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あさか大師
令和元年7月13日
あさか大師の境内整備工事が完了しました。長雨が続いて、予定より半月ほど遅れましたが、境内駐車場と隣接水路が見違えるようになりました(写真)。
皆様、ご存知と思いますが、赤穂浪士で知られた堀部安兵衛は、生涯に二度の仇討ちをしました。一度目は高田馬場の決闘であり、二度目は吉良邸への討入りです。堀部安兵衛は四十七士の中でも、不破数衛門と共に最も勝れた剣士でした。そして、みごとに本懐を遂げたのでした。
実は私も生涯に二度、お寺を建立しました。一度目は二十八歳の時で、まったく怖いもの知らずの青年でした。まだ何も進んでいないのに、いきなり埼玉県庁に押しかけ、「宗教法人の認可をください」などと申し出たものでした。あれから40年近くを経て、今ではもう、何をするにも人の顔色や世間体を気にするようになりました。
既存の寺に入って継承や復興をするのも大変ですが、新寺建立はことさらに困難です。適切な土地を探し、それを購入するだけでも容易ではありません。また、建物に加えて多額な仏具代がかかります。さらに寺の設備費、印刷費、光熱費、諸雑費などを加えると、気の遠くなるようなお話でした。
それでも、あさか大師を建立した私の責務は、これで一応の区切りがつきました。この成果は、何よりも〝強運だった〟からです。また親類をはじめ、私を支えてくださった多くの皆様の援助があったからです。心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。合掌