令和2年6月22日
その昔、インドに水汲みを仕事にしている男がいました。男は不思議にも、人の言葉を話す二つの大きな水瓶を主人から与えられていました。この二つの水瓶に一本の竿を通して肩にかつぎ、高台にある主人の館から遠くの川まで降り、水を汲んでから再び主人の館まで運ぶことを命ぜられていたのです。水瓶はとても重く、主人の高台までの坂道は特に大変でした。坂道を上るため、男はその水瓶を左右にかついで登っていたのでした。
ある日のこと、いつものように長い時間をかけて水を運んだところ、左側の水瓶の水が半分に減っていました。よく見ると、その水瓶のにはひび割れが入り、そこから水が漏れていたのです。次の日も、また次の日も、どんなに急いでも、左側の水瓶は半分に減ってしまいました。それでも、右側の水瓶は漏れることがなく、何とか必要な水を汲むことができました。そんな毎日が続いたある日、とうとう左側の水瓶が人の言葉で語りかけて来ました。
「あなたが毎日、一生懸命に水を運んでくれているのに、私の体にひび割れが入っているから水が漏れてしまいます。こんなに苦労して運んでくれているのに、水が半分に減ってしまいます。これからもこうして迷惑をかけるくらいなら、私なんか捨てられてしまった方がいいのです。どうか捨ててください」
「いいんだよ、そんなことは心配しないで。君がいなければ水は半分も汲めないじゃないか。こうして水が汲めるのも君のおかげだよ。そのうち、きっといいことがあるからね」
それから二年がたちました。男は毎日、相変わらず二つの水瓶を使って水汲みをしていました。右側の水瓶は得意でしたが、ひび割れの入った左側の水瓶はいいたたまれません。働いても報われないのは、役立たずな自分のせいだから、もう捨ててくださいと何度も頼むのでした。男は毎日登っている、いつもの坂道を指さして言いました。
「見てごらん、みごとな花が咲いているじゃないか。どちら側の道に咲いているかわかるかい。君が通る左側の道に、私が花の種をまいておいたんだ。ここは雨の少ない土地だから、君が水を漏らさなければ花なんか咲くはずもない。そうだろう。この花は君が咲かせたんだよ。誰にだって、必ず取り柄があるんだ。立派に役目を果たしたじゃないか。ご主人様がこの美しい花の坂道を見て、君にとても感謝していたよ」
ひび割れた水瓶は、もう喜びで涙をこらえることができませんでました。役立たずと思っていた自分が初めて報われたのです。そして、自分の尊厳を知ったのです。このひび割れた水瓶こそは、実は私たち自身のことです。