守・破・離

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仕事

令和元年9月10日

 

昨日、文章を書くことについてお話をしました。そのことで途中で思い出したのですが、若い頃にわずかながら心がけたことがあります。

それは、気に入った作家の文章を原稿用紙に写すことでした。その頃はもちろん、パソコンがありませんので、すべてが手書きです。活字となって出版された文章を、原稿用紙のマス目に書き入れることで作家のマネをしたわけです。なぜかというと、学ぶことは「まねぶ」ことだと、聞いていたからです。何でも試してみようという好奇心も手伝ったのでしょう。相当な無理をして、モンブランの万年筆まで買いました。これで缶入りのピースでも吸っていたら、とんだお笑いぐさです。

要するに、何かを学ぶということは、そのお手本のマネをするということなのです。これは文章にかぎらず、学ぶことすべてにいえることです。最初から自分の個性などと主張する人は、まずモノになりません。先生のなすことを忠実に守っていくことを〈しゅ〉といい、これを何年も続けていくうちに、少しずつ自分の味が出てきます。この段階を〈〉といいますが、ここまで到達するのも大変です。そして、いよいよ達人になると、先生から完全に離れます。この段階を〈〉といいますが、よほどの人でなければ到達には及びません。この〈守・破・離〉の教えは、特に茶道や武道などで伝えられましたが、最近はビジネス用語にもなりました。まずは、お手本となる先輩せんぱいのマネをするのが大事なのでしょう。

お話をもどしますが、私は坂口安吾・池波正太郎・松本清張などの文章をいくらか書き写しましたが、結局はモノにならず、途中で断念しました。それでも、一文字一文字を書き続けるうちに、作家の呼吸のようなものを感じ取ったでしょうか。まったく無駄むだであったはずはありません。しかし、せめて〈守・破・離〉の〈守〉ほどを続けていれば、と、今では思います。

〈守・破・離〉のプロセスは、かなり知られるようになりました。仕事にせよ趣味にせよ、最初に学ぶ時はとにかく徹底してマネることです。

山路天酬密教私塾

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