カテゴリー : 布施

「一食布施」の功徳

カテゴリー
布施

令和8年3月28日

 

あさか大師では「一食布施いちじきふせ」をおすすめしています。これは月に一度、一食分の食事代を布施するもので、どなたでも無理なく功徳を積むことができます。寺務所に募金箱(写真)を設置してありますので、いつでもご自分のお気持ちをお寄せください。遠方の方は郵送していただいてもけっこうです。

この一食布施はこれまで、被災地、ユニセフ、日本赤十字社などに寄進してまいりました。戦争孤児のためにも、お役に立てればと思っています。

仏教は布施をもって、修行の根底とします。なぜなら、本尊さまへの読経も、先祖への回向も、社会に対する奉仕も、人に対する礼儀も、すべてこれ布施であるからです。布施をすると心が晴れ、さわやかな気持ちになるのは、何よりも仏さまの教えであり、私たちの本能がそれを知っているからです。

そして、その功徳こそはあの世に持ち越せる唯一の財産であるからです。お金も地位もあの世には持ち越せませんが、生前の功徳だけは魂の核心となって残ります。そのためにも、私たちは生前に功徳を積んでおくべきではないでしょうか。私たちはただ食べるために働くのではなく、食べられない人のために布施をすることで、魂が喜ぶはずです。

だから、お願いしているのではなく、おすすめしているのです。ご希望の方には、振込用紙もお送りいたします。ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。

得る喜びから与える喜びを

カテゴリー
布施

令和7年11月27日

 

人は誰でも、何かを得るために生きています。しかし、得るためには、何かを与えねばなりません。それは労働力でもあり、商品でもあり、情報でもあり、サービスでもありましょう。これらを与えることにより、人は自分が望むものを得ることができるのであり、人生の喜びを得ることができるのです。

しかし、得る喜びを重ねるうち、人はいつしか与えることそのものに喜びを感じるようになります。つまり、得る喜びから与える喜びを知るようになるのです。仏教ではこれを〈布施〉といいます。

布施とは、お坊さんへの布施にかぎりません。世のため人のために、物でも思いやりでも、何かを与えることのすべてが布施なのです。もちろん、お金もその例外ではありません。

あさか大師では、月に一度、一食分の食代を布施する「一食布施いちじきふせ」をおすすめしています(写真)。一食布施はもちろん〝功徳〟にもなりますが、与えることそのものに喜びを感じることを目ざしています。そして、その浄財はユニセフや赤十字社、また被災地へ送金してまいりました。

一食布施の募金箱は、あさか大師の寺務所に設置しています。お参りの皆様にはご自分で入れていただき、遠方の皆様には、ご送金をいただいています。皆様のあたたかいお心を、この与える喜びにおつかいください。

*先日、私の法友である羽田守快はねだしゅかい師の金翅鳥院こんじちょういん(鎌倉市)が、漏電のために全焼しました。今般はその復興支援にしたいと考えています。

山路天酬密教私塾

詳しくはここをクリックタップ