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信仰
令和元年6月26日
平安の昔、和泉(大阪)国の山村にお照という女の子がおりました。
同村の奥山源左衛門とお幸の間には子がなかったのですが、観音さまに子宝の願がけをしていた道中、捨てられていたお照を連れ帰ったのでした。お照は夫婦の慈愛を受け、器量もよく、また評判の孝女として育っていきました。しかしお照が十三歳の折、夫婦が相次いで他界し、幸せな一家は突然の悲劇に陥落しました。お照はしかたなく育て親の位牌と衣類だけを持って女中奉公にあがりました。
お照は育て親の墓参りをすることを唯一の喜びとしつつも、何とかして菩提を弔いたいと思うのでした。そして、高野山奥の院に灯籠を供えることが一番いいということを聞かされ、それを切に願うのでした。しかし、貧しいお照には灯籠代など払えるはずもなく、叶わぬ願いに悩み苦しみました。
お照はついに意を決して、その美しい黒髪を売り、灯籠を寄進したのでした。それは、お照の一生の中で、最も高価な支払いでありました。
その灯籠は奥の院に献じられ、お照は深い喜びにつつまれました。やがて奥の院では万灯会(多くの灯籠を仏に献ずる法要)が行われ、無数の灯籠が輝きました。その時、突然に一陣の風が吹き荒れ、ほとんどの灯籠がたちまちに消し去られました。しかし、お照の灯籠はさらに輝き、何よりも尊い力を秘めていることを人々に知らしめました。
これが高野山に伝わる「孝女の一灯」。何を供えるかより、どんな気持ちで供えるかの大切さを伝えるお話です。グッときます。