人生の宝物

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令和5年10月24日

 

先日、あさか大師の僧侶が集まり、本堂の大そうじをいたしました。一年分のお護摩のすすはらいときそうじは大仕事でありましたが、みんなの力を結集して〝ミガキ〟をかけることができました(写真)。

家庭であれ、職場であれ、複数の人が生活するうえで最も大切なことは、挨拶あいさつをすることとそうじをすることです。挨拶のあるなし、そうじの良否によって、家庭も職場もその雰囲気が決まるといっても過言ではありません。その視点から世間を見ていただければ、充分に理解されるはずです。

私は最近、気持ちが落ち込んだり、かべに突き当たった場合、そうじをするのが一番だと考えるようになりました。そうじをした部屋からは新しい〈気〉が流れ、意外な発想を生み出すからです。人が環境を作るのも事実ですが、環境がまた人を動かすのも事実です。つまり、心に対しては、むしろ体を使って動いた方が、その心を変えることができるという意味でもあります。

近所づき合いも疎遠な現代ではありますが、たとえば〈町内清掃せいそうの日〉などでみんながいっしょに汗を流すと、奇妙な(いや、むしろ当然の)一体感が生まれます。めったに口をきかなかった者どうしが楽しそうに語り合う様子を、私は何度も体験してきました。体を動かして汗を流すことにより、意識下の領域が広がり、互いに友好を求めあうからでしょう。

本堂が美しくなり、霊気がさらに充満して、僧侶の気持が一段と晴れやかになりました。そうじという日常の茶飯事さはんじが、実は人生の宝物であるという事実を知らされたのでした。

山路天酬密教私塾

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