山路天酬法話ブログ
続・総回向の法要
令和8年11月2日
あさか大師では一昨日と昨日、総回向法要(先祖供養)を勤修しました(写真)。大勢の皆様が参列して、お導師や僧侶の方と共に読経しました。また、遠方の皆様は同時懸念によって、法要に融合しました。初めての方もお見えになり、皆様の熱心な読経を聞きました。

先祖供養は信頼できるお導師や僧侶と、同じ志を持ったお仲間と共に修すことが大切です。その理由は、大勢の仲間が心を一つにすると、それだけ全体の法界力(お堂に遍満するパワー)が増すからです。そういう空間には、心を癒す温かさがあります。そして、強さがあります。私はどこのお寺であれ、一歩お堂に入ればその住職がどの程度の読経や修行をしているか、すぐにわかります。夜遊びばかりしていると、そういう雰囲気が伝わるからです(笑)。
また、一人で孤独に立ち向かうと、いろいろと迷いも生じ、時には悪霊の妨害を受けることがあります。自分の心が迷った時、お導師や僧侶の方から指導を受けたり、仲間の方にお話を聞いていただくことで、どれほど励みになるかわりません。それは、体験した方にはよくわかるはずです。
あさか大師はどこよりも真剣に寄り添い、誠実な先祖供養に励んでいます。皆様もぜひ、ご自分の目でお確かめください。お目にかかれる日をお待ちしています。
総回向の法要
令和8年10月30日
あさか大師では10月31日(土)・11月1日(日)の午後1時から、総回向法要(先祖供養)を勤修いたします。この法要は月に3回あり、近在の皆様は回向殿に参列して、いっしょに読経します。また、遠方の皆様は、同じ時間に合わせてお祈りをしていただくことをおすすめしており、これを「同時祈念」と呼んでいます。
先祖供養は信頼できるお導師と共に修することが大切です。つまり、お導師にただお願いするだけではなく、自分もその祈りの中に参加し、その祈りを融合させるという意味です。参列の皆様は、聞いているうちに読経が身につき、大変お上手になります。「お経は耳で読め」とは、このことなのでしょう。
また、毎月の供養紙(お札)のほか、特に命日や盂蘭盆・彼岸の折には、お塔婆による特別供養をなさる方がたくさんいます(写真)。多い時にはご宝前を埋め尽くし、読経にもいっそうの力がこもります。

このお塔婆は、自然界を象徴した五輪塔です。これを開眼すると、この世とあの世が一体になり、生きものに変じます。先端から1センチぐらいのオーラや、陽炎のような気流を見るからです。
供養紙も塔婆も読経と一体になった時、この世ならぬ功徳が遍満し、まさに法悦を味わうことができましょう。このブログを読んでくださる方々には、ぜひ体験していただきたいと思います。先祖供養には一心に、誠実に取り組んでいます。初めての方も歓迎いたします。
続々・あさか大師の先祖供養
令和8年10月28日
私は毎日の先祖供養に対し、かなりの実感をもって取り組んでいます。つまり、この世とあの世は一つであるという実感です。行法をしていても、ご先祖の存在を感じることもたびたびです。
たとえば、「住職さん!」と呼ばれることが、よくあります。睡眠中にドアをノックされることも、よくあります。また、読経をする声も、よく聞きます。そのほか、お灯明が異常なまでに高くゆらいだり(写真)、お塔婆から光を見ることがあります。

これらは、真剣に先祖供養に取りくんでいなければ、体験することはありません。ただ、形式的な供養だけでは、あの世とのコンタクトがとれないからです。あの世のご先祖は、この世に知らせたいことがたくさんあるのです。
この頃、このブログをご覧になっていらっしゃるのか、私が存じ上げない霊能者や占い師の方から、先祖供養の希望者をご紹介をいただきます。あさか大師の先祖供養を評価していただけたものと、感謝しています。
先祖供養は信頼できるお導師といっしょに行ずることが大切です。だから、法外な供養料を要求したり、威圧的に脅すようなところは注意せねばなりません。私のところにも、「〇百万円もかかりました」という方が時々お見えになります。「私はだまされない!」という心がけは、振り込め詐欺ばかりにかぎりません。生きることとは、守ることでもあることを肝に銘じましょう。
*あさか大師の先祖供養に参加をご希望の方は、ホームページの「先祖供養」ご覧になり、「お問合わせ」からご連絡ください。遠方の皆様には郵送します。
続・あさか大師の先祖供養
令和8年10月25日
私は毎朝7時、真言密教の光明真言法によって、先祖供養を実修しています。これを毎日くり返し、皆様の祈りを融合させています。私と融合するということは、お大師様と融合するということです。これは大変に重要なことです。なぜなら、私に超能力(?)はなくとも、お大師様の身代わりになって修することにより、不思議な霊験が生まれるからです。
そして、一ヶ月の祈りを続けた供養紙(お札)をお大師様にお供えし、お護摩においても皆様の功徳を報告します(写真)。これは比類のない先祖供養であり、人生を変える秘法と自信を持っています。

さらに、全国の弟子僧も毎日の念誦に励み、その総数を月ごとに報告し、これをあさか大師の「光明真言ネットワーク」と呼んでいます。これによって祈りがさらに遍満すことは間違いありません。
先祖供養は大切ですが、気持ちだけでは届きません。また、自己流では不足が出ます。大切なことは、プロと共に行うことです。特に真言密教の阿闍梨(導師)は、直接に仏様を呼び、仏様のお力を借りる行法を知っています。そのためにも、よいご縁を求めることです。この世とあの世は一つであることを知り、この世の幸せはあの世の幸せからと知り、新しい人生を歩んでいただきたいと思います
*あさか大師の先祖供養に参加をご希望の方はホームページをご覧になり、「お問合わせ」からご連絡ください。遠方の皆様には郵送します。
あさか大師の先祖供養
令和8年10月21日
先日、私は人は天命をまっとうするために生きているとお話をしました。しかし、その天命は決して〝自分一人のもの〟ではありません。代々に受け継がれた命によって、この世に生かされています。だから、お墓やお位牌を粗末にしてはなりません。あさか大師ではお墓やお位牌がなくとも先祖供養ができるよう、〈供養紙〉をお渡ししています。父母両家の先祖代々(直系)・先亡(傍系の叔父叔母)・水子までもが、これ一つで供養ができるからです(写真)。

先祖代々はもちろん、私たちの体に流れている直系の血、直系の霊系です。特に影響があるのは祖父母です。よく隔世遺伝といいますが、劣性ばかりではなく、私たちは優性の遺伝子も受け継ぎます。だから、父方母方の祖父母の中に、自分に似た何かを発見するはずです。男性は母方に、女性は父方に似ることが多いと私は思っています。
先亡とは叔父叔母といった傍系のことです。直接に血のつながりはありませんが、この世とあの世では密接になります。特に幼い頃、叔父叔母のお世話になったという方は、意外に多いのではないでしょうか。この関係が持続しない道理はありません。
それからどの家にも、必ず水子がいます。水子はお骨も、お墓も、お位牌もなく、名前すらありません。この世で最も不幸な人です。水子への供養によって人生が好転した例に接するたびに、私はその重要性を痛感しています。
これらを一つの供養紙で果たせるのが、あさか大師の先祖供養です。自分自身のルーツにアプローチして、人生を変える先祖供養です。真言密教の光明真言法を、毎日欠かさずに修します。多くの皆様に参加していただきたいと思います。
*この先祖供養に参加を希望する方は、ホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。供養料は一ヶ月2000円です。全国から多くの皆様がこれに参加し、新しい人生を見い出しています。勧誘はしません。遠方の皆様には郵送します。
金運宝珠護摩の奉修
令和8年10月18日
本日午前11時半より、金運宝珠護摩を奉修しました(写真)。気持ちのよい秋晴れの中、たくさんの皆様がお参りして読経を唱和し、遠方の皆様も同時祈念で融合しました。

お金は神様からの預かりものです。だから、預かるにふさわしい人しか預かれません。ふさわしい人とは、社会が必要とすることや喜ぶことを与える人です。多くを与える人ほど、多くが与えられます。
これは逆のことを考えれば、誰にでもわかります。社会に迷惑をかけたり、嫌がることをすれば、お金の神様から見捨てられます。こういう人は必ず、お金はきたないとか、お金を持っている人は悪いヤツだ、などといいます。そして、お金の神様から、ますます見捨てられます。
金運とは人徳です。人に好かれれば、お金の神様にも好かれます。だから、この世の人にも、あの世の人にも好かれることです。人のために尽くし、先祖への供養を重ねれば、お金の神様が喜び、金運は必ず高まります。この金運宝珠護摩は、感謝と報恩の波動なのです。
金運宝珠護摩
令和8年10月16日
あさか大師では10月18日午前11時半より、金運宝珠護摩を奉修いたします。近在の皆様は、ぜひお参りにお越しください。金運銭(写真)を差し上げますので、お財布に入れてお護摩のパワーを持続させましょう。遠方の皆様は同時祈念によって、お護摩との感応道交をはかりましょう。

金運宝珠護摩とは、如意宝珠に祈るお護摩です。お大師様は如意宝珠と一体なので、平常のお護摩とそれほど変わるわけではありません。ただ、お大師様の正面に安置する如意宝珠に、特に祈りを込めます。
一心に祈れば、霊験は必ずあります。ただ、金運護摩だからといって、一万円札が降って来るわけではありません(笑)。霊験は間接的にやって来ることが多いからです。つまり、金運に関する情報が与えられるということです。情報とはヒントです。友人との会話や、何気なく手にした雑誌の中にあるかも知れません。テレビ番組やネットの中にあるかも知れません。このことに、アンテナをはっていることが大切です。
また、お金は人と人の間をめぐることも、忘れてはなりません。人に好かれることは、お金に好かれることに等しいからです。人に対する思いやりがなくて、金運が高まる道理がありません。逆のことを考えれば、誰にでもわかることです。金運とは、行きつくところ人徳だからです。人に好かれ、お金に好かれる人徳を身につけることが、この金運宝珠護摩なのです。
続・人は何のために生きるのか
令和8年10月12日
あさか大師の先祖供養に、新しい様式が加わりました。今までは供養紙(お札)をのり付けしていましたが、今後は光明真言のご本尊様をお迎えして、その中に入れることになりました(写真)。ご本尊様との一体感が増し、見た目にも明るく、お大師様(大日如来)と共に祈るという気持ちがいっそう強くなったようです。

私はいつも、あの世に持ち越せる唯一の財産は〈功徳〉であるとお話をしています。しかし、「功徳を積もう」と決心したからといって、たやすく叶うものではありません。なぜなら、功徳はあの世の協力なくしては、積めないからです。功徳を積むということは、運命を変え、人生を変えるにも等しいことです。そのためにはご先祖の協力を得ねばなりません。
この世とあの世は一体です。そして、あの世は常に〝ここ〟にあります。私たちは自分だけが、この世で一人で生きているのではありません。あの世の多くのご先祖と共に、この自分があるからです。ご先祖と共に功徳を積み、その功徳を分かち合うために、私たちはこの世に生かされているのです
金メダルに輝いたスポーツ選手が、よく「多くの先輩が積み重ねてきた努力が実って今日の栄誉があります」と語るのは、このことなのです。ご先祖が積み重ねた人生なくして、この自分はありません。それに報いる努力こそが、天命をまっとうすることなのです。人は何のために生きるかの答えなのです。
*あさか大師では掲載写真の仏様の中に父母両家の供養紙(お札)を入れ、お導師(大阿闍梨)が真言密教の秘法を毎日修します。これによって、ご先祖と共に功徳を功徳を積み、人生を変える変える祈りを目ざしています。高額な供養料は不要です。勧誘もしません。ご希望の方はホームページの「先祖供養」をご覧になり、「お問合わせ」からご連絡ください。
人は何のために生きるのか
令和8年10月10日
あさか大師では10月3日・4日の午後1時、総回向法要(先祖供養)を勤修し、たくさんの皆様が参詣しました(写真)。また遠方の皆様は同時祈念によって、法要に感応道交しました。

「人は何のために生きるのか」と問われるならば、私はあえて「天命をまっとうするため」とお答えしています。天命とは人生に課せられた〈運命〉や〈使命〉といった意味もあり、またこの世で与えら〈寿命〉といった意味も含まれているように思います。
ところが、ほとんどの人はそんなことを深く考える余裕などなく、この世での尊い時間を終えてしまいます。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世法王はその理由を、「人生のすべてを生活のためだけに費やしてしまうため」とし、それによって仏道に精進する時間を失っているのだと述べておられます。
もちろん、私たちは生活費を稼ぐためには働かねばなりません。自分のためにも家族のためにも、それは当然のことです。しかし、すべての時間を仕事のために費やすべきではありません。人生の後半に、また晩年には、この世に生かされた意味を考え、あの世に向かう準備をすべきではないでしょうか。そして、この世での人生を与えてくださった両親や先祖のために、感謝の功徳を積むべきではないでしょうか。
死は単なる臨終ではありません。あの世での新しい生活と再生への旅立ちなのです。あの世においてはこの世の財産も名誉も、何の役にも立ちません。自分の体も、愛する家族も、共に暮らしたペットも、すべてこの世に置いていかねばなりません。あの世に持ち越せるものはただ一つ、それはこの世で積んだ功徳だけなのです。
天命をまっとうするため、そしてあの世への準備のため、功徳を積みましょう。そのためには自分の心を清め、先祖供養に励みましょう。功徳は先祖と共に積むことが大切です。なぜなら、この世とあの世は一つで同時にあるからです。
*あさか大師では比類のない「光明真言ネットワーク」による先祖供養をおすすめしています。人生のルーツである父母両家の供養を、お導師(大阿闍梨)が全国の弟子僧と共に毎日修します。供養料は一ヶ月2000円です。わずかな費用で、人生における最も大切な投資ができます。遠方の皆様には郵送します。
サッカー部の必勝祈願
令和8年10月7日
本日は地元・細田学園高校サッカー部80名がお護摩に参拝し、父母会の役員様と共に必勝成就を祈りました(写真)。また、父母会の皆様は千羽鶴を織り、本堂に飾って熱い想いを託しました(写真右端)。

間もなく今年の県大会が開始されますが、私は「試合に勝つには運も必要ですが、その運もまた努力が呼ぶはずです」と挨拶し、お護摩に入りました。全員でお大師様に合掌し、真剣に祈る姿は圧巻です。この部活からの縁が、人生の折にふれて甦り、やがて強い信仰の芽が育っていくことを願ってやみません。
私は金剛五鈷杵(密教法具)をもって全員にお加持をなし、その体内にパワーを込めました。立派な体格から闘志が伝わります。若さとは何ものにも代えられません。この中から、やがては日の丸を背負う代表選手が生まれることを祈りました。

