えです。相手が喜ぶことを提供しなければ、自分が喜びを得ることはないのです。
また、これもよくお話するのですが、一億円を稼ぎ出せる人とは、一億円に値する何かを世の中に提供できる人なのです。だから、ギャンブルや宝くじのような偶然の産物で手に入れた財は、いずれ泡のように消え去ります。その財が残ることは絶対にあり得ません。一代で巨万の富を築いた人の伝記でも読めば、こんなことは誰にでもわかります。彼らは昼となく夜となく、人の何倍も何十倍も働き、世の人々を喜ばせる何かを提供したのです。
私たちはそうはいきませんので、まずはマジメに働くことが一番だと知りましょう。仕事が終わって、焼き鳥屋でグチを言うぐらいは許されましょうから、ね。
熱しやすく、冷めやすい人
令和元年7月22日
この道に入って四十年もたちますので、さまざまな人々と出会いました。
よく思うことですが、熱しやすい人は、たしかに冷めやすい傾向があるようです。たとえば私の寺を気に入っていただけるのはよいのですが、ほとんど毎日のようにいらっしゃる方がおりました。
そのうちに、だんだんと親しくなりますから、土産物などを持参するようになります。さらに、私の身の回りのものまで買い求めるようになり、プライベートな生活にまで入り込もうとします。そうなると独占欲が現れますから、まわりの方々とうまくいくはずがありません。結局はしだいに身の置きどころを失い、急速に遠ざかってしまいます。
このような方は、人と人との空気が読めないのでしょう。熱しやすい分だけ、自分の視野しか見えません。勢いに乗って突っ走るだけに、すぐに燃料が切れるか、エンストをおこすのです。これに対して、時々はいらっしゃるものの、気に入っているのか、どうなのかが読みにくい方もおります。しかし、こんな方こそ地味なおつき合いが続き、私にとっても大事なご信徒になるものなのです。人は見た目も大事ですが、見た目でけではわからないのもまた事実なのです。
このことは世の中を見てもわかります。あまりに急速な成長は、必ずどこかで無理が生じるのです。一挙に売り上げが伸びた商品は、残念ながら一挙に消えるのです。だから、昔から知られた胃腸薬などは急速に売れ上げが伸びることはありませんが、消えることもありません。大したものだな、と思います。
私たちもいきなり飛びつこうとした時は、少し頭を冷やして考えた方がよさそうです。一夜明けて忘れているようなら、それはもともと、どうでもよかったものかも知れません。本当にやりたいこと、本当に買いたいものは熟慮を重ねても、なお残るはずです。このお話、役に立ちますか、皆様。
大般若転読加持
令和元年7月21日
今日は第三日曜日で午前11時半からは金運宝珠護摩を、午後1時からは光明真言法要をいたしました。この金運宝珠護摩は、現代は金運なくしては生き残れないという考えのもとに実修しています。
信徒の皆様はとても熱心なので、逆に私の方が励まされるほどです。そして、お護摩の後は大般若転読加持を施し、十六善神(大般若経の神)のご加護を仰いで、ふりかかる災いに勝てるよう祈願をしています(写真)。これがまた、金運増大の大事な秘訣でもあります。

世の中はさまざまな災いがふりかかり、たとえ自分が正しくとも、身に覚えがなくても、注意をしていても、いつ何が襲って来るかわかりません。私たちは前向きに進むことも大切ですが、ふりかかる災いに備えるセキュリティーも同様に大切です。善良な市民に向って刃物を振り回したり、歩道の中まで車を突っ込む時代です。いかに物騒な世相であるかは、言うまでもありません。金運に関しても、振り込めサギにあっては、大切な財産を失います。スリにあっては、元もこうもありません。
大般若転読加持は「降伏一切大魔最勝成就」と唱えながら、経典の風を送ります。風には〝吹き祓う〟力があるからです。大魔を吹き祓って、身を守ることが大般若転読加持なのです。しかも、毎日のお護摩で祈願された経典を用いますので、法力は絶大です。お願いごとを叶えると共に、叶ったものを守るのも私の仕事です。

