令和3年6月18日
かなり以前の大河ドラマに、『元禄繚乱』という番組がありました。作家・舟橋聖一の『新・忠臣蔵』が原作で、いわゆる赤穂浪士の討ち入りを描いた一作です。主演の大石内蔵助を五代目・中村勘九郎さんが、浅野内匠頭の正室・瑤泉院を宮沢りえさんが演じ、何かと話題になりました。
私はテレビを見ることはほとんどありませんでしたが、たまたま視聴した一場面だけは忘れることができません。それは、いよいよ討ち入りが間近に迫ったある日、内蔵助は四十七人の浪士を招集し、綿密な作戦会議を開いたところでした。作戦会議は夜半にまで及び、いよいよ最後に内蔵助が言いました。以下はおおよその記憶です。
「最後にご一同、これまでのことは吉良殿の首を討ち果たし得た場合ばかりを論じて来たが、仮にこれを討ち果たし得なかった場合についても決めておきたい」
すると、一同が反論しました。
「何ということを!」「さようなことはない!」「縁起の悪いことを申すものではありませんぞ!」
これに対して内蔵助は、次のように説き聞かせました。
「強がりを言うな。打ち果たし得ぬこともあろうし、打ち果たしたと思いきや、それが影武者であったらどうする。その備えをすることがどうして縁起が悪いのじゃ」
私はたまたま視聴したこの一場面が忘れられず、いわゆる最悪の事態に対する備えとして、生涯の模範となりました。なぜなら、私は自己啓発の書籍をたくさん読み、そうしたセミナーにも参加し、プラス思考に傾倒していたからでした。
たしかにプラス思考は大切です。成功することを強く望み、成功したイメージをいだくことは、成功の鉄則です。しかし、それでも人生には失敗がつきものです。最悪の事態への備えがなければ、イザという時の機転がききません。成功ばかりを望む人は、そこが危ないことを知らねばなりません。
いつ頃の番組であったのか、それすら覚えていませんが、あの一場面にはよほどに縁があったのでしょう。人生にはこういうこともあるのです。気まぐれな思いつきが、大きな成果を得ることもあるのです。マイナス思考の大切さとして、忘れることができません。