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彼岸花が咲く

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令和3年9月17日

 

あさか大師の近辺でも彼岸花が咲き始めました(写真)。曼珠沙華まんじゅしゃげという別称もありますが、かつては「お墓の花」「死人の花」としてきらわれ、生け花として用いられることはありませんでした。まして茶室においては、今でも代表的な禁花となっています。

ところが、最近では事情が一変しました。全国の群生地には人が集まり、カメラマンの姿が絶えません。特に本県日高市には〈巾着田きんちゃくだ曼珠沙華公園〉があり、 約500万本がいっせいに花開きます。私も一度だけうかがいましたが、駐車場に入るだけでも2時間を要しました。公園を囲む高麗川こまがわ蛇行だこうが〈きんちゃく〉に似ていることから、「巾着田」と呼ばれるようになったそうです。その高麗川が増水した折、漂流物に混じった球根が根付いたのでしょう。多くの方の関心を呼ぶようになりました。一面に赤ジュータンを引き詰めたような景観は圧巻としか言いようがありません。

私の郷里(栃木県芳賀郡)では近年まで土葬どそう(火葬せずにひつぎのまま埋葬する葬法)の風習が残り、彼岸花はおなじみのものでした。土葬した盛土の上には堅い球根を乗せ、その球根が持つアルカロイドの毒性によってモグラや野ネズミから遺体を守ったのです。もちろん、田んぼのあぜ道や土手に植えるのは、土くずれを防ぐためです。また、その毒性さえ除けば、飢饉ききんの折の救荒きゅうこうしょくとして人命を救って来ました。すり込んで水にさらせば、毒が抜けるし、湿布薬や尿毒薬ともなったのです。

今日では白色・桃色・紫色と言った多彩さがありますが、私は昔ながらの赤色を好んでいます。多くの詩歌や小説に登場しますが、まずは俳人・山口誓子せいしの「けて天上てんじょうこん曼珠沙華」が浮かびます。天上の青空(紺色)と真っ赤な曼珠沙華を対比させた名句です。すばらしいでしょう。

日本は春彼岸に木蓮もくれん、お盆にははす、秋彼岸にはこの曼珠沙華(彼岸花)と、仏縁の花が咲く国です。遠い先祖を神棚に、近い先祖を仏壇に、神を父とし、仏を母としながら、皇室が一度も滅びなかった世界一古い国家です(ギネス登録)。世界一の日本に生れたことを喜び、世界一の日本を讃えましょう。

花と満月

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令和3年2月27日

 

今日はご信徒の方より、紅梅こうばい馬酔木あしび山茱萸さんしゅゆ藪椿やぶつばき水仙すいせんいった春のお花をいただきました。さっそく寺の中にして(私は生け花の技術はありませんので、ただ挿すだけです)楽しみました。普通の花屋さんには売っていない花ばかりで、まさに〝日本の花〟です(写真は馬酔木)。

また今宵こよいは満月で、しかも雲一つない好天気です。あさか大師の境内からは360°の視界が開けていますので、もはや何も言うことがありません。最高です。先ほど、寒い中でえりをたて、30分ほどながめていました(写真)。

どなたであったか、春は「魔法使い」と表現しました。うららかな日が射したかと思うと、突然に雨を伴った東風こちが吹きます。道真みちざね公(天神さま)は大宰府に流される前に「東風こち吹かばにおいおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな」と一首を残し、大宰府まで匂いを届けてほしいと願っています。また、ぬくもりに満ちた光が、樹の枝や土の中から新芽をのぞかせていきます。寒い冬から立ち上がるには、こんな魔法が必要なのでしょう。

幸せな一日でした。まだまだ、夜明け前まで満月が楽しめます。このブログをご覧になった方は、ぜひ。

スキマの植物たち

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令和2年7月17日

 

青森市のご信徒から、「ど根性朝顔」という写真付きのメールが届きました。何が〝ど根性〟なのかといいますと、ブロックべいの下から芽を出した朝顔に麻ひもを付けておいたところ、みごとに花を咲かせたからです(写真)。あまりのうれしさにスマホで写真を撮り、私にを送ってくださったのでした。

そこで思い出したのですが、植物学者の塚谷裕一氏が平成二十六年に『スキマの植物図鑑』、平成二十七年に『スキマ植物の世界』(いずれも中公新書)という本を刊行し、私は大変な感動をもって愛読しました。たしか、『読売新聞』の人気コラム「編集手帳」にも紹介されたような記憶があります。

街を歩けば、ブロック塀のすき間、アスファルトの割れ目、石垣の穴、電柱の根本などからいろいろな植物が芽を出し、立派に花を咲かせています。それらは花店で売られているように栽培されたものではありませんが、逆に素朴な味わいと発見の喜びを存分に与えてくれます。「おや、こんなところに」という意外な出会いは、雑多な人生において、豊かな潤いを感じるに違いありません。

著者は次のように主張しています。「大都会の真ん中にあっても、そこには豊穣ほうじょうな緑の世界が広がっているはずである。ほこりっぽくて騒がしい環境の中で、一見過酷に見えるそうしたスキマは、植物にとって幸せな楽園であるのが見えてくるだろう」と。そして小学生の時、動物のようにすばやくは動かないし、力もありそうに見えない植物がじわじわと成長し、アスファルトすらも割ってしまう事実に興味を持ったとも回想しています。

そういえば、兵庫県でアスファルトのすき間からダイコンが生え、大きく成長し、これを「ど根性ダイコン」と名づけたニュースがあったことを思い出します。以来、日本各地の〝すき間〟から「ど根性〇〇〇〇」が発見され、大新聞までが紙面に載せるほどのブームとなりました。

もちろん、「スキマの植物たち」の魅力はブームによって高まったわけではありません。春のタンポポやスミレ、夏のカタバミやニチニチソウ、秋のススキやエノコログサ、冬のツワブキやナンテン、そのほか多種多様な植物が街の片隅でたくましく育っています。そして通勤通学の途中、散策の合い間に、おりおりに小さな魅力を発揮しています。

そして、こうした「スキマの植物たち」に目を向け、その美しさを感じ取れる人は、他人に対しても細やかな配慮ができるに違いありません。目立たぬ努力を認め、目立たぬ能力を発見する感性を持ち得るに違いありません。人生は目立たぬところにこそ、大切なものがあるからです。

始めは処女のごとく

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令和元年10月14日

 

今日は一日中、台風被害の片づけに終わりました。

暴風には備えましたが、とにかく記録的な豪雨となり、本堂が水浸しになりました。周辺の畑も田も一面が湖のようでした。午後10時頃、私が気づいた時は床下ゆかした浸水は1センチ程度でしたが、わずか15分ほどで、20センチの浸水となりました。しかも、停電のために真っ暗闇くらやみです。こんな台風はめったにもないでしょうが、それにしても驚くばかりでした。

まずは御札や御守、印刷物を守らねばなりません。蝋燭ろうそくばかりはたくさんありますので、堂内を灯して深夜の大仕事となりました。テーブルやイスの上に運びましたが、かなりの被害を受けました。四分の一ほどが使い物になりません。皆様から電話やメールでご心配をいただき、昨日のブログで「変化に対応する能力」の大切さを説きながら、情けないお話です。。

子供の頃、川が氾濫はんらんしたり小屋が流されたりした事実は見て来ましたが、こんな経験は初めてです。私は、浸水はまずゆるやかに始まり、後には突然に、しかも急速におそって来ることを知りました。まさに、「始めは処女しょじょのごとく、のち脱兎だっとのごとく(孫氏そんし)」です。

しかし、これは人生の災難、すべてに通ずることなのです。皆様、これだけは覚えておきましょう。人生の災難はすべて、始めは処女のように静かで弱々しく、油断ゆだんをさせるものなのです。そして、その後は脱兎だっと(逃走するウサギ)のように、素早く一気に攻撃こうげきをして来ます。

うまいお話も、おいしいお話も同じです。ローンもサラ金もまた同じです。そして、覚せい剤もまた同じです。孫氏はさすがに、兵法ひょうほうの達人です。

(明日より3日間、出張のためにブログを休みます)

変化に対応できる能力

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令和元年10月12日

 

今回の台風19号は超大型です。私もさすがにテレビで情報を集め、昨日から対策を講じました。特に、となりに新河岸川しんがしがわが流れているので、氾濫はんらんしないかが気がかりです。夕方からたくさんのお電話やメールをいただき、皆様からご心配をいただきました。

テレビでは、「ただちに、いのちを守るための行動をとってください」とくり返し語っているのですから、ただ事ではありません。こんな言い方での放映は、初めて視聴しました。それでも。お大師さまを置いて避難ひなんするには忍びず、私は寺にとどまってこのブログを書いています。

日本人は台風や地震には経験豊富ですし、四季おりおりの変化にも慣れています。生活環境の急激な変化にも、対応が早いのではないかと思います。闘争本能は弱いかも知れませんが、これは生きていくうえでの立派な才能です。

いまから150年前、イギリスの動物学者・ダーウィンはガラパゴス諸島に渡り、進化論を説きました。かれは著書の中でこんなことを述べています。

「この世で生き残ってきた動物はすべて、強い動物でもない。賢い動物でもない。それより、その時どきの環境の変化に対応できた動物だけが、生き残ってきたのだ」

これは災害に対しても、きわめて示唆しさに富んだ論説です。時の変化に対応できる能力こそ、〝命を守るための行動〟を可能にするのです。ダーウィンはさまざまな動物の生態を研究しましたが、変化に対応できる能力を持った動物こそ、一番強いのだと教えているのです。

稲の〈妻〉とは?

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令和元年8月17日

 

稲が実りつつ、たわわながもたれ始めました。この時期は稲が実ると共に、かみなりとどろきを聞くことも多いはずです。

ところで、皆様は雷が多い年は稲がよく実り、豊作であるという説をご存知でしょうか。これは昔から言われていることで、藤沢周平の『三屋清左衛門みつやせいざえもん残日録ざんにちろく』にも主人公が幼い頃、母からそのことを言い聞かされる場面があったことを記憶しています。しかし、その理由は科学者でさえ容易には解明できませんでした。

松江市の高校生・池田圭介君はこのことに興味を持ち、学校にあった放電装置で稲妻と同様の状況を作り出し、カイワレダイコンの成長を調べました。そして、50秒間を放電して育てた種子は、放電しなかった種子に比べると約2倍も成長が早いことを確認したのです。さらに、用いる水に対しても同じ実験をしたところ、結果には何の違いもありませんでした。つまり、放電によって水の窒素ちっそ量が1.5倍になることを発見したのです。彼はこのことを〈科学シンポジュウム〉で発表し、最優秀賞に輝きました。雷によって稲妻が放電する時は、田の水の窒素量が増えて稲の生長が早まり、豊作となるのはこのような理由からなのです。

ところで、〝稲妻〟を稲の〈妻〉と書くのも、奇妙なお話です。実は、古代にあっては夫婦や恋人どうしが互いを呼び合う場合、男女に関わりなく〈妻〉も〈夫〉も共に「つま」と言ったからなのです。稲妻の放電は〈妻〉より〈夫〉でしょう。だから、稲妻は稲に活力を与えるつまであり、その「稲夫いなつま」が「稲妻いなづま」と書かれるようになったのです。

あの怖い雷にも、こんな働きがあることを知りましょう。そして、自然にはムダなものがないことを知りましょう。

山路天酬密教私塾

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