だますな、だまされるな!

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社会

令和2年3月4日

 

私の知っているあるお寺で、こんな詐欺被害さぎひがいがありました。

そのお寺はかなり看板を出していましたから、それぞれの地主や業者への支払いも多額でした。住職はもちろん、どの看板に対しても支払額や期日を把握はあくしていましたが、事件はその住職があいにく不在の時におこりました。看板業者らしい男がやって来て、「〇〇に立ててある看板の集金にまいりました」と言うのです。奥様は何の疑いもなく、高額な支払いを済ませ、領収書も受け取りました。しかし、それはまったくの詐欺業者で、領収書の社名も住所も電話番号も架空かくうのものでした。

帰って来た住職がほぞをかんだのは申すまでもありません。日頃から管理体制を整え、奥様によく説明しておくべきだったのです。しかし、さすがにこの住職はよくできた方で、責任は自分にあると反省し、この経験を深く戒めました。

現代社会は正直で誠実に生きるだけでは、通りません。これだけ〝振り込め詐欺〟が横行していながら、いっこうに減少しないのはどうしてなのでしょう。NHKの「ストップ詐欺被害『わたしはだまされない』」でも、いろいろな警告を発信しています。「キャッシュカードを渡さない」「合言葉を決める」「名義貸しに注意」などなど。それでも、人は〝だまされる〟のです。

私たちは人をだましてはいけないと思っていますし、人をだますことは悪いことだと思っています。しかし、人にだまされることが悪いことだとは思っていません。むしろ、だました人が一方的に悪いと思っています。ここに問題があるのです。私たちはだまされることも、だますことと同じように悪いことなのだという自覚が必要です。正直で誠実に生きると同時に、自分をだまそうとしている人が必ずいることを知らねばなりません。

生きていくためには、善に強くあると共に、悪にも強くあるべきなのです。観音さまのようにやさしく、お不動さまのようにきびしく、ということです。「だますな、だまされるな!」ですよ。

山路天酬密教私塾

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