令和5年1月18日
弟子僧より、サントリー美術館(東京都港区)で開催されている「京都・智積院の名宝」図録をいただきました(写真)。智積院は東山七条にあり、真言宗智山派の総本山です。代表的な宝物としては長谷川等伯の国宝・障壁画があげられます。今回はその障壁画をはじめ、仏像仏画や墨蹟などが一挙に公開され、衆目を集めました。
ところで、このような仏教美術展が開催されると、大勢の人々が集まります。国立博物館での開催ともなると、場合によっては2時間も並んで入場しなければならないこともあります。多忙な現代人が、なぜ遠くから交通費をかけ、入場費を払い、2時間も並び、高価な図録を買い求めるのでしょうか。奈良や京都の寺院、あるいは高野山などに、世界中の人々が集まるのも同じです。つまり、人はなぜ仏像や仏画に心を引かれるのでしょうか。皆様はこの事実を、どのように考えますでしょうか。
実は、その答えは簡単なことなのです。それは私たちの心の中にも仏さまがいらっしゃるからです。心の中の仏さまが、同じ仲間を求めるからです。「類は友を呼ぶ」というではありませんか。私たちの心の中に、同じ仏さまがいらっしゃらなければ、わざわざ時間とお金をかけて足を運ぶことなど、思いもよらぬことです。
私たちは心の中の仏さまなど、普段は意識することはありません。ところが、何かの機会に仏像や仏画にの縁に接すると、たちまちにその仏さまが顕現し、心を引かれます。だから、仏像や仏画も仏さまなのです。仏さまと仏さまが呼び合ってこそ、人は信仰に目覚めるのだと、私は思います。それだけに、仏像や仏画に接することはとても大切です。
どなたであったか、「芸術は宗教の母なり」といいました。また「信は荘厳から」ともいいます。眼には見えずとも、仏さまは仏像や仏画で〝見る〟ことができるのです。