山路天酬法話ブログ
5月の強運者
令和7年5月6日
5月5日から6月4日までが、暦法で5月です。八白土星が中宮して、西南が五黄殺、東南が暗剣殺、西北が月破となりす(写真・下が北となり、一般の地図とは逆になります)
5月の強運者は一位が七赤金星、二位が六白金星、三位が九紫火星です。
七赤の人は問題解決と実力発揮のチャンスとなります。よく考えて思索し、冷静な判断がカギとなりましょう。また、遠方からの情報や来客に大きなヒントがあります。注意深くアンテナを張っておきましょう。
六白の人は開運に向ってのスタート台に立ちました。好発進をして、飛躍を遂げましょう。短気や口論を慎み、持ち前の冷静さをふまえることが大切です。謙虚で誠実に接すれば、世間が味方になるのです。
九紫の人はこれまでの努力が実って、成果が得られる月です。上司運の月なので、目上への配慮を忘れてはなりません。自分の意見を押し通すのではなく、互いの共通点を探して助け合いましょう。
そのほかの人は、ホームページの「今月の運勢」をご覧ください。暦に使われるのではなく、暦を上手に使うことが大切です。そして、衰運こそは開運への根回しであると心得ましょう。
運不運と幸不幸を決めるもの
令和7年5月4日
あさか大師では3日(土)・4日(日)の午後1時より、総回向法要(先祖供養)を勤修しました。ゴールデンウイークにもかかわらず、大勢の皆様が参詣し、僧侶と共に読経しました(写真)。
私たちの運不運と幸不幸は何によって決まるのかといいますと、それは能力の差もありますが、最も大切なことは〈徳〉の力だと私は思っています。
では、徳とは何かといいますと、好かれる力、感謝される力なのです。つまり、この世間からどれだけプラスのエネルギーを注がれているか、そこなのです。これは逆のことを考えれば誰にでもわかることです。たくさんの人から恨みや反感を背負っていては、運も幸せもありません。
多くの人から好かれ、感謝される方は、必ず運を開き、幸せになるのです。そして、そのことは決してこの世の人にかぎりません。あの世の人に好かれ、感謝されることは、この世と同じように大切です。
なぜなら、あの世とこの世は一体であり、あの世の幸せがこの世の幸せであるからです。あさか大師が先祖供養に力を注ぐのはこの意味です。檀家離れや墓じまいが増える中、多くの方々が共鳴し、お仲間に加わっています。
費用を心配することもありません。1ケ月2000円で父母の二家(既婚者は四家)が供養され、新しい自分に出会えます。あの世にも、この世にも真剣に立ち向かう自分になれるのです。
関心のある方はホームページの「お問合わせ」からご連絡ください。詳しく説明いたします。
新市長への表敬訪問
令和7年4月30日
今年3月17日、当地朝霞市に初の女性市長が誕生しました。松下昌代氏です。立候補に当たってはあさか大師にわざわざお参りになり、熱心に御守を持ち帰りました。
今日は岡崎和宏市議会議長・奥山正善あさか大師総代と共に、市長室へ表敬訪問をいたし、新市長と親しく歓談してまいりました(写真・中央右が新市長)。
聖徳太子は日本で最初に制定した「十七条憲法」の冒頭で、〈和〉の大切さと〈三宝〉への敬い、つまり仏教への帰依をかかげています。すなわち、政治にこそ仏教が必要であることを強調したのです。
新市長が立候補した折、私はお大師さまのお札に彼女の名前を書いて祈り、選挙事務所に持参しました。お札を大切にしてくださる方と分かっていたからです。若い感性とパワーで、新たな市政をリードしていただきたいと願ってやみません。
飛鳥美人の犠牲者
令和7年4月29日
「移転してから体調が悪いのです」といったご相談を受ける時があります。たいてい、建売住宅なら地鎮祭をせず、中古住宅ならお祓いをしていないのです。
また古戦場の跡だったり、塚跡だったりすることもあります。土地にも建物にも、歴史の中で人の想いが残ります。そのことは知っておかねばなりません。
高松塚古墳より出土した飛鳥美人(写真)や北斗・四神画は世紀の大発見でしたが、その影で犠牲者が続出したことはあまり知られていません。国をあげての大事業ながら、はたしてどの程度の供養やお祓いをしたのでしょう。
まず、明日香村観光課長М氏は、発掘が始まるや毎晩のようにうなされたといいます。そして、間もなく胸の痛みを訴えて倒れ、そのまま亡くなりました。それまで、何の徴候もなかった方です。
続いて、古墳沿いの畑をクワで耕していた村内女性K氏は、誤って石窟を傷つけてしまいました。すると彼女は体調をこわして寝込んでしまった末、二日後に息を引き取りました。
翌年、発掘調査の資金調達に奔走していた自治会長が車にはねられて死亡、また古墳の第一発見者が農薬自殺、さらに壁画の模写をしていた日本画家もまた車にはねられて死亡するなど、まるで呪われたような事件です。偶然にしては、その偶然が重なり過ぎます。
このような権力者の霊は、よほどの供養をせねば鎮まりません。百人の僧侶が必死で祈り、お護摩を焚くほどのことは必要です。今日は怖いお話になってしまいました。文化の影には、こうした犠牲があるものです。
徳川家が現在まで続いた秘密
令和7年4月27日
徳川家康は熱心な浄土教(念仏)の信者でした。彼の旗印である「厭離穢土 欣求浄土」とは、けがれたこの世から離れ、喜んで仏の浄土を求めようという意味です。武田信玄の「風林火山」や上杉謙信の「毘(毘沙門天)」のように、兵の士気を鼓舞するものではありません。当時としては、異例の旗印です。
彼は関ケ原や大坂冬・夏の陣での戦死者を、敵味方の区別なく手あつく葬り、供養をしました。あの時代に、並みの武将にできることではありません。そして、晩年には念仏三昧を日課として、「南無阿弥陀仏」の名号を連書しました(写真)。
徳川家が十五代にもわたって将軍家を存続させ、明治維新を経て現代までも子孫を絶やさぬ秘密は、家康のこの篤い信仰心にあったのです。この信仰心なくして陰徳(世間に知られない本来の功徳)は積めません。
私たちもせめて父母の家だけでも供養に励み、ささやかな功徳を積みたいものです。菩提寺や仏壇がなくとも先祖供養はしたいとお考えの方は、ぜひご相談ください。
続・光明真言ネットワーク
令和7年4月25日
あさか大師の先祖供養は、皆様に〈供養紙〉をお渡しし、遠方の皆様にはお送りしています。この供養紙は五輪の姿を形どり、光明真言が梵字で書かれています。つまり、この供養紙が光明真言そのものなのです(写真)。
そして、皆様にお渡しする前、あるいはお送りする前に開眼してお御霊を入れ、光明真言ネットワークの中で祈ります。ご覧のように、この供養紙ひとつで先祖代々(血を分けた直系)・先亡(直系の兄弟)・水子までをすべて供養することができます。
檀家離れや墓じまいが増える中、このネットワークは宗派を問わず、大変に喜ばれています。日本の英知である先祖供養の新しい形です。栄える人や企業には、その根底に必ず先祖供養があります。
費用は一ケ月2000円で、入退も自由です。ご希望の方は、ホームページの「お問合せ」からご連絡ください。
光明真言ネットワーク
令和7年4月22日
あさか大師では先祖供養の大切さを主張し、私が毎朝、光明真言の秘法を修して、その功徳をご信徒の皆様に回向しています。そして、月ごとにご信徒の祈りをお大師様にお供えしています。
さらに、弟子僧もまた光明真言を日々に唱え、月末に各自の念誦数を総計して回向しています。昨年の5月にはすでに百万遍を成満し、今月末には二百万遍に達します。お大師様と僧侶とご信徒と、このネットワークが大切で、これほどの熱意で先祖供養を修している寺はほかにありません。これが「人生を変える先祖供養」の秘密です。
念誦ではお大師様を大日如来となし、その周りを光明真言が巡っていると観想します(写真)。光明真言ネットワークは、この念誦のパワーを最大限に発揮します。
先祖供養は毎日の心がけが重要です。命日だからとか、お盆やお彼岸だからではなく、毎日のくり返しが大きな功徳を生むのです。そして、この先祖供養には、全国からたくさんの皆様が参加しています。遠方の方は郵便で参加が可能です。特にむずかしい作法はありません。一ケ月2000円で父母の両家が供養できます。檀家制度はなく、入退も自由です。ご希望の方はホームページの「お問い合せ」からご連絡ください。
如意宝珠のパワー
令和7年4月20日
本日11時半より、金運宝珠護摩が奉修され、たくさんの皆様が参詣されました(写真)。
参詣の皆様はお護摩の前に護摩木を書きますので、玄関前に特設の受付所を設け、定刻に供えました。また、僧侶の方々は早くから参集して内外を清掃し、皆様を迎えました。
お護摩では如意宝珠のパワーが高揚し、読経のリズムとともに堂内に遍満します。そして、皆様の護摩木が投じられるや、浄炎は最高潮に達します。このお護摩に浴すると、ご自分の実力とともに、プラスアルファの何かが加わるものです。そのことを実感していただきたいと思います。
このブログを読んでくださるすべての皆様が、この勝縁に触れていただけることを念じてやみません。皆様のお越しをお待ちしております。
金運増大のお護摩
令和7年4月19日
あさか大師では20日午前11時半より、人気の金運宝珠護摩が奉修されます。また、参詣の皆様には〈金運銭〉をお渡します(写真)。
遠方の皆様からは、すでに「金運増大」の護摩木(一本200円)が申し込まれていますが、参詣の皆様も護摩木を申し込みいただくことをおすすめしています。
護摩木は如意宝珠の浄炎に投じられ、皆様の金運をサポートします。金運は待っているだけではやって来ません。よい仕事やお客様を呼ぶ縁が必要です。このお護摩はその縁を呼ぶために、皆様にパワーを送ります。
遠方の皆様や参詣ができない方も、同時間にお祈りください。必ず感応します。よいお話がありましたら、お寺にご報告ください。福徳は分かち合うことで、さらに増大します。では、午前11時半にお護摩を修します。
六地蔵の表情が変わる
令和7年4月17日
あさか大師の境内入口に〈六地蔵〉があり、参詣の皆様は必ず合掌しています(写真)。この六地蔵はかつては道端に放置されていましたが、縁あって当山に移動したものです。今では立派なお堂の中に祀られ、特にお隣りの老人ホームの方々は毎日お参りしています。
この六地蔵ははじめ、とても怖い顔をしていました。ところが、きれいに洗って読経しましたら、柔和な表情に変わりました。もちろん、石の六地蔵が物質的に変わるはずがありません。しかし、このことは多くの参詣者が実証しています。
これは、六地蔵を洗って読経したという事実に対する気持ちの問題があるかも知れません。しかし、その日によって表情が変わるという現象は常に続き、事件や地震があると憂い顔になり、明るいニュースがあると微笑んだ顏になります。
こうした現象は仏像を見ていると、よく経験することです。私は魂が入った仏像なら当然であると素直に解釈し、あまり理屈をこねないようにしています。こんなお話を疑う人もいますが、信仰する眼で見ると、よく経験することなのです。拝むという行為には、こうした現象が伴うものです。