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孔雀明王の呪力

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令和4年12月24日

 

私は先日、弟子僧の七名の方に〈孔雀経法くじゃくきょうぼう〉を伝授しました。文字どおり、『仏母大孔雀明王経ぶつもだいくじゃくみょうおうきょう』をもとにした孔雀明王の行法ぎょうぼう(祈り方)です。実は孔雀経法こそは、真言密教で〈三ケの大法たいほう〉の一つとして畏怖いふされる秘法中の秘法で、めったに伝授されることはありません。また鎮護国家の祈りとして、本来は大勢の僧侶が結集して修する大法でもあります。

それでも、私があえて弟子僧に伝授をしたのは、今なおコロナ禍の終息も見えず、ウクライナでの戦争も終結せず、日本を取り巻く国交関係が危機的状況にあるからです。たとえ行者一人の祈りであっても、孔雀明王の呪力しゅりきが絶大な霊験をもたらすに違いありません。私はそのことを深く信じています。もちろん伝授をするにあたっては、お大師さまにお許しをいました。また、伝授をした七名の方の祈りが、強く融合することも念じています。

孔雀明王はやさしい菩薩さまの姿をしていますが、乗っている孔雀は毒虫を食らうだけあって、いささか怖い形相でこちらをにらんでいます(写真)。

毒虫を食らうとは、いわば人間の苦しみのもとである煩悩ぼんのうを食らうという意味でありましょう。それだけに、この秘法を修する行者は煩悩を解脱げだつした清らかさが求められます。秘法という響きに溺れてはなりません。よく、いろいろな秘法を知っていることを吹聴する方がいますが、知っているだけでは何の役にも立たないことを知るべきです。要は行者自身が清らかで行法に励み、唱える呪力にパワーがなければ、霊験は得られません。

孔雀明王における歴史上の偉大な行者としては、飛鳥時代の役行者えんのぎょうじゃ神変大菩薩じんぺんだいぼさつ)がいます。また中世には聖宝しょうぼう理源大師りげんだいし)・仁海にんがい(雨の僧正と呼ばれ、請雨法の逸話がある方)などが多くの霊験を残しています。それぞれに何が偉大であったかといいますと、人間そのものが偉大であったということです。人間が偉大でなければ、偉大な行者になどなれるはずもなく、また不思議な霊験など得られる道理がありません。

私もお大師さまへの毎日の祈りの中に孔雀明王の秘法を加えて、日本と世界の平穏を念じています。大きなことを言うと思われるでしょうが、小さな祈りも融合すれば、絶大なパワーを生むのです。偉大ではない私たちは、融合の発想こそ大切ではないでしょうか。小さな力を融合してこそ、大きな仕事ができるからです。これは、現代のどのような分野においても、共感されることです。

神さまへの接待

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令和4年11月12日

 

皆様は仏教において〈神さま〉と〈仏さま〉とどちらがお偉いのか、おわかりでしょうか。

神棚の方が上にあるから、神さまだと思いますか。いやいや、答えはもちろん「ノー」です。仏教におきましては、仏さまを守護するお役を担当するのが神さまで、山門の仁王さま、鎮守のお稲荷さまや龍神さまなど、そういう意味なのです。だから、仏教では当然、仏さまの方がお偉いことになります。ここまではいいですよね。

ところが、真言密教ではその神さまには二種類があると教えています。一種は仏さまが仮の姿として神さまに化身した場合で、これを「権類ごんるいの神」と呼びます。〈権〉とは〈仮の〉という意味ですから、「ごんげん」という呼称も、権類の神ということになります。権類の神は仏さまと同体なので、護摩壇のように壇線だんせん(護摩壇を囲む五色の線)によって結界けっかい(ガード)されていても、中に入って接待(供養)を受けてくださいます。

これに対して、もう一種はもともとの神さま、つまり土着の神さまです。まだ仏教に帰依きえしてはいませんので、仏さまと同じように接待を受けることができません。これを「実類じつるいの神」と呼びます。ただ、権類も実類も同じ名前、同じ姿であるところがやっかいです。では、実類の神はどのように接待するのかといいますと、神供壇じんぐだんという法具を用います(写真)。

神供壇には十二本のへい(降臨するところ)が立てられいていて、主に十二天じゅうにてん(東北・東・東南等の八方天と梵天・地天・日天・月天)を接待します。右には香水こうずい五穀粥ごこくがゆなどを用意しますが、真言密教の僧侶は、権類の神は護摩壇にて、実類の神は神供壇にて修するということになります。わかりましたでしょうか。

こうしてお話をすると、神さまへの接待も、なかなかに大変です。私は毎日のお護摩で権類の神(十二天)を接待していますが、神供はめったにできません。でも、縁あってあさか大師が建立されたわけですから、実類の神も大切にしなければと考えています。五穀粥と書きましたが、次回はインドのお粥についてお話をしましょう。お楽しみに。

失物発見法

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令和4年7月17日

 

本日は第三日曜日で、午前11時半より金運宝珠護摩を奉修しました。コロナ感染者がまたまた急増し、外出を控えていらっしゃる方が多いのでしょうか。ちょっとさびしい気もいたしましたが、参詣の皆様は元気に読経をしました(写真)。

また、午後のご回向の後は、〈失物うせもの発見法〉のお話をしました。これは私たちが失物(なくしもの、落としもの)や盗難にあった場合、その原因は三宝荒神さんぼうこうじんかまどの神さま)のおとがめであるという考え方によるめずらしい秘法です。現代人のほとんどは、それは単なる偶然あるとしたり、運が悪かったからだとしか思いませんが、昔から伝えられたこうした教えを決しておろそかにしてはなりません。私はこの秘法によって、どれほど多くの方々を実証してきたか、はかり知れないほどです。また私自身すら、この秘法によって、失物を見つけ出した経験が何度もあります。

現代人の生活にかまどはないと思いますが、ガス台やIHがあれば、それを使用する時、必ず荒神さまがいらっしゃることを知らねばなりません。つまり〈火〉は神聖なものであるということです。そのそばで、腹を立てたり、悪口をいったりすると、必ず荒神さまのおとがめを受けます。その一つが失物です。

そこでこの〈失物発見法〉の出番となりますが、残念ながらこのブログではお教えできません。あさか大師へ直接お越しください(要予約)。これは出し惜しみをするのではなく、荒神さまのことですから、軽々しく公開をすれば、この私にお咎めが来るからです。おわかりですね。

秘法とはいいながら、実は簡単なものです(もっとも、真理とはもともと単純明快なものですが)。しかし、その霊験たるや不思議(!)としかいいようがありません。家の中の場合、たいていは1時間以内に見つかります。外の場合は少し時間がかかりますが、必ず何らかの知らせがあります。私は多くの方にこの秘法を知っていただき、荒神さまの存在を実証していただきたいと考えています。皆様も、ぜひ。

真言密教の現代化

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令和4年7月4日

 

私の著書『真言宗・回忌法要次第』(青山社刊)の第七刷が、間もなく刊行されます(写真左)。また、同様に『真言宗・独行葬儀どくぎょうそうぎ次第』(同社刊)も、今年三月に第八刷を刊行しました(写真右)。斯界しかいの限られた読者層にあって、このようなロングセラーは稀有けうなことでありますし、また著者の私自身も大変に驚いています。

宗内における私の主張は、「真言密教の現代化」ということです。それはどのようなことかと申しますと、伝統ある真言密教も、時代に対応する必要があるという意味なのです。もちろん、最も大切な法儀ほうぎ(経典にある約束ごと)は守らねばなりません。しかし、現代は何ごとにも時間は短縮され、むずかしい仏教用語も理解されません。ここに問題があります。

たとえば、葬儀もせずに火葬だけで済ませる直葬じきそうや、通夜のない一日葬儀(ワンデイセレモニー)が流行する現代、江戸時代の葬儀次第をそのまま使用するなど不可能であるからです。かつての住職は、臨終の知らせを受けるや枕経に出向き、自ら湯潅ゆかん(死者の体を清める)や納棺のうかん(死者をひつぎに納める)をつかさどりました。そして通夜を経て、数人の役僧(読経を勤める僧)と共に葬儀を終え、行列を組んで墓地に向い、その日に埋葬まいそうをしました。葬儀時間も1時間以上は要したはずです。

ところが現代は、特に都会地では通夜もなく、与えられた40分の内のわずか30分で葬儀を、残りの10分で初七日を、すべて導師一人で済まさねばなりません。斎場さいじょう(火葬場)に出向いても、親類は新幹線や飛行機の時間を気にしつつ、おとき(食事)ばかりは済ませて帰途につきます。これが現代における葬儀の実体です。江戸時代の次第など、通用するはずがありません。また、このことは回忌法要におきましても、事情はまったく同じです。

私はこうした時代に対応すべく、上記二冊の次第を刊行しました。初版当時はまだ若く、まるで小舟をいで荒海に向かうような心境であったことを覚えています。しかし、幸いにして多くの方々に愛用され、まさに著者冥利みょうりに尽きる結果となりました。この後も、末長く愛用されていくことを願ってやみません。

なお、上記次第についてお問い合わせのある方は、青山社(担当・三宅氏)☎0120(18)0341にご連絡ください。

連日の伝授

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令和4年2月22日

 

開運星祭り大護摩供が終了し、約束していた行法ぎょうぼう伝授が多いためか、まったくブログが書けませんでした。真言密教の行法伝授とは、それぞれの仏さまをお祈りする作法や奥義をお伝えするもので、本日は僧侶二名の方に薬師如来法と弁財天法の二法でした(写真)。お薬師さまも弁天さまもよく知られていますが、なかなか伝授される機会がありませんし、また、伝授する阿闍梨あじゃり(真言密教の師僧)も少なくなりました。

この後は、23日は金剛界法、24日は十一面観音法と施餓鬼せがき法、28日が尊勝そんしょう法と宝篋印経ほうきょういんきょう法と続き、新しく得度とくど(入門の儀式)を希望する方も増えて来ました。なるべくブログも書けるよう努力いたします。どうぞ、お楽しみに。

尊勝曼荼羅

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令和4年1月26日

 

昨日の伝授では、受者の方々に尊勝曼荼羅そんしょうまんだらをご披露ひろうしました。若い時に苦労をして手に入れ、大切に保管して来ましたが、今頃になって役立つとは意外でした。真言密教に興味がある方でも、あまり目にすることはありません。それだけに、貴重な資料です(写真)。

人生〈えん〉はこのようなことから広がるのでしょうか。苦労をして身銭みぜにを切ったり、時間をかけて足を運んだりしなければ、縁は動かず、したがってうんも人生そのものも動きません。ささやかなこのお軸が、昨日の伝授を呼んだのです。

真言密教はあの世でも救われますが、この世で生きている内に救われるためのものです。この世に仏さまの世界を顕現けんげんするための姿が曼荼羅です。今日も不思議なことがおこり、さっそく連絡が入りました。うれしいお知らせを受けると、真言行者も冥利みょうりに尽きるというものです。

皆様もあさか大師にお参りして、仏さまの不思議な体験をしてください。毎日、午前11時半にはお大師さまの前でお護摩ごま(炎をあげてのご祈願)を修しています。また、ご相談がありましたら、いつでもお電話をください。

赤ちゃんは「オギャー」と泣くのか

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令和4年1月20日

 

お大師さまの作とされる宗門の歌に、「阿字あじの子が 阿字のふるさと立ち出でて また立ち帰る 阿字のふるさと」があります。〈阿字〉とは梵字ぼんじの〈ア〉を示し、仏さまのふるさと、すなわち仏さまの浄土を示します。私たちは仏さまの浄土から生まれて生涯をおくり、臨終と共にまたその浄土に帰ってくという意味です。真言宗の位牌には、戒名の上に必ず〈ア〉という梵字が書かれるのはこのためなのです。

そこで、この阿字のふるさとについて、おもしろいお話をいたしましょう。それは、赤ちゃんの泣き声について、私が考えたことなのです。皆様は赤ちゃんは「オギャー」と泣くと思っているはずです。しかし私はこのことに、大きな疑問をいだいてきました。なぜなら、赤ちゃんは口を大きく開いて泣くからです。口を開いて「オギャー」の〈オ〉と発声できるでしょうか。ぜひ、試してみてください。大きく口を開いての発声なら、必ず〈ア〉音になるはずです。

つまり、赤ちゃんは「オギャー」ではなく、「アギャー」と泣いているはずなのです。ただ、赤ちゃんは大人のようには、まだ発声がはっきりしません。だから、「オギャー」と聞こえるかも知れませんが、実は「アギャー」と泣いているのです。私はこの考えに、かなりの自信があります。

もっとも、私は今どきの若い夫婦のように、出産の現場に立ち会った経験がありません。また、このことを多くのご婦人に質問もしましたが、大体は「そんなことを出産の最中に聞いている余裕などありませんよ(笑)」という返事でした。でも、私のこの考えは正しいと信じています。

もう、おわかりでしょうか。赤ちゃんが「アギャー」と泣くのは、仏さまの浄土からこの世に生れて来たぞと宣言する声なのです。赤ちゃんはただ泣くことによってしか、自分の意志を伝達する手段を知りません。しかし、出産直後のあの大きな声は、まさに宣言以外の何ものでもありません。あの泣き声こそが、阿字のふるさとから立ち出でた生命の燃焼なのです。

ついでですが、皆様は「ハハハ」と〈ア〉音で笑っていますか。阿字の子なら、阿字のふるさとから生れて来たなら、〈ア〉音で笑ってください。「ヒヒヒ」「フフフ」「ヘヘヘ」「ホホホ」はいけません。あやしげな笑いを続けていると、阿字のふるさとに帰れませんよ。

ビデオ伝授

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令和3年9月14日

 

私は今年6月に真言宗住職葬儀、つまり真言宗寺院の住職が死亡(これを遷化せんげといいます)した場合の、葬儀法を説明した本を出版しました。住職の葬儀は、もちろん一般の方とは異なります。お檀家さんの葬儀を長くつかさどって来たのですから、それは当然でしょう。しかし、残念ながら若い副住職は、これについてほとんど学ぶ機会がありません。私がこの本を出版した理由はこれなのです。永く活用されることを願っています。

そして、9月7日に奈良の東大寺で伝授会をする予定でした。ところが、緊急事態宣言の発令でこれも叶わなくなり、やっむなくビデオに撮影して配布することとなりました。本日は出版社の方が見えて、その録画をしました。緊張しましたが、約3時間をかけてビデオ伝授を終了しました。クタクタになりましたが、無事に終わってホッとしています(写真)。

先日、市川海老蔵さんの歌舞伎がオンラインで公演されるという広告を見ましたが、真言密教もオンライン伝授を真剣に考えるべきかも知れません。政治もビジネスも、テレビ電話やオンラインを活用する時代です。まして、このコロナ禍の中ではなおさらです。私の場合は北海道や沖縄からも僧侶の方が受法に見えるので、関心を持たざるを得ません。今回はビデオ撮影の方法をとりましたが、さらに思案を重ねたいと思っています

〈神供〉という作法

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令和3年7月13日

 

真言密教はもちろん仏さまを祀り、仏さまを供養し、仏さまに祈願をしますが、神さまも大事にします。稲荷さまや、弁天さま、大黒さま、荒神さまなど、多彩な神さまがいらっしゃいます。私は毎日のお護摩でお大師さまに祈願をしていますが、神さまに対しても同じです。

ただ、神さまにもいろいろなタイプがあって、お護摩で祈願ができる神さまもいれば、境内でなければいけないという場合もあるのです。これを「実類じつるいの神さま」といい、〈神供じんぐ〉という特殊な作法でこれを修します。そして、神供を修するには神供壇じんぐだんという法具を用います(写真)。

今日は近在からも、遠く青森からも僧侶の方が集まり、私が神供の作法を伝授しました。地鎮祭じぢんさいのように境内に神供壇を安置して、閼伽あか(水)・かゆ洗米せんまい・香・花を次々に供えました。初めての方もあってか、皆様がメモを取り、写真を撮って熱心に学びました。

こうした神さまはあさか大師が建立される以前から、この土地に住んでいたということになります。地鎮祭はもちろん修しましたが、この土地をお借りし、この土地にお寺を建てたのですからご挨拶をするのは当たり前です。何度もお話をしますが、神さまと人間との間で、また人間と人間との間でトラブルが起きるのは挨拶あいさつをしないからです。お世話になったら御礼を、ご迷惑をかけたらおびをするのが当然です。それをおこたると、必ずトラブルが起きます。神さまとのおつき合いにも、同じようにマナーが必要なのです。おわかりでしょうか。

すべては預かりもの

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令和3年5月26日

 

地鎮祭のお話の中で、土地も家も神さまからの「あずかりもの」だと言いました。高いローンを組んで、人生で一番高い買い物をしたというのに、ガッカリなさった方もいらっしゃることでしょう。でも、このお話にはさらに続きがあります。土地や家はもちろんのこと、実は人がこの世で所有する「すべては預かりもの」だとさえ言えるからです。

人はあれも欲しい、これも欲しいと言っては所有を欲します。もちろん、人生の目的はその欲しいものを〝手に入れる〟ことにあると言えましょう。〝もの〟とはお金や物ばかりではありません。多くの男性は名誉や肩書を欲します。女性ならやすらぎのある家庭を欲します。そして、それぞれに異性を欲します。男性が女性を欲し、女性が男性を欲するのは、これも当然のことです。人はまさに、その欲しいものを手に入れるために苦労を重ね、汗を流し、イヤな相手にも頭を下げ、時間を惜しんで働いているのです。

しかし、どうでしょう。手に入れたどんなものであっても、あの世に持ち越すことはできません。一万円札をどんなにため込んでも、あの世でつかうことはできません。人はあの世に旅立つ時、この世で手に入れたすべてのものに別れを告げねばなりません。つまり、あらゆる所有は永遠のものではないということです。この世という、一時いっときのものだということです。自分の努力と縁によって、この世で預かりものをしたに過ぎないといういことになるのです。

もちろん、遺産として家族や身内には残りましょう。でも、その遺産も永遠のものではありません。遺産が多くれば、必ず争いが生じます。仲のよかった兄弟姉妹も、血眼ちまなこになって遺産争いに走り、やがてはその遺産も消えていきます。だから、この世は無常むじょうなのです。これは永遠の真理です。

では、消えて行ったその遺産はどこに行くのでしょう。真言密教はこれを〈虚空蔵こくうぞう〉という倉庫であると教えます。虚空蔵菩薩こくうぞうぼさつが管理する、いわば宇宙の倉庫です。すべての〝もの〟はここにたくわえられ、所有するにふさわしい人の預かりものとなって、また次の人の所有となります。「カネは天下の回りもの」と言うではありませんか。それだけの能力と徳のある人でしか、あらゆる所有はかないません。しかも、それも一時の預かりものに過ぎません。これが所有という、この世の道理なのです。すべては預かりものです。皆様、おわかりでしょうか。

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