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入社1年目の教科書

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令和3年6月4日

 

最近、『入社1年目の教科書』(ダイヤモンド社)という本が売れていると聞きました。同書はライフネット生命の元社長・岩瀬大輔氏が10年前(副社長時代)に刊行した著作ですが、多くの企業が新入社員の研修テキストとして採用しているようです。そうと聞くと、何となく気になります。さっそく、Amazonの古書で購入してみました。

〈はじめに〉で著者は、最も言いたいことを述べています。①頼まれたことは、必ずやりきる。②50点で構わないから早く出せ。③つまらない仕事はない、の三項目です。次に目次を開きました。ざっと目を通しましたが、私には「なるほど!」と思うほど特別な項目はありませんでした。私の法話集『一話一会(第1集・第2集)』や、このブログで述べていることと大差はないぞというのが第一印象でした。

この著者が何を言いたいのかを一言で申し上げるなら、それは「チャンスはどこにでもある」ということではないかと思います。普通に見ていたのでは何も「ない」ように思うことでも、まなこを開いてこれを見れば、そこには無限のヒント、無限の答え、無限の宝があるという意味です。しかも、それは意外に足もとにあるものです。お大師さまが「まなこあきらかなれば(心の眼を開けば)」とおっしゃっているように、これはきわめて仏教的な視点だともいえましょう。眼をあきらかにしなければ、チャンスは見えて来ません。

同書において、それを代表するのが「カバン持ちはチャンスの宝庫」という一章です。カバン持ちはつまらない仕事、と思ってしまえばそれまでです。上司が誰と会って、何を話すかを見聞きするだけでも、勉強になりましょう。そのチャンスを逃してはなりません。お茶を出すことにも、コピーをとることにも、実は無限のチャンスがあるのです。

私にも思い当たることがあります。二十代の始め、私の師僧が北海道で史上初の柴灯護摩さいとうごま(野外護摩のことで、火渡りもします)を修することとなりました。その時、入門したての私は真っ先にカバン持ちを買って出ました。しかし、北海道には竹もなければ、ひのきもありません。これらは柴灯護摩にはなくてはならないものです。それでも私は、地元で竿さおを購入し、モミの木を檜の代わりにしてこの行事を成し遂げました。思えば、師僧に認められたのは、この時からだったかも知れません。大きなチャンスと大きな収穫を得ることができました。

皆様もどうか、「つまらない仕事はない」ことをきもめいじてください。特に新入社員の諸君は、そのつまらない仕事にまなこをあきらかにしましょう。心の眼を開きましょう。

孔雀明王経

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令和3年4月10日

 

㈱青山社より『仏母大孔雀明王経』が刊行され、私のもとにも送られてまいりました(写真)。依頼により、私が表題を揮毫きごうしたからです。かなりの緊張をして書かせていただいたことを忘れ得ません。

本経の〈明王〉とは陀羅尼だらにの〈王〉という意味で、古くは役行者えんのぎょうじゃ(神変大菩薩)がよく用いたとされています。それだけに、全篇はみな息災を始めとする現世利益に終始し、特に長寿を願う祈りに効験があるとされています。コロナ禍に対する厄災を乗り越え、人生をまっとうしたいという願いには、まさに時を得たものといえましょう。一般の皆様には『般若心経』等の写経に精進いただき、真言密教の僧侶の方には、ぜひ読誦いただきたいと願っています。

孔雀の「クォー」という鳴き声は、いかにも異次元に通じ、それだけに神秘的な響きを感じます。また陀羅尼に付した祈願文も、別冊の解説でご理解いただけましょう。密教僧の方々には、広く座右に置かれんことを願っています。一読したい方は、あさか大師のご宝前に供えておりますので、ぜひご覧ください。

総回向と桜まつり

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令和3年4月5日

 

昨日は月始めの〈総回向〉と〈桜まつり〉を挙行しました。総回向には遠くは青森からもお越しになり、篤信の方が参集しました。読経の響きが堂内に満ちて、この世とあの世の一体感につつまれました。ありがたい法悦です。

また〈桜まつり〉では、私の友人が八丈島の郷土芸能「八丈太鼓」を披露し、隣接の〈花水木の里〉からも大勢の方が加わりました。今年の桜は例年より早く、いささか残念でしたが、花見の余韻を味わいました。

イングランドポニーの「はなちゃん」にも人気が集まり、子供さんたちがいっしょに記念撮影をしました。このような楽しい催しは、お寺にはとてもよいようです。来年はどのようにするか、今から考えていきましょう。

本日満開、今宵満月

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令和3年3月29日

 

あさか大師の桜は、本日が満開です。近在の方々がたくさんお越しになりました。

菅原道真みちざね公は梅の花に対して「東風こち吹かば」の名歌を残しましたが、桜に対しても、「桜花さくらばな あるじを忘れぬものならば きこん風に 言伝ことつてはせよ」と詠んでいます。昨日は雨と風で散りましたが、私がいなくなった後も、この桜がことを伝えてほしいものです(写真)。

また、本日は満月(写真)。独り占めの境内のまん中で、少しばかりビールを飲みました。これから執筆を続けます。

コロナ禍の総回向

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令和2年12月7日

 

一昨日と昨日。今年最後の総回向法要を挙行しました。コロナ禍の中、マスクはもちろん、玄間での除菌はもちろん、加湿器で消毒液を噴霧し、充分な対策を取りました。二日間とも、よくお集りいただいたと思います。新春祈願のお申込みもいただきました。(写真は明後日)。

法話として、先祖供養の重要性を強調したことは言うまでもありません。私たちはタテには先祖から、ヨコには前世からの流れがあります。その因縁をもって私たちは生まれて来ました。したがって、先祖供養は自分の前世からの因縁を浄めることでもあります。お集りの皆さんは、このことをしっかりと自覚していらっしゃいます。読経も上手じょうずで、とても熱心です。

なお、法要の後、お弟子さんの伝法灌頂でんぼうかんじょうという儀式があり、一昨日は6名が、昨日は7名が入壇にゅうだんしました。入壇者は阿闍梨あじゃり(密教の教師)としてたたえられますが、その状況はここでは公開できません。秘儀を守らねばなりませんので、ご理解ください。ただ、13名の方が立派な阿闍梨になりましたことをお伝えいたします。

山路天酬密教私塾

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