宝くじとギャンブル

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社会

令和元年5月6日

 

私はたった一度だけ、宝くじを買ったことがあります。あさか大師の建立を決意した時に、その予算を心配した方にすすめられたからです。もっとも、私は宝くじの買い方を知りませんでしたので、その方に5000円ほどをお渡して一任しました。それでも、2000円ほど当ったように記憶しています(笑)。

実は私はこれまでに、宝くじでも買ってみようかと、何度も思い続けた経験があります。もちろんそれは、手元が不如意で金策に悩んだためです。でも、結局は思い留めました。それは、私なりの存念があったからです。

いったい、私たちが収入を得るとは、それだけのものを社会に与える能力があるという意味でしょう。つまり一億円もの大金を得る人は、一億円に値する何かを社会に提供できる人なのです。商品であれ、技術であれ、情報であれ、それが一億円に値しなければ、決して一億円を手にすることはできません。

ところが、この社会ルールを破るものが宝くじやギャンブルなのです。与えられるはずのない人に与えられれば、運命のルールが狂うのです。その結果はどうなるでしょうか。

宝くじて巨大な富を得た人が悲運な結果を招いた実例は、いくらでもあります。欲がからんで殺された方もいるほどです。また、ギャンブルで財をなすことは絶対にありません。悪銭は決して身につかないからです。これらのことはネットで調べれば、すぐにわかります。

たとえば私に、安倍晋三氏に代わりに総理大臣のポストを与えるから、あすから国政を司どりなさいと言われたなら、どうなりますでしょうか。私は結局、どうしていいかもわからずに恥をさらし、不幸な人生を歩むことになるのです。だから、人の一生はその人に最もふさわしい姿で、最もふさわしい道を歩んでいるのです。

人生を変えたいのであれば、それにふさわしい人になることです。それ以外に、人生を変える方法はありません。

それでも、たまには息抜きに宝くじもいいかも知れません。もちろん、運命の神さまにしかられない程度にですよ。もし間違って一億円が当たったなら、その時はまあ、あさか大師へ寄進するの一番いいということでしょうね(笑)。

山路天酬密教私塾

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