降りのエスカレーター
令和元年9月6日
二か月ほど前でありましたか、運転中にめずらしくラジオをつけました。何の番組であったのか、シンガーソングライターのさだまさしさんがゲストに呼ばれているらしく、司会者の質問に答ええているところでした。その司会者が言いました。
「さださんは天才だから、作詞も作曲も思いのままなんでしょう?」
ところが、さださんは意外なことを言うのです。
「とんでもない! 毎日毎日、降りのエスカレーターを下から駆け上がって、その速さに負けないよう、真ん中あたりで必死にもがいている心境ですよ。本当ですよ」
こういう言葉を聞くと、なるほど今日はこの言葉を聞くためにラジオをつけたんだな、とさえ思うのです。さださんにはたくさんのヒット曲がありますが、私たちは楽しんで聴いているばかりで、いったいどれほどの苦難を経てその歌が生まれたかを知りません。この司会者なども、名曲は泉のように湧いてくるほどに思っていたのでしょう。
降りのエスカレーターを、下からから駆け上がる心境と言うのです。なるほど、降りのエスカレーターを逆に駆け上がるのは、容易ではあありません。ちょとでも油断をしたら、たちまちそのまま、下に引き降ろされることでしょう。シンガーソングライターとしての不動の地位も、影ではこんな代償を払っていたのです。
たぶん私は、この日のさださんの言葉は、一生忘れないと思います。ほんの一端ですが、私にもその心境がわかるからです。さださんは歌い終われば息をつくヒマもなく、いつも降りのエスカレーターが待っているのでしょう。その試練に耐えられなければ、あのような名曲は生れないということなのです。
納棺師の仕事
令和元年8月14日
久しぶりに葬儀が入り、納棺師を依頼したというので、初めて立ち会いました。
私はお護摩ばかりは毎日修していますが、稀には葬儀の導師も務めています。二十代で僧侶になった頃は、「葬式坊主にはならんぞ!」などと意気込んでいましたが、今ではその非を深く恥じています。生死を説くのが仏教であるなら、葬儀こそは僧侶の大切な責務でありましょう。
当然ながら納棺師もまた、死者を大切に見送るための重要な仕事です。私が子供の頃は寺の住職が納棺作法をなし、今どきの葬儀社の仕事をすべて取り引きっていました。しかし、葬儀社の進行が主体の現代セレモニーにおいては、住職が納棺作法をすることはほとんどありません。それだけに、たとえ葬儀社の下請けであったとしても、納棺師の仕事は需要が高まることでしょう。
特に事故死によって遺体が破損している場合、遺族のショックをやわらげ、対面しやすいよう修復や化粧を施すことには重要な意味があります。すなわち、悲しみに寄り添いながら、おだやかな雰囲気を作るりだせるのも納棺師ならではの技術であるからです。
また病死や老衰死であったとしても、現代人は死者を〝明るく〟見送りたいという意向があります。昔は通夜や葬儀の席で、歯を向いて笑うなどという行為はタブー中のタブーでしたが、現代人は平気で笑います。遺影もタレントなみの仕上げができますし、骨壺も自分の好みで選ぶ時代です。このことは、死を明るい視点でとらえ、往生への心得を理解するうえでも、よい傾向であると私は思います。
修復や化粧によって美しく施された死者は、親類や会葬者に対しても礼を尽くせましょう。特定の資格はなく、社会的にも特殊な分野ですが、納棺師の仕事は大きな〈功徳〉を生むはずです。

